「働きたくない人のための思想史」集英社新書プラスにて連載開始!
集英社新書プラスにて連載「働きたくない人のための思想史」を持たせていただくことになりました。月一回ペースで更新の予定です。初回はこちら↓
内容は昨年の文フリで頒布した『「働きたくなさ」の哲学史:労働=悪だった長い歴史と、それから、これから』を元に、全面的な加筆修正を行ったものです。同人誌版と同様に「労働はいつから、なぜ、『よいこと』になったのか?」という問いを中心に、古代から現代まで労働がどのように語られてきたかを探ります。
noteでも毎月の更新に合わせて、本編では流れ上触れられなかったけれども興味深い関連事項や、省略した細かい背景情報などを付け加える補足記事をアップしていく予定です。
今回はイントロとして〈人間の条件〉としての労働、という観念が歴史のある時点で登場した考え方であるという話をしました。同人誌の試し読み部分で「近代的労働倫理」とゴツく呼んでいたものを整理してキャッチーさを増したつもりです。注でも言及したように、この言い方はもちろんアーレントの名高い労働思想史本(?)である『人間の条件』に由来します。ただ、和訳された書名でよく誤解されるのとは違い、アーレントが語ったのはこれなしでは人間として生きられない「前提条件(OFの条件)」としての様々な活動であり、「もしXがaを満たすならXは人間である」というFORの条件ではありません。
とはいえアーレントにおいても、「活動action」は単なる人間の生存を越えて「人間らしくあるための前提条件」としてFORの条件に近づいている面はあります。OFとFORの区別は単体ではなく、「人間」をどうみなすかとの関係において決定されるものです。
ともあれ「労働は人間の条件である」という命題がOFの意味にもFORの意味にも取りうるということ自体、労働に賭けられているものの複雑さを示しているように思います。したがってその「誤解」も含めて〈人間の条件〉と呼ぶことで、労働は人間の「生存の前提条件」だから「人間はすべからく働くべきである」という論理の絡まりを、絡まりのまま総体的に扱うことも、また必然的つながりがない別個の〈条件〉として分離することも可能にしています。
〈人間の条件〉としての労働が普遍性ではなく歴史性をもつ、という観点は「系譜学っぽい感じ」を意識しています。系譜学とは、ニーチェとフーコーが用いた、今ある「真理」――定義上いつであれ正しいはずのもの――が、ある時期に偶然によって作られたことを暴露する視線で歴史を眺める方法です。難しく言えば「われわれが認識するものおよび、われわれがそれであるところのものの根にあるのは、真理と存在ではなくて、偶発事の外在性であるのを発見することである」(フーコー「ニーチェ、系譜学、歴史」)。
その意味で本連載は系譜学的な目的意識で書かれていますが、しかし十分に系譜学ではありません。なぜなら系譜学は「ぼやけ、すり消え、何度も書き直された羊皮紙に基づいて作業が進められる」ものでなければならないからです(同書)。これは哲学者特有の文学的比喩ではありません。フーコーは実際に図書館で何百年も放置されていた羊皮紙の束と向き合い、歴史の断ち切り線の一歩手前に、理不尽な汚名を着せられたがゆえにかろうじて裁判記録として残された「汚辱に塗れた人々の生」を発見したのですから(同名論文)。系譜学には、何が歴史になり、何が歴史にならなかったのかに対する感覚と検証が求められます。
他方でこの連載で扱われるのは、フーコーが求めたよりもずっと容易にアクセス可能な、ビッグネームの哲学者や宗教家などによる「公式の歴史」ばかりです。中世ヨーロッパの識字率(名前を書けると言う最低限でさえ)は10%以下、古代ギリシャに到っては1%を下回ると言われ、当然ほとんどが貴族・聖職者です。そのためとりわけ古代~中世においてはもっぱら貴族・聖職者的な歴史のみが扱われます。
そうした歴史的制約を乗り越え、わずかに墓銘碑としてのみ残されている古代ギリシャ~ローマの労働者の声として、「技能において私に匹敵するものはいなかった」とか「彼は陶芸大会において、人格と業績の両面から王冠を獲得した」とかいったものも確かに存在するのですが(Alison Burford "Craftsmen in Greek and Roman Society")、本連載はあくまで各時代の社会の「公式の見解」がどうであったか、という点に絞って議論を展開していきます。
すべてを「労働」の一語に代表させているのも、直線的で切れ目のない「労働の歴史」が存在するかのような印象を与えてしまい、系譜学の目論見に反します。歴史の断絶を強調したいのであれば、ドミニク・メーダが『労働社会の終焉』で言ったように「労働はアダム・スミスによって発明された」と主張することも可能ではあります。じっさい本連載の主張もメーダからさほど遠くありません。
しかしそうすると今度は古代や中世における任意の「労働のように見えるもの」とスミス以後の「労働」を並べて語る正当性をいかにして担保するかという困難に直面せざるをえません。「労働の発明」前後から話を始めてもよいが、しかし古代・中世の「労働のように見えるもの」の振り返りから得られるものは多く、切り落としてしまうのはあまりにもったいない。そんなわけで本編で説明したように、無理を承知で「労働」の歴史を描くことにしました。
この連載は系譜学ではありませんが、逆に言えば「公式の歴史」だけ追っていても「系譜学っぽく」なってしまうというのが「労働」の興味深さではあります。なぜそんなことになっているのか、という理由については近代・現代あたりの回で説明できればと思います。
ちなみに日本語における「労働」という言葉の歴史については武田晴人『仕事と日本人』に詳しく書かれています。それによると「労働」という単語は明治20年代(1890年ごろ)に西洋から経済学を輸入する過程でlaborの訳語として発明されたもののようです。それ以前は「はたらき」という単語に「体を動かす(action)」という意味と、そこから派生した「体を動かして効果を挙げる(labor?)」という意味が含まれていたようです。labor=労働という訳が定着するまでは勤労とか労動とか力作とかさまざまな訳が試みられており、労働という概念が当時の日本人にとって(アダム・スミスのころのヨーロッパ人と同じように)異質であったことを示しています。
最後に述べている「無職が労働を語る意味」については、私淑する社会学者ジンメルのよそ者論(「よそ者についての補論」など)および、社会学の方法論について多くを教わった佐藤俊樹『社会学の方法』における以下の一節に影響を受けています。
社会学は社会問題をあつかってきた。切り口や議論の抽象度はさまざまだが、社会学は何らかの形で社会問題をあつかってきた。
けれども、社会問題をあつかうとは何だろう? もしそこに深刻な問題があるとすれば、それを解決したいと一番熱心に思っているのは、もちろん当事者たちだ。そして、その問題に関して一番知識をもっているのも、もちろん当事者たちだ。その問題に日々つきあわされ、悩まされ、いろいろな情報を集めているからだ。
つまり、社会問題に最も熱意をもち、知識をもっているのは当事者たちである。だとすれば、社会学者の前に現れる「社会問題」は、たんなる社会問題ではない。それこそ社会学的にいえば、社会問題はつねに発生し、そして当事者たちによってたえず解決されつづけている。そのなかで、当事者が解決に失敗したものが、社会学者の前に「社会問題」としてあらためて出現してくる。そんな難題をどうやって解決できるのか。
私はその答えを一つ見つけた。もちろんこれにも並行者や先行者はたくさんいるだろうが、とりあえず一つは見つかった。それは、当事者が当事者であるがゆえに解決できなくなることがある、ということだ。
ニュースを見れば、昔からあるタイプの「労働問題」に加えて、テレワークやギグワークに関係するような新しい「労働問題」についても毎日のように報じられています。しかしそれらの「労働問題」はあくまで「問題のある労働」であって、「労働それ自体が問題」と言われることは、まずありません。異常ステータスとしての「問題」を取り除けば、通常であり自然な「問題のない労働」に回復するという前提がある。
しかし「問題のない労働」でさえもより広いスコープ、地球環境・社会・人生等々においては問題でありうる。そういう視点を「労働それ自体が問題」な人生を送ってきた人間の実感を込めて書きたいと思っています。
次回では古代ギリシャの労働観を見る予定です。無職向けの哲学として名高いストア派について本より詳しく触れられたらいいなあ。
それではまた。
いいなと思ったら応援しよう!
お読みいただきありがとうございます。
当方は現在無職であり、ライティングの仕事を募集しています。
またこの記事が面白ければ、ぜひTwitterでのシェア、いいね(スキ)をお願いいたします。