💠コラム的な : 冤罪が生まれるメカニズム


📖『こころにしみる日々(上) 〜 愛と喪失と再生の獄中272日間 〜』


京都で起きた、タリウムで女性が殺害された事件の容疑者の男性が逮捕前の任意の取り調べの際に、知人に
「警察に疑われているが、事件とは関わりがない」と言っていたというのをラジオのニュースで聞いて、
「冤罪でなければいいな」
と思った。
『👨⚖️再審』プロジェクト ①でも述べているように、
私も冤罪の被害者で、さらにつけ加えておくと、
今回起訴された罪状の中にも、争いはしなかったものの、実は無実の部分が含まれている。
その他の罪状中に一部記憶から飛んでしまっていた部分があり、自分の記憶力に若干不安を感じる面があったため、争えなかったのだ。しかし、自分としてはその部分に全く身に覚えがなく、もしも被害者の供述に嘘が加わっているのなら、なぜそんなことをするのか、全く理解できない。それはそうと、いったん置いておいて、冤罪が生まれるメカニズムについて考えてみたいと思う。もちろん、そんなことが今後誰の身にも起きてほしくないからである。
まず最初に考えられるのが『👨⚖️再審』プロジェクト ①の証拠書類中にもあるように、ケーサツや検察屋といった取り調べる側の頭からの疑いの目と先入観、
次に、取り調べを受ける被疑者の"拘束から逃れたい"本能と精神的プレッシャー、あるいは時と場合によってはあきらめ、
これらが絶妙に相互に悪作用を促し、さらにこれも今回実際に検察で経験したことだが、取り調べの際、
取り調べる側(私の事件の場合は検事)による誘導尋問

も加わり、虚偽の自白が生み出されてしまう。そして裁判では
裁判官も検察やケーサツ同様、先入観を拭い切れず、誤った判決を下してしまう

(これも今回実際に起きた事実だ)。判決後、冤罪被害者はやがて冷静に戻り、なぜ虚偽の自白をしてしまったのかを考える。私の場合、これも『👨⚖️再審』プロジェクト ①で述べた通りだが、
無実の人間が無実を主張するのに何の遠慮もいらない

ということで、無実の訴え、つまり再審を請求することになる。
今回の自分の経験から言える冤罪が生まれるメカニズムはこのようなことではないかと思われる。
滋賀県で約40年前に起きた女性殺害事件(日野町事件)では、逮捕前日に容疑者は子に向かって涙を流して無実を訴えている。普通は演技で涙など流せるものではない。役者でもない限り。にも関わらず、検察屋は
「主張が認められず遺憾」などとほざいている。もしも冤罪だった場合、こういう奴らは許されてはならないと思う。そして、そういった悲劇が今後二度と繰り返されることがないように、法的にもペナルティつまり罰則を設けるべきである、私は今回自らが冤罪を経験したので理解できるが、もしも、
無実なのに、死刑や無期懲役の判決を言い渡されたらどんな気がするだろうか?

人類の長い歴史の中で万が一、そんな人、つまり無実にも関わらず死刑で殺害された人がひとりでもいたとしたらどうなるのだろう?
もしも過去に、
無実なのに死刑で殺害された人がいたとしても、誰も気づかない
というのが現状なのである。
だって、
「そんな人がいるわけない」なんて誰が言えるのだろう?
(2023.3.5)
🐦⬛🐦⬛その後知ったのだが、
実際に冤罪で死刑が執行された例は世界中で後を絶たないようだ。

私はこれを知ったとき、慄然とした。
信じられないとしか言いようがない。

もちろん「📖『死刑のある国で生きる / 宮下洋一』(新潮社)を読み終えて ~ 死刑論 ② ~」にも影響する(2025.8.5)
👩💻「死刑執行後に無実が証明された男たち…彼らが最後に求めた食事を見ると・・・」
✏️袴田事件の再審決定のニュースを聞いて思うことは、再審で無罪が確定しても、どこまでいっても色眼鏡で見る人はいるだろうということ。そしてそれも冤罪の問題点と言えるだろう。
冤罪が生まれる理由は実は簡単なことだ。
(本来)不完全である人間が捜査し、起訴し、(本来)不完全である人間が裁く。当然間違いが生じることもある。これが冤罪が生まれる理由である。
本来、神でなければ、人を裁くことなどできない

ということは言うまでもない。問題の奥は深い(2023.3.13)。
✏️かと言って、罪を犯した人間を裁かずに放置するわけにもいかないのも現実である(2024.1.11)。
✏️とは言え、こんな記事もあり、これはどうなんだろう?冤罪だったら、とんでもない話だ。
👩💻「裁判を受ける権利を侵す 再審請求中の死刑執行に非難の声」
🔗️📖P. 12『2023.3.8~』
✏️袴田事件の再審決定を伝える記事によると、再審開始決定は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠がある場合」に限られるとのことだ。「狭き門」とも「開かずの扉」とも言われているらしい(~2023.3.14 読売新間 朝刊~)。それなら尚さら、今回、『👨⚖️再審』プロジェクト ①で微小ながらもその扉をこじ開けてやろうと思う(2023.3.14)。
✏️つまり、再審が行われれば、ほぼ無罪は確実と言えるのではないだろうか?(2023.3.15)
🔗️📖P. 94『2022.12.14~』
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🔰📖『ここしみ』 超・あらすじ
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