「介護について、思ったこと」㉚「介護殺人事件」の報道で、改めて考えたこと。
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私は、臨床心理士/公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。
介護殺人事件の統計
介護殺人、介護心中事件が減少しないことについては、何度もお伝えしてきたと思います。
この記事は2年前のものですが、「8日に1件」という数字が出ています。
これは、とても多いと思います。同時に、この件数も湯原悦子教授が、新聞記事などを集計しないとわからなかったもので、国の統計として「介護殺人、介護心中」として明らかにしていません。
そして、湯原教授、以前は、加藤悦子氏の時から、司法福祉の専門家として伝えてくれています。ただ、他の研究者が、この重大なことに関して、報道機関などで発言した記憶はありません。
同時に、湯原教授は、もう10年以上前から、いつも介護者支援の重要性を訴えていますが、それが、それ以上に広がった記憶もありません。
私も、介護者の個別の心理的支援の必要性を、とても微力ですが、伝えてきました。ただ、自分の力不足もあり、そのことに対しての反応は、実際に介護をされている家族介護者の方からはありがたい感想なども寄せてくれているのですが、行政の方などには、どうやら届いていないようです。
介護殺人の報道
最近も介護殺人についての報道がありました。
恥ずかしながら、私は最初は気がつかず、信頼できる人に教えてもらった情報でした。それは、いつものことですが、言葉を失うような事件でした。
8年間、たった一人で介護を続けざるを得ない状況の中で、91歳の母を殺してしまったのが、62歳の息子でした。
2025年の5月に事件があって、その後、裁判も通じて、その詳細が少しずつ明らかになってきたようです。
「母親に対しては、殺意があったとか、憎い気持ちはなく、日々の生活で口にした『死にたい』『殺して』そういう言葉が自分は苦しかった」
これは、取材に応じて、息子である男性が話をしたようです。
母親は足腰が悪く、2017年頃から介護が必要となり、ここ数年は、歩くこともできない状態でした。兄弟も頼れる親戚もいなかった男性は仕事を辞め、母親の生活と介護の全てを一人で担っていました。
「寝食もそんなに惜しまず、介護する形にはなってしまいますよね。善いとか悪いとかの問題じゃなくね」
おむつの交換は数時間おきに必要で、眠れたのは1日に2時間程度。それでも、男性は献身的に介護を続けました。
しかし、母親は体が不自由になるにつれ、「死にたい」「殺して」と繰り返すようになったといいます。
「(母親が)『今日は絶対死なせてね』と言ったときに、向き合わないで『何か美味しいもの食べる』とか『何か音楽聞く』とか別の話を振るんですよね」
母親を励まし続けた男性。しかし、何度も繰り返された「死にたい」という言葉は、徐々に、男性の心を蝕んでいきました。
男性(62)
「生きてくれということを言いたいがための、毎日の苦しみみたいな。自分のメンタルが非常に憂鬱になってきて、最後には本当に、気力がなくなってくる感じで」
そして、「その日」はやってきました。
それからの母親とのやりとりも話していますが、それは、想像するだけで、とてもつらいを超えしまったような時間だったと思います。
午後、男性が買い物から帰宅すると、母親は転倒し、床に倒れていました。
男性(62)
「『ベッドに立てる?』と言ったら、立てなくて。マットを敷いて寝かせたんです」
そのままマットの上で寝ていた母親。いつものように夜中に目を覚まし、男性に「殺して」と迫ったといいます。
その場はやり過ごしますが、朝方、再び母親が目を覚まします。
男性(62)
「大声出して暴れたりして、絶対もう明日はないという、自分でも覚悟決めていたのか。『早くやりなさい』と言われて。自分も『終わりにしたいな』という気持ちもありました」
母親を残して、逃げ出すことも考えました。
男性(62)
「自殺するとか、見捨てることも、しようと思えばできた。だけど、母親ひとりが痛いのを我慢しながら死んでいくことを想像したら、(逃げ出すことは)できないですよ。『早く首絞めて』って。それで、投げたネクタイを(母親が)自分で巻いて、『後ろを引っ張って首絞めるだけだから』と」
最後に、こんな会話をしたといいます。
男性(62)
「『犯罪者になってしまうから、(経緯を)ちゃんと言うんだよ』と言われて。『本当にいいの?』と言ったら、『もうこれでいいよ』と言ったので。その時、何も抵抗しないで、顔も平然として。ずっと強く締めたんだけど、何も抵抗しなかったですよね」
母親を殺害した男性。自らも、命を絶とうとした時、亡き父の声が聞こえたといいます。
男性(62)
「『お母さんを頼むな』『ちゃんと見守って、迎えてやれ』『だけど母親は(死を)希望するんだから、それはそれで、もうしょうがないよ』と」
男性は110番通報し、自首しました。
こうした事件は後を絶ちません。
男性が、ここまで追い込まれてしまったことに対して、どうしようもない気持ちにはなります。
繰り返し言われてきた介護者支援の必要性と、現体制の限界
この事件に関して、専門家である湯原悦子教授は、こうしたコメントをしています。
日本福祉大学 湯原悦子教授
「心身の状況から、その方の人生の悩み、金銭的なものから、本当は仕事したかったが辞めざるを得なかったとか。介護殺人も防ぐためには、介護者支援の制度を構築していくこと、充実していくことがすごく重要だと考えています」
毎回、こうした提言はされています。
そして、私自身が介護をしていた20年以上前から、こうした事件が起きるたびに、同じように介護者の支援の必要性は言われてきました。
しかし、その支援体制は、それ以降、整っているとは思えませんし、今回のこの事件で、母親を殺してしまった男性も支援を受けていませんでした。
男性は事件前、福祉サービスを受けようと、何度も自治体に相談していましたが、支援には至りませんでした。母親自身が支援を拒否したからです。
男性(62)
「最後の最後まで車いすも使わないし、杖もつかない。とにかく人に恥を見せるなと」
専門家は、こうしたケースは珍しくなく、行政が危険に気づくのは困難だと話します。
「いわゆる介護殺人の事例として出てくるものは、死の直前まで別に虐待していない。そういう事例に関しては、普通は支援者も安心していますし、行政は関わりませんという状況です」
今も、こうした状況のようです。失礼とは思いますし、現場の方に落ち度はないかもしれませんが、現在の介護支援体制の限界を示していると思えます。
何度も自治体に相談している、ということは、男性が一人で母親の介護をしていることは、把握されていたはずです。そうした状況で、要介護者である母親が、おそらくは介護保険を利用しなければ、なんの支援も受けられなかった、ということのようです。
介護保険のサービスも利用できずに、家族介護者が、仕事を辞めざるを得ない状況の中で、一人で介護をしている。
それ自体が、すでに危険な状態のはずです。こうして、介護殺人事件が起きるたびに、支援の必要性が言われるのですが、どうしていつまで経っても、支援体制ができないのでしょうか。
それは、私のように介護者支援に関わっていて、同時に、その必要性を伝えてきたつもりですが、それが届いていない、という意味では自分の責任もあるのですが、現状は20年前から、あまりにも変わらないままだと思います。
「いわゆる介護殺人の事例として出てくるものは、死の直前まで別に虐待していない。そういう事例に関しては、普通は支援者も安心していますし、行政は関わりませんという状況です」
介護者を支援する体制がないからでしょうけれど、どうして、これだけ事件(「8日に1件」)が起きていて、こうした認識のままなのでしょうか。
少なくとも、他の様々な相談窓口と同様に、介護者の相談を受け付ける窓口は増えないのでしょうか。
それも、介護の環境を変えることが難しい場合が多いでしょうから、その相談の時間だけでも、介護者の負担感を減らすために、私のように心理職の人間が、それもカウンセリングと同様に、50分ほどの時間をかけてきちんと話を聞く窓口を、行政が責任を持って、各市区町村に設置することを、早く義務化してもらえないでしょうか。
どうして、その程度のことが、できないのでしょうか。(子育ての相談窓口もあれば、不動産も、法律相談も、専門家が相談に乗ってくれる窓口が、どの自治体でも設置されているので、それらと比較をして、こうした表現になってしまいますが)。
これだけ介護者の支援の必要性が明らかなのに、私自身の無力を棚に上げても、その支援体制があまりにも増えないことに関しては、とても納得ができないことのままです。
ここからは、不遜な仮定だとは思います。
91歳の母親を殺してしまった、この男性の住む行政地域に「介護者相談」があり、本人が知らなくても、一人で介護をして大変そうな人には、勧めてくれる体制ができていて、介護保険のサービスは使えなくても、心理職が、介護者の心理的支援として毎回、50分、話を聞いてくれる。そして、それは介護者が望めば、介護が続く限り、もちろん、その窓口のキャパシティによって、間隔は空いてしまうかもしれませんが、継続して相談をすることができる。出かけるのが大変な場合には、訪問しての相談も可能になる。
そんなサービスがあれば、もしかしたら、こうした事件は防げたかもしれません。
それは、無意味で傲慢な想像でしょうか。
「助けてくれる人が思い浮かばない」
さらに、最近、別の介護殺人の裁判のことも報道されていました。
71歳の娘が、長い介護生活の末、102歳の母親を殺してしまった事件です。これも、絶望感が伝わってくるようなことでした。
「トイレは一日何回くらい」
小峰陽子被告
「10分おきくらいです」
弁護側
「オムツをしてとは言わなかったのか」
小峰陽子被告
「トイレの度に毎回、言っていました。そのまましていいんだよと言うんですが、理解してもらえなかった。紙おむつをはかせていましたが、自分がはいていることを理解できていない様子だった」
10分おきにトイレに連れて行くのは、想像するだけで、地獄のような時間だと思いました。
裁判員
「1人で介護、大変そうだなと思わなかったんですか?」
小峰被告の妹
「思わなかったです。看護師さんや週1回の入浴サービスがあったので、色んな人に見守られているから安心していました」
この妹さんの認識を責めることもできません。週に何日か(実質的には数時間と思われますが)介護サービスを使ったとしても、一人で介護をしているだけで、基本的に過酷なことが、一般にも、介護の専門家にも理解されていないように思えるからです。
一方、小峰被告は事件当日をこう振り返ります。
小峰陽子被告
「ガタンと大きな音がしてお母さんの方を見たらベッドから下に落ちていました。自分一人で持ち上げられないので助けが必要だと思いました」
弁護側
「それでどうしたのか」
小峰陽子被告
「誰か頼らなきゃと思ったんですが、誰も思い付かなかったんです」
母親がベッドから転落したのが午前4時。小峰被告は警察や消防に通報して「母親をベッドに戻してほしい」と相談しましたが、駆け付けた救急隊は…。
小峰陽子被告
「同じことが起きても次からは119に掛けないでと言われました。私は次はどうしたらいいのだろうとショックで、気持ちが暗くなって憂うつな気持ちになりました」
ここまで追い込まれている上のことですから、ここで絶望してもおかしくはありません。消防の仕事では、そうした行動と判断は正解のはずです。
ただ、介護者の支援の切実な必要性だけが、まだ社会に理解されていないだけだと思いました。(それを広められていない自分自身の責任も感じています)。
もうすぐ介護施設に入居できるタイミングで起きた今回の事件。
小峰被告は殺意が沸いた理由を問われると…。
小峰陽子被告
「しっかりとは覚えていなくて、どうしてお母さんを…世の中に自分一人しかいなくて助けてもらう人が思い付かなかった。自分一人で、これをどうにかしないとと思い詰めて、殺すしかないと思ってしまった」
これも想像でしかないのですが、一般的な殺意とは違うかもしれません。
「介護者相談」の必要性
繰り返しになってしまいますが、もし、地域包括支援センターの「介護相談」だけではなく、家族介護者の心理的支援のための「介護者相談」が地元の市役所などにあって、どうにもならないような介護の毎日に関して、心理職のような専門家が、毎回、50分は話を聞いて、少しでも心理的な支援をするようなことができていたら、今回の事件を防げる可能性はなかったのでしょうか。
これも不遜で傲慢な想像だとは思うのですが、それでも、こうした事件がどれだけ積み重なれば、家族介護者を直接、支えてくれるような体制ができるのでしょうか、と考えてしまいます。
少なくとも「介護者相談の窓口」だけでも、各市区町村に設置してもらえないでしょうか。
自分の無力を棚にあげる形になりますが、やはり行政の方々に向けて、お願いするしかありません。
もう、介護者の支援の必要性を議論するような余地はなく、これまであまりされてこなかった介護者を支える仕組みを、少しでも早く実行しなければ、「8日に1件」という「介護殺人事件」の発生のペースは変わらないのではないでしょうか。
同じ「ゼロ」を目指すのであれば、「介護離職ゼロ」の前に、「介護殺人・介護心中ゼロ」ではないかと思いますが、それは偏った考えなのでしょうか。
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