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はじめての「国宝源氏物語絵巻」―お楽しみいただくための3つの視点 

名古屋・徳川美術館では、開館90周年を記念して、特別展「国宝源氏物語絵巻」(2025年11月15日(土)~12月7日(日))が開催されます。

展覧会に先立ち、
「行ってみたいけれど、どう見たらいいの?」
「国宝というけれど、何がそんなにすごいの?」 
そんな声が聞こえてきました。

そんな疑問にお答えするために、
この記事では、専門知識がなくても見られる見方のヒントと、メディア記事ではあまり触れられてないストーリーを、私個人の視点でご紹介します。

「国宝源氏物語絵巻」とは?

紫式部の「源氏物語」は平安時代から現在まで幾度となく絵画化されてきました。そのなかで現存最古であり、最も貴重と位置付けられているのが「国宝源氏物語絵巻」です。

現在、国宝指定を受けている「源氏物語絵巻」は徳川美術館・五島美術館が所蔵するこの作品だけです。

かつては平安時代後期の貴族・藤原隆能筆とされていたことから「隆能源氏」(たかよしげんじ)と呼ばれていました。

成立と伝来―どんな作品で、どこにあったのか?

「国宝源氏物語絵巻」は平安時代末期、12世紀の作品とされています。

当初は54帖を10巻くらいにまとめて、白河上皇(1053-1129)、鳥羽天皇(1103-56)などの周辺で製作されたのではないかと推定されています。

江戸時代には尾張徳川家に2巻阿波蜂須賀家に1巻が伝わっていました。

現在、徳川美術館には10帖(絵15面、詞書28面)
「蓬生」「関谷」「絵合」「柏木」「横笛」「竹河」「橋姫」「早蕨」「宿木」「東屋」
五島美術館には3帖(絵4面、詞書9面)
「鈴虫」「夕霧」「御法」
そして東京国立博物館などに断簡9点の存在が確認されています。

今回の徳川美術館の展示には、現存するすべての作品が一堂に公開されます。

お楽しみいただくための3つの視点

(1)かたちの違いー絵巻を切る?

義親は自伝『最後の殿様』で「国宝『源氏物語絵巻』を切る」と題して絵巻を額装にした経緯を記しています。巻物は鑑賞にあたり「広げる/巻く」行為が必要です。展示や閲覧に供する度に顔料が浮いたり、はげ落ちたり、詞書の金銀箔もはげたりすることに義親は「身を切られるような思い」がしていたといいます。

そこで義親は、絵巻の紙の継ぎ目部分で分解し、絵や詞書ごとに分割して桐箱に平らに収めたいと考えました。

義親は絵巻切断構想を周囲の多くの人々に相談しますが、だれも賛成する者はいません。
「ではぼくが切ります」「ぼくのものを、ぼくが切るのに文句はないでしょう?」
こう迫られて、絵巻の模写をしていた田中親美は、しぶしぶ切る決意をしたといいます。

昭和6年1月22日「国宝源氏物語絵巻」に先立ち田中親美は、ほかの絵巻の切断にとりかかります。その一つは、現在重要文化財に指定される「葉月物語絵巻」。こちらも平安時代・12世紀まで遡る貴重な絵巻ですが、こちらを先に切断して箱におさめたのです。

そのような実験を経て昭和7年(1932)1月13日、「国宝源氏物語絵巻」切断の最初の一刀が入れられました。
作業は同年3月まで続けられ、3月26日、完成した姿を当時の美術史学者・藤懸静也や矢代幸雄等が見に来ています。

「国宝源氏物語絵巻」は80年あまり額装で保管されてきました。
しかし平成24年(2012)からの修理で、額装での保管に問題が起きていることが確認されました。
もともと巻物であったものを平らに保管することにより紙に張力がかかり、剥落や亀裂を誘発していたことが判明したのです。

平成28年から4年間をかけて、徳川美術館の「国宝源氏物語絵巻」は再び巻物に戻されました。

今回の徳川美術館の展示では、巻物に戻った徳川美術館所蔵の「国宝源氏物語絵巻」、徳川美術館の切断にならって額装され、そのまま額装となっている五島美術館所蔵の「国宝源氏物語絵巻」の両方をみることができます。
形態と保管状況の違いを、是非ご確認ください。

(2)書いたのは何人?

義親の自伝『最後の殿様』には、本来「国宝源氏物語絵巻」は2巻しか知られていなかったのに、徳川家の家扶である片桐助作が明治43年(1910)にもう1巻をみつけてきたというエピソードが記されています。
(義親の孫の義宣により、明治43年発見の経緯は否定されています)

実は、徳川美術館に伝えられた3巻は、2巻と1巻で別に保管されてきました。

明治26年の目録には、従来から知られていた2巻については
詞書 寂蓮法師筆
画  中務少輔隆親筆
そして片桐助作が見つけたとされる1巻については
詞書 飛鳥井雅経筆
画  中務少輔隆親筆
と記されています。

伝承だけでなく、現在の研究でも
絵は4つの作風グループ、
詞書は5つの作風グループに分けられ
数多くの製作者が関わって、製作されたと考えられています。

詞書を展示室で確認してみましょう。
寂蓮法師とされていたのは
「柏木」「横笛」「鈴虫」「夕霧」「御法」、
そして飛鳥井雅経とされていたのは
「竹河」「橋姫」です。
書風の違い、感じられるのではないでしょうか。

(3)きれい? きたない?

「国宝源氏物語絵巻」は900年前の作品です。
ですから、表面の絵の部分はほとんど粉になっています。
むかしから修復を重ね、裏打ちが何枚も重ねられ続けているからこそ
現在まで絵としてみることができるのです。
そしてもちろん色褪せていますし、変色しています。

古美術を普段からご覧になる方は、古い作品を見るとき、頭の中で再現機能が働きます。
たとえば銀は黒く変色しているけれど「これは銀だな」とわかって、実際の変色した色でなく、銀に再現して見ていて「きれい」と思える。でも、見慣れていないかたには900年前の薄汚れたものに見えてしまいます。

ですので、あまり古美術に見慣れていない方は、まず、復元模写の「源氏物語絵巻」からご覧ください。
色彩の美しさ、鮮やかさ、銀のきらめき、900年前にこの絵巻がどんなものだったか、まず作品の姿を頭に焼き付けてください。

それから「国宝源氏物語絵巻」を見てみましょう。
900年という年月を経て、作品はどう変化するのか、どうぞ体感してみてください。

まとめ

以上、「国宝源氏物語絵巻」を見ていただくための3つの視点をご紹介してまいりました。
(1)巻物と額装の違い
(2)伝来・書風の違い
(3)復元模写から900年前に遡る
すこしでもご参考になればうれしいです。

「国宝源氏物語絵巻」は研究者にとって、何時間でも何日でも見ることのできる作品です。
細かい表現、たとえば登場人物の衣装の模様や、何本も筆を重ねた顔の表現なども見ていただきたいですが、混雑の中ではなかなかゆっくり見られないですし、細かい部分はレンズがないとよく見ることが出来ません。
調査・研究も重ねられてきている作品です。
図録、書籍、研究書も出ていますので、ご興味のある方はどうぞご活用ください。

ちょっとだけ裏話


一つ裏話を書き加えておきます。
2003年まで東海道新幹線にはグリーン車個室というものがあったので、徳川美術館の学芸員は「国宝源氏物語絵巻」を運ぶ時、グリーン車個室で運んでいました。普段は普通の席ですが、「国宝源氏物語絵巻」のために特別に。そして片時も作品から離れてはいけないので、基本は2人つきます。トイレに持って行くわけにはいかないので(笑)。来年には新幹線に再び個室が復活すると聞いていますが、さて果たして再び個室で運ぶことになるのでしょうか?

おわりに

展覧会は大変な混雑が予想されています。
過去には3時間ほどの待ち時間がおきておりますので、時間の余裕をみてご来館ください。
また最終入館を午後3時30分としております。
早めのご到着をお願い申し上げます。

次に徳川美術館で「国宝源氏物語絵巻」が全点公開されるのは、10年後の開館100年の年、2035年となります。

保存上の観点から、今日から12月7日まで23日間のみの公開ですが、ぜひ、この機会に「国宝源氏物語絵巻」をご覧ください。

「国宝源氏物語絵巻」各場面解説はこちらをご覧ください。


同時開催されている企画展「尾張家臣団」は徳川林政史研究所連携企画です。こちらもどうぞご覧ください。

【2025年11月18日追加】
こんなこと書き足してみました。

【2025年12月2日追加】
お時間ありましたらこちらもどうぞ。


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