「介護時間」の光景⑧ 「あかり」 5.6
唐突で、さらに個人的なことで、申し訳ないのですが、17年前の同じ日は、母が入院する病院に通っていました。
1999年から、母に介護が必要になり、その途中で、私自身が心臓の発作を起こしてしまいました。これ以上無理すると死にますよ、と循環器の医師に言われたせいもあり、母には、病院に入ってもらっていました。
そこへ、毎日のように通っていました。
(当時の詳細は、もしよろしければ、ここをクリックして、読んでいたければ、わかりやすいと思います)
病院に入院してもらった頃は、親を捨てたような気もして、後ろめたさもあり、放っておくと、また症状が悪化してしまうのではないか、という恐怖心もありました。その不安通りに、母は入院直後に、意志の疎通が出来なくなり、何ヶ月かたつと、また状態が改善しました。そんな繰り返しが、何度かあったせいもあり、とにかく病院に通い続けていました。家に帰ってからは、妻の母親の介護もするようになりました。
それでも、入院して3年がたつころには、病院への信頼感が出来はじめていて、少し気持ちが楽になってきていたのを覚えています。
電車に乗って、母の入院する病院へ夕方に着いて、夜に病院を出て、バスに乗り、それから電車に乗って、帰る毎日でした。
(2003年のメモに多少の修正をしました↓)
あかり
横浜と川崎の間。東海道線に乗っている時に、横須賀線が隣の線路でほぼ同じ速度でしばらく走るところがある。
夜に車内のあかりがついていると、向こうの車内が隣の部屋のようにも思えてきて、上りだから、それほど人もいなくて、その車両は一定の距離を保っているだけでもなく、急に近づいたり、少し遠ざかったりして、それでも、同じように走っていく。
そして、完全に違う方向へ横須賀線が去って行くところは、レールがだんだん高くなっていって、そして、左側へカーブを切って、みるみる遠ざかって行く。
いっしょに並ぶように飛んできた飛行機が、何か任務を果たした後、パイロット同士が、片手でもあげて、それから違う方向へと別れていく。そんな映画の場面…みたいな感じだと思った。横須賀線が曲がっていくのが、わりときついカーブのようで、だから、電車の車体が、かなり傾いてひねりをきかせるように曲がっていくように見えるところも、そんなことを思わされたのかもしれない。
(2003年5月6日)
2020年5月6日は、ゴールデンウィークの終わりで、当初は、緊急事態宣言が終わるはずの日だった。そんなことさえも、すぐに忘れてしまいそうだけど、今日は、雨が降ったり、止んだりしている。
家の前の河川敷に通じる道は、走ったり、歩いたり、家族で行動をともにしたり、犬を連れている人たちが、時々通って行って、だから、人通りが絶えない感じになっている。
だけど、自分の気持ちの反映なのか、休みで弛緩している空気ではなく、いつもよりも話している人が少なくて、静かなのに、緊張感が覆っているような気がする。
ラジオでは、自宅での時間が長くなり、子供に対して優しく接したいのに、できないという悩みのメールが読まれているのを聞いた。同じような話は、ここ1週間でも、何度も聞いた記憶がある。
昨日は、道路を歩いていたら、どこかの家から、大きな声が聞こえてきた。
たぶん、子供に怒っている母親らしき女性の声だった。
しばらく、その声は響き、だんだん鋭い声になっていった。
声を出している人が、すごく追い詰められているのは、分かるように思った。
そんなことを、分かったように言うのは、失礼なのだとは思うし、無力だし、偽善的とは思うのだけど、でも、どうすればいいのだろう、とは思っていた。
アマリリスの花が咲いている。
今は亡くなってしまった隣の人にいただいた花で、ほとんど肥料もあげていないのに、毎年咲いてくれている。
また雨が降ってきた。
(2020年5月6日)
(他にもいろいろ介護について書いています。↓よろしかったら、クリックして読んでもらえたら、うれしく思います)。
「介護books」 ① 介護未経験でも、介護者の気持ちを分かりたい人へ、おすすめの2冊
#介護 #家族介護者への心理的支援 #介護相談
#心理学 #自己紹介 #家族介護者 #日記
#臨床心理士 #公認心理師
#アマリリス #緊急事態宣言
いいなと思ったら応援しよう!
この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。
よろしくお願いいたします。
