なぜ優良企業ほど失敗するのか|イノベーションのジレンマが教える破壊と創造の力学
顧客の声を聞き、最も収益性の高いイノベーションに投資し、品質を高め続けた優良企業が、なぜ市場を奪われるのか。クレイトン・クリステンセンが1997年に世に問うた『イノベーションのジレンマ』は、この逆説的な問いに明確な理論的枠組みを与えた名著です。破壊的技術は最初、小さく、単純で、利益率が低い。だからこそ優良企業は合理的にそれを無視する。しかし技術の進歩は市場の需要を上回るペースで進み、やがて主流市場を丸ごと飲み込んでいく。
📖 この本を読むべき人
スタートアップのファウンダー、プロダクトマネージャー
大企業でイノベーションに取り組む人
「なぜいい会社が負けるのか」を構造的に理解したい人
感想
最大の長所は最大の弱みにもなり得る。この一言がこの本の全てを要約している。持続的イノベーションが得意な組織だからこそ、破壊的イノベーションに対応できない。
破壊的技術は主要顧客がそれを求めるまで眠らせておくのではなく、マーケティングによって新しい市場を作り出す。マーケティングは市場を「創造する」行為だという原点に立ち返らされた。
組織の難しさを痛感した。個人レベルでは柔軟性がある人材でも、組織になるとプロセスや価値基準が固定化し、文化として定着してしまう。「組織の能力と無能力を定義する中心的要因は、時間とともに、資源からプロセスや価値基準へ、さらに文化へと移行していく」というフレームワークは、文化とは何かをようやくクリアにしてくれた。
Amazon LabやWalmart Labのような独立した研究機関の存在意義がよく理解できた。予算を気にせず技術的ブレークスルーを研究させる。メイン組織から物理的にも離す。ただし研究だけでなく、マーケティングとの連携がないと意味がない。
完全効率がなぜダメなのかを教えてくれた本でもある。アリの組織の70%しか働いていないという話とつながる。効率を追求しすぎると、変化への対応力(冗長性)がなくなる。
購買階層(機能→信頼性→利便性→価格)のフレームワークは実践的。自分たちのプロダクトは今どの段階にいるのか、機能は十分に提供できているのか、次は信頼性が必要なのか——日々の意思決定に直結する。
破壊的技術はいずれも以前の製品より小さく、単純で便利だった。これは「Start with niche」の考え方と直結するインサイト。
インシュリンの事例が鮮烈。純度を上げれば医者が喜ぶ、それが唯一のKPI。その状態で、市場の大半がそこまでの純度を求めていないことに気づけるわけがない。
この本のフレームワークをどう応用するかが一番難しい。ハインドサイトなら「そりゃそうだよね」と言えるけど、渦中にいる時にどう判断するかは全く別の問題。
ソフトウェアの時代にこの理論がどう変わるのかが気になった。ハードウェアは開発に時間とコストがかかるから破壊されやすいが、FacebookやGoogleがディスラプトされない理由は、ソフトウェアの限界生産費用がゼロで、変化に素早く対応できるから。
破壊的技術が技術的に「簡単」だというのが逆に怖い。簡単だからこそ見くびられ、簡単だからこそ新規参入者が生まれやすい。
輪読会で議論したこと
文化の正体 - プロセスと価値基準
「文化が大事」とビジョナリー・カンパニーをはじめいろんな本で言われてきたけど、じゃあ文化って具体的に何なのか、ずっとモヤモヤしていた。この本でようやくクリアになった。文化とはプロセス(仕事のやり方)と価値基準(何を優先するかの判断基準)の集合体。この2つの構成要素で考えると、文化は目に見えるものになる。
同時に、強い文化には危険もある。変化する市場に対応するには、「市場が変わったら自分たちも変わらなければいけない」というメタ的なグロースマインドが文化の中に組み込まれている必要がある。ダーウィン的な適応力。でもそれだけでは足りなくて、独立した組織をスピンオフさせて別のことをやらせる、両軸で動く必要があるのではないか。
Netflixの狂気 - 伸びてる事業を切る覚悟
議論の中で一番盛り上がったのがNetflixの事例。物理的なDVDレンタル事業が伸びていて、ブロックバスターとも張り合えるかもしれないという状況で、当時まだ全然伸びていないオンライン配信に完全に振り切った判断。リード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフが飛行機の中で「どっちを切るか」と話して「レンタル切ろう」と決めた。映画にしてほしいくらいのシーン。
物理在庫を持たなければ倉庫代がなくなる、倉庫代がNetflixの最大のコストだった。そこから「フィジカルを捨てれば何でもできる」という発想に至ったのかもしれない。目先の利益を捨てる覚悟、しかも伸びている事業を捨てる覚悟。まさにイノベーションのジレンマの逆を行った希有な例。
なぜFacebookとGoogleはディスラプトされないのか
この本の事例はハードディスクや掘削機など物理的な製品が多い。じゃあインターネット時代のソフトウェア企業はなぜディスラプトされにくいのか。ハードウェアは開発に時間がかかり、資本も必要で、完成したら変えにくい。ソフトウェアは限界生産費用がゼロで、画面上の話だから投資からアクションまでが速い。合わせていける。ネットワークエフェクトもあるけど、根本的にはソフトウェアの柔軟性が防御壁になっている。
ただしExcelの例を考えると、ソフトウェアでもディスラプションは起きる。ExcelがGoogleスプレッドシートにディスラプトされ、Excelがちゃんと進化し続けていればNotionもAirtableも生まれなかった。マイクロソフトの主要顧客は高齢化した既存ユーザーで、その人たちのラーニングコストを上げたくないから、新しいものを作るインセンティブがない。まさにイノベーションのジレンマそのもの。
Appleはなぜジレンマを突破できるのか
面白い指摘が出た。「既存顧客がいらないと言っている破壊的技術を無視してしまう」のがジレンマの本質だけど、Appleは新しいものを出しても既存顧客が離れない。ブランド力で価格競争に持ち込まれずにプロフィットの高い上澄みを取り続けている。ベン・トンプソンのStratecheryでも、クリステンセンの理論が間違っている例としてAppleが挙げられている。
じゃあAppleのブランドとは何なのか。イケてるデザイン、シンプルさ、ジョブズのストーリ、でもそれだけじゃない。Apple製品を使っていると「この人はイケてるデザインをするに違いない」と他者から認知される。他者からどう見られるかを設計しているのがAppleのブランディングの本質。プロダクトのデザイン、店舗体験、広告、全てが一貫している。Appleはもはや宗教に近いのではないか、という話にまで発展した。
ChargeSPOT - 破壊的技術は技術的に大したことがない
日本で急成長しているモバイルバッテリーシェアリング「ChargeSPOT」が現代の破壊的イノベーションの好例として話題になった。技術的には全く新しくない。モバイルバッテリーは前からある。でもコンビニや駅に設置してどこでも借りてどこでも返せる仕組みを作り、日本でシェア96%、150円でレンタル(実際の電気代は0.何円)という利益率。
なぜ今なのか。ファッション的に女性がミニバッグしか持たなくなりモバイルバッテリーを持ち歩きたくない、とか後付けの理由はいくらでもつけられる。でも正直、なぜ今この市場が爆発的に伸びているのかは説明しきれない。まさに「まぐれ」の要素がある。ただ確実に言えるのは、破壊的技術は技術的には大したことがないという本書の主張そのまま。VCの小森さんも「新しい市場を取っていく振興企業はテクノロジー的にそんなにアドバンスなわけではない」と言っていた。
iPhoneの真実 - ソニーが先に試作品を作っていた
「技術的に大したことがない」という話の延長で、iPhoneの事例が出た。実はソニーでもiPhone以前に、今のスマートフォンと同じくらいの大きさの端末でiモード的なことをやるタッチデバイスの試作品を開発していた。でもそれをマーケットに出そうとは全く思っていなかった。ジョブズは技術者がたまたま作ってきた試作品を見た瞬間に「これを電話にすればいいんじゃん」と思いついた。
技術とマーケットをつなげる嗅覚。これが破壊的イノベーションにおいて最も重要な能力。1.8インチのハードドライブを既存顧客に見せても「いらない」と言われるけど、学生が「カーナビに使える」と気づく。技術を生み出す人と、用途を見つけてくる人と、広められる人、理想はこれを兼ね備えることだけど、現実的にはチームで補い合うしかない。
ソーシャルキャピタルはキャッシュより強い
ChargeSPOTやPinterestの事例から、「認知されないと始まらない」という話に発展した。いくら良い製品を作っても、必要な人に認知されなければ想像しようがない。ソーシャルキャピタル(影響力、インプレッション)はキャッシュと違って使っても減らない。むしろ使うと増えて返ってくる。プラットフォーム上にいれば何かしらで戻ってくる。
Pinterestはシリーズ Aの前、テクニカル・コファウンダーがパートタイムで全然手伝っていなかった。VCから「レッドフラグ」と言われたのに、今や4兆円企業。技術的に優れているかどうかは、成功の決定要因ではない。スナップチャットも最初は道端の女子高生を捕まえてアピールさせた(真偽は不明だけど)。結局、テクノロジーよりもマーケティング、売り方、パッケージの作り方、認知を取れるかどうかが勝負。
引用
これらの企業は、顧客の意見に耳を傾け、顧客が求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資したからこそ、市場の動向を注意深く調査し、システマティックに最も収益率の高そうなイノベーションに投資配分したからこそ、リーダーの地位を失ったのだ
組織の能力は二つの要素によって決まる。一つはプロセスである。これは、組織の人員が習得した労働力、エネルギー、原材料、情報、資金、技術といった「インプット」を価値の向上という「アウトプット」に変える方法。
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イノベーションのジレンマ 増補改訂版 Harvard business school press
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