【往復書簡】近藤弥生子さま from KEACON。不登校になる原因がちょっと分かった気がする #1
台湾在住のノンフィクションライター近藤弥生子さんとの【往復書簡】。心の中にあるまだ言葉にしてない思いを、やり取りを通して深掘りしていくような、そんな二人のお手紙交換です。
弥生子さん、
先日はVoicyのゲストに呼んで頂きありがとうございました。
インスタのメールで数回やり取りしただけの、私の素性もおそらく、いや、きっと知らない状態で、ゲストに呼んでくれたことに最初ビックリしたんですが、(ビックリしすぎて、一旦お断りしましたね。笑)
私のことを「この人はたぶん大丈夫」だと信じてくれたことが、とても嬉しかったです。本当のところ、「私が全く的外れなことや過激な思想を口走るタイプの人間だったら、弥生子さんは一体どうしていたんだろう」とちょっと心配もしていました。
かくゆう私は、新しい方に出会ったときに「この人は気が合うぞ」を嗅ぎ分ける勘が鋭いという自負があって。誠実に言葉を大事に選びながら配信されているVoicyの配信を聞きながら「いつかお話しできることがあったらな」と思っていたのが、はからずも新年早々叶うことになりました。
あれから、Voicyを聞いてくれたインスタのフォロワーさんとメールでやり取りしたり、のもきょうさんと『オードリー・タンの母が語る「自主学習のすすめ」』について話をされていた配信を聞き直したりしていて、どうしても伝えたい気づきがあったんです。
ちょっと聞いてくれます?
次男が学校に行きたがらなくなって初めて「学校か不登校かの二択かよ!」という現実を知り衝撃を受けたという話は、先日のVoicyでさせて貰ったのですが、この時点では選択肢が二つしかないことの弊害は、「不登校になったときの学びの手段がない」ことだと思っていました。
でも、よく考えたらそうじゃなくて。「不登校」になること自体の一番の要因が「選択肢がないこと」なんだなって気づいたんです。学校以外の選択肢があたりまえに選べるかたちで用意されていないことで、「学校」という学び方に馴染めない子どもたちが、
心をすり減らしながら、我慢して学校に行く
学校に行くのは当然のことなので、行かない自分はダメな人間なんだと自信を失う
気持ちを理解してくれない親や周囲への不信感や孤独感から無気力に
という過程を経て、家にいることを選ばざる得ない状況になっているのかもしれませんね。
仮に、不登校になってから「自主学習」など他の選択肢に出会えたとしても、一旦無気力になった状態からでは、再びやる気を取り戻すのは簡単ではなく、学ぼうという意識が湧いてくるまで時間が掛かってしまいます。
だからこそ、子どもたちが気力を失う前に、前向きな気持ちで選べる選択肢が必要なんだなということに気づくことができました。不登校児だけの問題じゃなくて、学び方全体を見直すタイミングが来ているんだろうと思います。
今回、弥生子さんとお話ししたり、noteに想いを書きだしたりすることで、頭の中が整理されていく感覚は、なんだかすごく気持ちがいいもので。整理収納では「不要なものを手放し、必要なモノ・大事なモノを残す」というのが基本となる考え方なのですが、まさにその作業をやっているような感覚でした。
追伸
配信されたVoicyで、弥生子さんが「新しい友だちになりたい人に出会った」と言ってくれていたのを、私は聞き逃しませんでした。(嬉しくて、舞い上がりました。)
最近読んだ、桜林直子さんの雑談の本の中にも、
相手を信用し、尊重することが必要になる状況や場所で、相手の言葉を「こんなふうに言ってくれるけど、本当はそう思っていないんじゃないか」などと疑うのは、失礼に当たる。
と書いてあったので、失礼に当たらないように、真に受けさせて頂こうと思っています。これってもう友だちってことでいいですか?
KEACON
Voicy内で感想を話していた
近藤弥生子さんの本
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