個人主義と利己主義を区別しよう: 誰の目を気にしますか?
①
他人を大事にし、尊重すること。自分という足場や視点が不安定だと、行いたくても行えません。だから、個人主義はチームワークを乱すものではなく、むしろ適切な境界線の理解と責任の認識が、より健全な人間関係を築く基礎になります。

②
自分も他人を大事にすることは、自分が基本です。だから個人主義はチームワークを乱すものではありません。歴史的文化的に個人主義があるとされているヨーロッパなどで、チームワークの必要なスポーツが圧倒的に弱いとか、企業のチームワークが良くない事例を私は知りません。
察する文化の日本で、パワハラや陰湿ないじめが存在するのも事実です。チームワーク、良いとは限りませんよね。

③
責任の境界線を理解すると、他人の行動は他人の責任であり、「他人の持ち物」です。ですから、他人を変えようとすると、大変な無理が生じます。
我々は共感能力があるから、辛そうな仲間を見れば心配になります。学校などを通して空気を読み、同調圧力を意識して、先回りして他人に親切にすることも練習しています。
助けを求められていないのなら、気にかけて見ておくことで、その人が痛みを癒すことを妨げずに済むかもしれません。そっとしておくことは、責任の観点で合理的でしょう。

④
察する文化は先回りして行動できますが、忖度など行き過ぎた事例もあります。また、多くのことを、空気を読むのだから疲れます。
自分のパフォーマンスが落ちる
行動の足枷になる
みんなはどう思うだろう?
足を引っ張られるだろうか?
目立ってしまうだろうか?
恐ろしいことは、沢山あります。

⑤
けれども、自分の責任で他人に迷惑をかけないようにして挑戦するのだから、なぜ足枷を気にする必要があるのでしょうか? これは、本当に足枷なのでしょうか。
あなたの挑戦を妨げる
不安にさせる
失敗したら嘲笑う
それはあなたのファンではなく、野次馬ではないですか?
noteに何かを掲載することは、アートのような表現・文芸か、収益化を目指しているかと思います。野次馬は集まってくるかもしれないけど、読んだり買ったりしてくれるファンと異なりませんか?
あなたが挑む時、頑張れと見ていてくれる
失敗したら、胸を痛めて惜しかったと共感してくれる
そして、お互いがそれぞれの目標に取り組むことが、良い刺激になって成長できる
察することは大切です。
けれど、あなたを嘲笑ったり挑戦を邪魔する存在するではなく、世界に1人かもしれないけれど、あなたのファンに意識を集中すると、より良い未来が得られると思いませんか。
どのスタンスでも、あなたの行動も不作為も、責任を取るのはあなたです。
他人が決めて、支払いだけ自分がするのは、楽しくないですよね。
僕らはアスリートを応援します。野球、サッカー、オリンピック、パラリンピック。勝ち負けはもちろん、努力しないと立てない場所にいることに、私は感動を覚えます。
エースストライカーになったり、100mを9秒台で走り抜けることは困難でも、あなたが何かに挑戦している時、魂はアスリートととても似ている気がします。
自分で決めて、自分で支払う。個人主義は、責任を意識しやすいから、我々を自由にしてくれます。
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