ポケモンキッズと旅する 第146回 チゴラス|埼玉県草加市
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第百四十六回、チゴラスと草加です。

草加松原は、草加の中心部を南北に流れる綾瀬川西岸に位置し、その優れた立地が特徴的です。

この松並木は、旧日光街道と綾瀬川という二つの主要な交通路が並行する地点にあり、江戸時代には陸運と水運の結節点として重要な役割を果たしました。

日光街道は日本橋を起点に宇都宮を経て日光に至る街道であり、草加宿は日本橋から2番目の宿場として栄えました。

一方、綾瀬川は中川に合流するまで武蔵国東部を流れる河川で、江戸時代頃には舟運に利用されていました。

このような地理的条件により、草加宿は陸路と水路の連結点として、また周辺地域の商業の中心として発展を遂げました。

草加松原は、穏やかな綾瀬川の流れと静寂な松並木が織りなす雅趣に富んだ景観が魅力です。

江戸時代から「千本松原」と呼ばれ親しまれてきた松並木は、青々とした松が道の両側に続く風景を作り出しています。

草加松原の歴史的価値は、松尾芭蕉の『おくのほそ道』との深いつながりにもあります。

長旅に出立した松尾芭蕉と河合曾良は、江戸の深川を旅立ち千住宿から日光街道に入り、その日の夕方に草加宿に到着しました。

その後、彼らは松島(⇒第87回)や平泉(⇒第102回)へと旅を続けました。
草加松原遊歩道には、和風の太鼓型歩道橋である矢立橋と百代橋という2つの特徴的な橋が架けられています。

百代橋は『おくのほそ道』の冒頭「月日は百代の過客にして」から、矢立橋は同じく、旅の始まりの千住にての「行く春や 鳥啼き魚の 目は泪 これを矢立の初めとして…」に由来しており、両橋とも松尾芭蕉の文学世界にちなんだ存在です。
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