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ポケモンキッズと旅する 第118回 エーフィ|東京・茗荷谷

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第百十八回、エーフィと東京・茗荷谷です。

小石川植物園は白山台地の斜面に位置し、小石川が形成した河岸段丘の地形的特徴を活かしています。

江戸時代中期、五代将軍徳川綱吉の別邸跡地に「小石川御薬園」が移設され、薬用植物の栽培が始まりました。

八代将軍徳川吉宗の時代には敷地が拡張され、公的薬草研究機関としての体制が確立されました。

江戸時代の薬草園では、朝鮮人参や甘草などの薬用植物が栽培されていました。

その後、東京大学の附属施設となり、近代植物学の発展に重要な役割を果たすようになりました。

園内の斜面は、小石川の浸食によって形成された河岸段丘で、南西向きの傾斜であるため、日光を効率的に集めることができる理想的な立地となっています。

小石川という河川は現在暗渠となっており、後楽園付近で神田川に合流するまでその姿を隠しています。

春には菜の花が咲き誇り、黄色の絨毯を敷き詰めたようになります。

ヤエザクラがまばらに咲く花弁は、葉の緑との美しいコントラストを生み出します。

ツツジ園では、ミツバツツジなどが赤紫の花冠を広げます。

地下鉄丸ノ内線が茗荷谷駅で地上に現れるのは、小石川本流の西隣にある茗荷谷支流が刻んだ谷地形のためです。

丸ノ内線がこの区間で地上に出るのは、標高差のある谷地形を避けるためです。

丸ノ内線は茗荷谷駅を南東方向に過ぎると今度は後楽園駅周辺で小石川が形成した谷の入り口で地上を走行し(⇒第71回)、御茶ノ水駅周辺では小石川が合流したあとの神田川本流を上から跨ぎます(⇒第56回)。


護国寺は、暗渠となった弦巻川と水窪川がそれぞれ形成した浸食谷の合流点に位置しています。

小石川植物園の谷を刻んだのが小石川、茗荷谷駅の谷を刻んだのが茗荷谷支流なのに対し、護国寺は弦巻川などの流域に発展した寺院です。

護国寺前交差点へ続く直接的な約100メートルの参道は、谷底から台地へと上昇する地形を活かした設計です。

本堂が建つ台地は弦巻川と水窪川がそれぞれ形成した谷の合流する場所にあり、境内を囲むように水窪川が流れていました。

護国寺は1681年、徳川綱吉がその生母である桂昌院の願いを受けて創建しました。

開山には亮賢僧正を迎え、高田薬園の土地を与え、伽藍を築きました。

護国寺と小石川植物園は、日当たりの良い立地条件で、いずれも元を辿れば薬園で、どちらの場所も徳川綱吉とゆかりが深いという共通点があります。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Espeon in Myogadani, Tokyo 46 (Koishikawa Botanical Gardens)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。