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不登校で好きなよーに勉強してたら学習指導要領のど真ん中だった話。

こんばんわ。風山ふみです。

最近、教育に興味がめちゃくちゃありまして。

私の夢もういいますね。

教育について大学で研究し、教育論を作り、それを応用したフリースクールを作ることです。

ただ、大学まで待てっこない私は、もう今から教育に取り組みたくて取り組みたくて仕方がない。もうこれは興味関心であり、好きのど真ん中に教育があるってことですね。多分。

なので、とりあえず今の教育について調べてみているんです。

その中で、「授業ってあの形じゃなきゃダメなのかな?」という疑問にぶち当たりました。

わたしは今不登校なんですが、当然テストがやってきて。
どうにかして楽しく勉強できないかってことで、理科をプロジェクトにしてみたんですね。

もっと具体的にいうと
「けん玉のふりけんを用いて中学校の物理の内容全て説明できないかプロジェクト」

結果は大成功。
もう、事前勉強の段階から楽しかったんですもん。

勉強してる中で「これ、飛行機じゃね?」って考えたり。

ヒコーキってこーゆーやつ。

で、実際やってみるともう全部説明できました。

全部説明できた上に、普通、1単元終えるのに何時間もかかるのに、4時間くらいで思いつき〜勉強〜実践〜プロジェクト終了までできちゃったんです。

大成功と言わんばかりの大成功。

ほんとに楽しかったんです。


そこから先ほどの授業ってこの形じゃなっきゃダメなの?という疑問につながるわけです。

実際調べてみるとどーやら学習指導要領というのがあるようでして。

「学習指導要領」とは、全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準です。およそ10年に1度、改訂しています。
子供たちの教科書や時間割は、これを基に作られています。

どれどれ、私がやってたことは授業てして可能なのかとみてみますと

中学校学習指導要領(平成29年告示)より

まさにドンピシャ。

そしてどうやら学習指導要領とはゴールであり、そこまでの道筋は、学校や先生に委ねられているようだ。

中学校学習指導要領(平成29年告示)より

しかも小学校の前書き、
つまり最初に以下のようにも書かれていた。。

【総則編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説より

つまり、私のこうした学習法は間違っていないどころ、まさに学習指導要領の目指すところだった。


でも、めちゃくちゃ疑問が増えた。

一番デカい疑問はこれ。

なんでおなじ教育しかないのか?

もうどんな教師も同じ教え方しかしない。
前で話して黒板に書いて。
板書させてワークさせて。
そいでテスト。

しかもどうやら評価する方法は必要だけども「評価する方法」は決まってないらしい。まじかよ。通知表しか知らんぞ。


じゃあなぜ、これほどまでに教え方が同じ方法ばっかりなのか。

まず考えられるのは、生徒の点数が下がった時に親などからクレームが来るということ。つまり、責任が取れない。だから、今まで通り賭けに出ない方がいいと感じてしまうのではないだろうか。

いわゆるモンペア、いやノーマルペアレントでも、先生が変な教え方したせいで点数が下がったとなればモンスター化する人はいるだろう。

もし下がってしまったら、責任を取ることを求められる。

それが怖くて、先生の挑戦が阻まれているという状況なのかもしれない。

挑戦することは賭けと表裏一体だからね。


次に、教育学がとんでもなく難解な学問であるため

教育に関してはめちゃくちゃ学がいる。

私は教育は超高度な総合的な学問だと考えている。

なぜなら、いい教育のやり方を考えるためには、そもそも教育とは何のためにあるのか・どこへ向かうべきなのかという哲学的思考からスタートする。

次に、その自身の教育哲学に基づいてそれを検証する調査を行い、実証する科学的思考が混じる。

最後に、それが現実では不可能な理想論でないか、多くの学校に応用できるように、方法論に落とし込み実際に行うビジネス的思考が必要となる。

そして、それぞれに難解な問題もあるモンだから大変。

それに加えて心理学・社会学などなど様々な学問が全体に関わってくる。

教育はまるで学問に横たわるかのように存在する。

なのでめちゃくちゃムズイ学問で、
しかも、
ゴールがないんだからとんでもなく大変。

そして、先生本人には子供の心や精神の成長もしなければならないし、何ならそっちの方が重要なんだから、そりゃあまぁ無理だわな。

子供の精神面をサポートし、学力面もサポートするためには、膨大な時間が必要ってのは想像に固くない。でもここで新しい教育法を考えてたら、そりゃあもう莫大な時間がかかる。

それだったら既存の教育にのとって、その空いた時間で子供のサポートをした方がいいよね。という考え方になるのも無理はない。


最後に、先生もその教育を受けてきたからという問題がある。

つまり先生の頭の中に、もう「教育とはこういうもの」という固定観念が固まり切ってる。

それを疑い、自壊し、再構築するのはとんでも無く難しいし、それは一流の哲学者がやるようなことだ。

ルネデカルトの有名な言葉「我思う。故に我あり」は、

あらゆるものは見えてるだけ、感じてるだけの幻想かもしれないけれど、
それを見て感じて疑って考えているわたしの頭はあるよね。
じゃあ私はいるじゃん

ってこと。

小中高と12年間、ずっと「同じ教育」を受け続けてきた人が、ルネデカルトという超一流哲学者と同じことができるのかって話です。


明日はこの続き。

これら3つの課題を解決する教育の考え方・創り方について考えていこうと思う。

まぁもう2000文字で私もあなたも疲れてきたでしょってのもあるけども。

教育はみんなのものだから、ぜひあなたにも考えてほしい。

教育の問題、解決の方法を。

だから区切った、ってのもあるから、よければ明日まで考えてみて。

何かしら思いついてコメントしてくれたら、数倍の熱量で返すから大丈夫。
オタマジャクシでも(なんとか)教育について持ってくから。

私は、
教育について考えないこと。
それは教育の本質的な意味をなさず、
むしろ反対をいく支配だと思っている。

風山ふみ


読んだら考える材料になるかも…なnoteを集めました。


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ふみ|元不登校高校生の奮闘記 もしよければ15歳にお小遣いをあげてやってください。 いただいたお小遣いは挑戦と本に使います。