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note500記事書いてわかった続けるコツ「考える前に書く。」

noteの書き方
と調べると「書く内容を箇条書きで決めておく」というのを見かける。

多分伝えたいこととか、色々事前に決めておけば、あとはそこに肉付けするだけだから簡単って話だと思う。

私も、もう500記事書いてきた。
だから、色々とnoteを書くいろはがわかったきた。


だが、私は「書く内容を箇条書きで決めておく」ということはしない。

理由は至極単純。

文章が思考を追い越さないからだ。


私は、前に言語思考者の話を書いた時にもチラッと話したが、考えていること声が頭の中に聞こえてくる。

そして、ちっさい頃になぜかタイピングにハマってタイピング速度が上がったので、noteを書く=聞こえる言葉の文字起こしでしかない。

だから、note書く時には「書くこと」が先にあるのではなく、
描く方向しか決まっていない。

そこから走り出して、「何か書かねば」と追いかけられるように、思考が「やばい!なんか考えろ!これまで書いてないこと!」つって色々考えて、言葉が聞こえてくる。

だから、noteを書いている時は、一寸先は闇状態なのだ。

そこから一歩一歩と進むうちに、歩いたところが明るくなり、少しずつ見えなかったところが見えてくる。すると、その先へ歩めるようになるので、どんどんどんどん思考が深くなっていく。

つまり、「文章を書く」ということ=言語化を強要することでなんとか頭を動かさせている。結果としてnoteがこんだけ書けている。


この話をすると
じゃあよくこんなクオリティになるね
と言われる。

それはもう、ねぇ。

これまで500回無理やり頭動かしきて、いろんなところを明るくしてきたんだから、昔明るくしたところにつながることもあるんですわ。

noteでは全部出せないから、ほったらかしになってた部分とかもあるし、ちょっとぼんやり余波で明るくなってるところもある。

なんならアウトプットの元となるインプットが、私の場合名著であることが多いので、そこから根拠もしっかりしてくる。

そして、500文字と大量の読書量により、文章力も上がっている。

エビデンスと文章力があればそれなりに上手くは見える。
気付かぬうちに、ライブシンキングとも呼ぶべき技術が身についていた。


ライブシンキングが上手くなると、
時々文章=タイピングする手が思考を追い抜かすことがある。

さっきも言った通り、私は一寸先が闇の連続でnoteを書いている。

だから、どっちの方向に進むか、どんな問いを考えるかわからない。

結果として、全く考えたこともなかったようなことや、考えたことはあるけど、違う角度からの思考に出会うことがある。

それは私の手がつれてきてくれた思考の領域で、自分で書きながら「良い発見じゃん」って感心することもしばしばある。

全くもって計画性がないからこそ、まだ誰も踏み入れたことのないような領域に到達できる。

後から振り返れば、右往左往してるし、迷ってるようにすら見える。

ただ、それでも少しずつ深い思考へと進んでいく。

それはnote、もっと言えば文章というものの性質だ。

書いているうちに、これまで書いたことを土台として新たな領域が見えてくる。つまり、書く前と書いたあとで見える景色が違い、そこにまだ見ぬ景色があったりする。

そして、文章は一直線でもあるため、先に進む以外のことがない。

だから、どんどん思考が深まっていく。



人生未到の思考へは
箇条書きで書くことを決めていていると
書いている間には辿り着けない。

無計画な言語化は、
これまで考えたことのないような思考と出会わせてくれる。

箇条書きで書くことを決めているときは、
思考が完了し切ってて、「伝えるための文章」を書いているときだけにすべきだ。

でないと、
何を書いたら良いかわからない。

材料がないのに料理を作ろうとしてるみたいなもんだ。

それじゃなんの料理もできやしない。
材料がなければ意味がない。

箇条書きで整理し、計算された文章にすることは、至高の一皿を作り上げるようなものだ。ただ、それは「材料」があることが前提である。


特に若者はシンプルに人生経験が短く、考える機会も少ないのだから、無理に至高の一皿を作ろうとしても有り合わせのまかないにしかならない。

それよりか、がむしゃらに書いて自分の使える材料をどんどんどんどん増やしていったほうがいいのではないか。

少なくとも、私は若者であり、「考えて材料を増やすべき期間」と考えているから、まだ箇条書きで整理し、計算されたnoteは書かない。

この先、信用や金、人脈が広がり行動するための条件が出揃った時に、思考を解放してどんどん実現していけば良い。

それまでは冬眠の如く、蛹になって蝶へ備えるが如く、黙々と考えておこう。

風山文


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