息子と習い事 英語でバラされた父の奇行
我が子が生まれると、親なら誰しも「子どもに習い事をさせたい」という夢を抱くものだろう。
例に漏れず私も、自分が子どもの頃にできなくて「習っておけばよかったな」と憧れていたものを、息子にさせたいと考えていた。
それはズバリ、「ピアノ」と「水泳」である。
しかし、ピアノの方は早々に諦めることとなった。別記事(添付参照)でも触れたが、息子には音感というものが一切存在しなかったからだ。いや、音感がないからこそ習わせるべきだったのかもしれないが、息子は「音楽は自分の辞書には存在しない」と言わんばかりに頑なに拒絶した。まあ、無理強いするわけにもいかない。
※こちらが音感のない息子の話です。
ならば、せめて水泳だけでも。
幸い、水泳には割とすんなり興味を示してくれた。3歳の時、近所のスイミングスクールへ体験に連れて行った。最初はほとんど水遊びのようなものだったので、息子もプールの中で大はしゃぎしながら実に楽しそうに泳いでいた(遊んでいた)。
ところが、体験が終わって車に乗ると、なぜか「楽しくなかった」とボソッと言う。
水の中であんなに笑顔ではしゃいでいたのに、何が不満だったのかは未だによく分からない。また、楽しくないのに、外づらだけはよくしてはしゃいでいた3歳児も不憫に思えた。
そして次回、本格的に通わせようと車に乗せようとした瞬間、彼の怒涛の拒絶が始まった。車に入ることすら断固拒否し、「スイミングは絶対に行かない!」と言い張るのだ。
私は、3歳児相手に「大人になって泳げないと困るぞ」と大人の理屈で説得を試みた。
当然、3歳児にそんな未来の話が響くはずもない。しかし、息子はここで想像の上を行く返答をしてきたのだ。
「お父さんに教えてもらうからいい」
スイミングスクールに通わないこと自体は残念だったが、3歳児にストレートに頼りにされた父親としては、ちょっぴり(いや、かなり)嬉しかった。そして彼は口先だけではなく、その後私とプールに行って練習するという約束を、幼いなりにちゃんと守り続けてくれたのだった。
次の習い事は「英語」だ。
これは5歳の時、私の知らないところで妻と息子の間で勝手に決まっていた。気づいた時には、息子は近所の英会話スクールに通っていた。
人生2周目レベルの冷めた視線を持つ彼は、5歳にして「英語って大事なんだよ、ぼくは世界中でお仕事するから」などと生意気なことをのたまっていた。
この英会話スクールは思いのほか肌に合っていたらしく、小学校6年生まで長く続き、英検にも積極的にチャレンジしていた。さらに中学校に入ると、よりレベルの高い英会話教室へとステップアップしていった。
その中学校時代の英会話教室の先生は、地元のラジオパーソナリティも務めており、番組内で毎週リスナーからの英語の投稿文を紹介していた。
だが、その投稿文がラジオで採用される割合は、どう見ても自分の英会話教室の生徒たちが圧倒的に高かった。そして例に漏れず、息子の投稿文も何度か電波に乗って紹介されていたのである。
しかし、息子がラジオに送っていた英語の投稿文は、とんでもない内容だった。
「父が自分のことを変なニックネーム(※こいたろう)で呼び続けている」
「父が家の中で裸でうろついている」
「父と家で髪を切り合って大変なことになった」
……そう、彼は自分の父親の奇行をひたすら英訳し、ラジオに投稿し続けていたのだ。
私も何度か聴いたが、電波に乗ってローカルリスナーに届けられる「My Fatherネタ」は、すっかり番組の鉄板ネタと化していた。
私が今このようにnoteで息子の破天荒ぶりをネタにしているように、かつて息子もまた、英語という武器を使ってラジオで父親をネタにしていたのだ。似た者親子とはこのことだろう。
こうして様々な習い事を経験してきた息子だが、彼が人生で最も長く続け、彼の土台を作ったのは「学習塾」であった。
……だが、その話はまた、別の記事で詳しく伝えることにしよう。
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