ハッチング・グロース #10:サイドプロジェクトがミッションを超えるとき
* この記事は、「Hatching Growth #10: When the Side Project Outgrows the Mission」を翻訳し、公開するものです。
サイドプロジェクトがプロダクトマーケットフィット(PMF)に到達したとき、メインプロダクトが強いミッションによって動かされている場合、創業者はどうすべきか?
本シリーズ「Hatching Growth」は、Glaspがいかにオーガニックに数百万人のユーザーを獲得したかを紐解く記事群です。本シリーズでは、成功した施策も失敗した施策も取り上げ、その過程で得た教訓をご紹介します。「ユーザー」という言葉はあまり使いたくないのですが、便宜上ここでは使用しますのでご承知おきください🙇♂️
振り返り:#1〜#9を一目で
イントロダクション
この物語は、私たち自身の体験に基づいたものです。
今年の初め、私たちは多くの創業者が密かに抱えながらも、公にはあまり語らない問いに直面しました。――それは、「サイドプロジェクトが本命のプロダクト(使命とビジョンから生まれたもの)よりも先にプロダクトマーケットフィット(PMF)に到達したとき、どうすべきか?」というものです。
これは理論上の問いではなく、実際に起きた出来事でした。
私たちの会社は、個人的な経験と「学び」と「知識共有」に対する強い信念をもとに、明確な目的意識を持って始まりました。しかし、ある日ふと立ち上げた小さな実験的プロジェクトが、予想を超えて爆発的に成長し、明らかなPMFの兆しを見せ始めたのです。
簡単な答えはありませんでした。そこで私たちは、創業者仲間やグロースの専門家、そして「グロースハック」という言葉を生み出したショーン・エリスにも相談しました。さらにRedditでも議論を投げかけたところ、多くの起業家たちの共感を呼び、同じような経験や学び、そして「ミッション」と「マーケットの引力」の間でどう判断したかというフレームワークが多数共有されました。
この記事は、私たち自身の経験と、他の人たちから学んだ教訓を整理した「振り返り」です。そして、将来同じ岐路に立つかもしれないすべての創業者に向けて書いたものです。
なぜ私たちは始めたのか
Glaspは、ある「人生の転機」から生まれました。
20歳のとき、メンバーの1人が突発性の硬膜下血腫を発症し、体の半分が麻痺し、生死の境をさまよう出来事がありました。そのとき、頭に浮かんだのは成功や実績のことではなく、ただ一つの問いでした。
「自分は何か、意味のあるものをこの世に残せただろうか?」
その体験が、一つの気づきをもたらしました。――人生で蓄積してきた最も価値あるもののひとつである「知識」は、多くの場合、私たちと共に消えてしまうということです。
そこで私たちは、次のような使命を掲げました。
人々が人生の中で培ってきた学びや経験を、次の世代に残せる「実用的な遺産」として民主化したい。
Glaspは、「知識を可視化し、共有し、積み重ねる」ために存在します。
そうすることで、私たちが学んだことが、私たちの後に続く人々の役に立ち続ける世界を目指しています。
👉 創業ストーリーの全文はこちらで読めます:シリコンバレーでアメリカ人と創業した会社を離れ再挑戦する話
急成長したサイドプロジェクト
私たちは小さなサイドツールを作りました。それが「YouTube Summary with ChatGPT」です。アイデアはシンプルで、「YouTube動画を素早く要約し、重要な洞察を簡単に掴めるようにする」というものでした。
ところが、思いもよらないことが起きました。
静かにリリースした当初は、動画コンテンツから学びを抽出するためのユーティリティ程度に考えていました。しかし、数週間も経たないうちに、YouTubeクリエイターや学生、ナレッジワーカーの間で自然と広まり始めたのです。広告を一切出していないのに、日々ダウンロード数とトラフィックが急増していきました。
YouTube Summaryを出す前、Glaspのユーザー数は約3万人。コツコツとオーガニックに成長してきた段階でした。
ところが、ローンチから1年以内にユーザー数は100万人を突破。会社としての軌道が一変しました。
この話の一部は、「ハッチング・グロース #4:ChatGPTのリリースからYouTube Summaryのブレイクまで」で紹介しました。YouTube Summaryがどのようにバイラル化し、クリエイターがX(旧Twitter)やRedditでシェアし始め、どのようにして過去最大級のオーガニック成長を生んだのか――。
まさにこの瞬間、私たちは「このツールは明確にPMFを得た」と確信しました。
強いマーケットの引力が、新たな拡張の扉を開きました:
プロダクト拡張:Shorts(OpusClip)、TikTok Summary、Reels Summary
API提供:開発者や他のツールが自社プロダクトにYouTube要約機能を統合できるように
記事生成:要約をブログ記事やプログラマティックSEOコンテンツに変換
アナリティクス:エンゲージメント分析、視聴時間トラッキング
クリエイターツール:トレンド動画の発見、オーディエンス分析
明らかに、このプロダクトには成長の「足」がありました。
ジレンマ
創業者として、私たちは興奮していました。しかし同時に、どこか落ち着かない気持ちもありました。なぜなら、私たちは「知識を見える化し、共有可能にする」ためにGlaspを始めたのであって、動画要約ツールを作ることが目的ではなかったからです。
そこで、再び周囲に相談を始めました。
他の創業者、投資家、そして「グロースハック」という言葉を生み出したショーン・エリスにも話を聞きました。彼にこの話をしたとき、彼の一言がまさに私たちの葛藤を言い表していました。
「情熱を持っているビジョンを追うべきか?それとも、思いがけない分野で顧客が熱狂しているものに注力すべきか?いつだって難しい選択だ。でも、私にとってはPMFがすべてに勝る。多くの創業者が、当初想定していなかった問題を解決するうちに、その領域に情熱を持つようになっていくのを見てきた。」

同時に、私たちがRedditで投げかけた議論は、予想以上に盛り上がりました。世界中の創業者、インディーハッカー、そしてプロダクトマネージャーたちが、自身の経験や意見を次々と共有してくれたのです。

ある人たちは現実的な視点を持っていました。
「サイドプロジェクトがPMFに到達したなら、その流れに従うべきだ。ミッションは後から再構築できる。PMFは酸素のようなもの。なければ、ビジョンを追い続ける前に息切れしてしまう。」
別の人たちは哲学的な立場をとっていました。
「ミッションとビジョンは、成長指標が目的意識をゆがめ始めたときに、自分を地に足つけてくれるものだ。それを失えば、成功しても魂のないプロダクトを作るリスクがある。」
特に印象に残ったコメントがありました。
「ビジョンとミッションがあなたのビジネスを動かしている。もし新しいプロジェクトがそれに合わないなら、選択肢は2つ──切り離すか、統合する方法を見つけるか。無理に合わせる必要はないが、なぜそれをやるのかという理由だけは捨てないこと。」
また、ある創業者はチームの視点から語っていました。
「たとえPMFを達成しても、チームがその課題に共感していなければ、燃え尽きは早い。トラクション(勢い)と同じくらい、アライメント(方向性の一致)も大切だ。」
そして、楽観的な人たちは両方の道を両立できると考えていました。
「PMFは価値がある場所を教えてくれる。ミッションは、それを見つけたあとに走り続ける理由を与えてくれる。大事なのは、両者を互いに活かし合うことだ。」
これらのコメントを読み進めるうちに、私たちはあることに気づきました。
普遍的な答えは存在しない。あるのはトレードオフだけだ。創業者それぞれが、「どちらの痛みを受け入れるか」を決めるしかないのです。――ミッションから離れる痛みか、ミッションを貫きながら成長の遅れを受け入れる痛みか。
それが、まさに私たちが直面していた問いでした。
私たちの決断
数か月にわたる議論と内省の末、私たちは YouTube SummaryをGlaspのエコシステムに統合する という決断を下しました。
それは単なるビジネス上の決断ではなく、哲学的な決断でもありました。
私たちは改めて、最も根源的な問いを自分たちに投げかけました。
「私たちの会社は、なぜ存在するのか?」
答えは、創業の日と同じでした。「人々が生涯で得た学びや経験を、実用的な遺産として民主化するため。」
一見すると、YouTube Summaryはその目的に直接つながらないように思えました。単なる生産性ツール、つまり「情報を早く理解・消化するための手段」でした。しかし、よく考えるとそれは補完的な課題を解決していたのです。――「より効率的に学ぶことを助け、本当に大切なのは理解することだと気づかせる」プロダクトだったのです。
その気づきが、私たちに再び明確さをもたらしました。フォーカスを分散させたり、別の道を追うのではなく、Glaspに注力し、プロダクトを統合し、学びを可視化・共有する方法を広げていくことを選びました。
YouTube SummaryをGlaspに統合することで、単なるバズったツールを、
「知のエコシステムの中核」に変えられると信じています。人々が「知識を消費する段階」から「知識を整理し、共有する段階」へ進む――その橋渡しになるのです。
Redditでは「スピンアウトすべき」「PMFに全振りすべき」といった提案も多く寄せられました。しかし、最終的に私たちが選んだのは、第3の道──統合 でした。
なぜYouTube Summaryに完全ピボットしなかったのか
YouTube Summaryは強いトラクションと明確なPMFを示していました。
それでも、私たちは完全にピボットしたり、それ一本に集中する道を選びませんでした。
理由はいくつかあります。
1. 完全にYouTube Summaryへ集中すると、B2B型ビジネスへと傾く恐れがあった
その道に進めば、エンタープライズセールスやステークホルダー調整、顧客主導の機能開発が必要になります。しかし、それは私たちが本質的に情熱を持つ領域ではありませんでした。
Hatching Growthシリーズを読んでくださっている方ならご存じの通り、
私たちの物語は常に実験と好奇心の連続です。誰も試していないアイデアを形にし、ユーザーの行動を観察し、素早く改善していく。それが私たちのDNAであり、2C創業者としてのエネルギー源です。複雑な企業向けプロセスを管理したり、個別カスタマイズを繰り返す仕事からは、同じ喜びは得られません。
2. 「GPTラッパー」は一過性のブームだと信じていた
2023年当時、「GPT Wrapper(GPTラッパー)」という言葉が飛び交っていました。多くのAIツールが急速に成長していましたが、そのほとんどが持続性に欠けていました。私たちも、「YouTube Summaryは一時的なものかもしれない」と考えていたのです。
だからこそ、常にこう自問していました。
「YouTube Summaryが消えるとしたら、それはいつだ? その前に、もっと大きく、スケールする何かを作れるか?」
この焦りが、YouTube Summaryだけに集中する判断を難しくしていました。
ところが2025年、アンドリュー・チェンが「Revenge of the GPT Wrappers: Defensibility in a world of commoditized AI models」という洞察的なエッセイを発表しました。彼はその中で、「AIラッパーでも、強いディストリビューション・ブランド・ユーザー関係を築けば持続可能になる」と論じています。
今振り返ると、YouTube Summaryはすでに自然にその要素を築き始めていたのです。
3. 売却も検討した
YouTube Summaryには数百万人のユーザーがいました。仮に1ユーザーあたり獲得コスト(CAC)を2ドルと見積もっても、それだけで数百万ドル規模の価値になります。さらに、数百万人のエンゲージドユーザーと直接つながれるチャンネルは、それ自体が戦略的資産でした。
だからこそ、私たちはピボットも売却もせず、統合することを選びました。
YouTube Summaryの勢い・知名度・ユーザー基盤を、Glaspの長期的なミッションを強化するための土台として活用することにしたのです。
私たちの決断は、次の3つの洞察に基づいていました。
オーディエンスの重なり:YouTube Summaryの多くのユーザーは、「より効率的に学びたい」「知識を記録・保持したい」というGlaspユーザーと同じ意図を持っていた。
サイドプロジェクトを“エンジン”にする:サイドプロジェクトは、収益・認知・成長の燃料源になり得る。
勢いを活かす:YouTube Summaryの知名度とキャッシュフローを使って、Glaspの長期目標である「グローバルな学習ネットワーク」を加速させる。
つまり、2つのプロダクトを「別物」として扱うのではなく、
「情報を理解するツール」と「知識を共有・蓄積するツール」という補完関係で見ることにしたのです。
これから
いつか、両者を完全に統合し、「要約」「ハイライト」「ソーシャルラーニング」がシームレスにつながるプロダクトを作るかもしれません。それは、便利さと意味の両立を目指すプロダクトです。
Zappos創業者のトニー・シェイは言いました。
「お金ではなくビジョンを追え。お金はあとからついてくる。」
でも、もしかすると真実はこうかもしれません。
「お金が、ビジョンの進化すべき方向を教えてくれることもある。」
学んだこと
PMFは強力だが、それがすべてではない。
PMFは検証と勢いを与えてくれるが、持続力をくれるのはミッションである。サイドプロジェクトは、ユーザーの“本音”を映す鏡。
元のビジョンが見落としていたニーズやユースケースを明らかにしてくれる。ミッションとPMFは対立しない。
戦略的に整合させれば、PMFはミッションを“置き換える”のではなく、“支える”存在になる。多くの声を聞くことは大事だが、最終判断は自分の中で下す。
創業者やRedditの意見は貴重だったが、最終的な明確さは「なぜ自分たちは存在するのか」を問うことで得られた。統合は創造より難しい。
新しいものを作るのは楽しい。だが、プロダクト・人・哲学を一つのビジョンにまとめることこそ、真のリーダーシップの始まりである。
リフレクション(振り返り)
私たちにとって重要なのは、「ピボットすべきかどうか」ではありません。
もっと根本的な問いです。
「私たちが作っているものは、人間社会をより良くしているだろうか?」
もしその答えが「はい」であり続けるなら、PMFもミッションも、同じ目的地へ向かう2つの道に過ぎないのだと思います。
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