ストリートウェア、サイファー、MV、フットボール...沸騰するUKラップシーンを「クリエイティブ・エコシステム」から読み解く
Text by Kei Harada
Supported by mamy
UKラップシーンのクリエイティブ・エコシステム
かつてのような新しいスターの輩出が起きず、停滞期を迎えるUSのラップシーン。2025年10月には、1990年以来初めてビルボード・ホット100にラップ・アーティストがランクインしないという異例の事態も起こっていた。USシーンがかつての勢いを失い、停滞する一方で、新たな才能と共に破竹の勢いで拡大を見せているのが、UKのラップシーンだ。
リバプール出身の覆面ラッパーであるEsDeeKidが昨年大ブレイクを果たしたことも記憶に新しく(現在、Spotifyでの月間リスナーは2000万人を超えている)、その人気は、覆面の奥の人物が、実は俳優のティモシー・シャラメではないかという憶測が飛び交うほどだった。その後も、2025年12月には、Capitol RecordsとUKラッパー史上最高額となる3000万ポンド(約60億円)の契約を交わしたという噂が流れるなど、EsDeeKidの名前はソーシャルメディアを常に賑わせている。
他にも、強固なファンコミュニティを築く、Lancey Foux、Len、Fimiguerreroといったアーティストが、アンダーグラウンドのスケールを超えて数万人規模のフェスで熱狂を作り出すなど、UKラップシーンの盛り上がりは新たな次元へと到達しつつある。
だが、才能あるアーティストが広く認知され、音楽を聴いてもらうためにはプロデューサーからビデオクリエイター、レーベル、マネジメント、メディア、パーティー...と多様な要素が不可欠であるように、シーンの繁栄のためには豊かな生態系(エコシステム)が必要だ。
特に、現在のポストジャンル時代では、アーティストは、音楽だけでなく、ミュージックビデオ(MV)やビジュアル、ファッションなど様々な角度から美学(エステティック)を表現するようになっており、音楽アーティストの周辺にはジャンルや領域を超えたクリエイター同士の交流とコミュニティが広がっている。
UKラップシーンにおいても、新たな美学や哲学を確立する多様なクリエイターと、クリエイター・コミュニティを繋ぐプラットフォームや先導者たちから成る生態系が存在する。こうしたアーティストを取り巻くクリエイティブの生態系のネットワークを、ここでは「クリエイティブ・エコシステム」と呼び、UKラップシーンのエコシステムを構成する様々な要素について紹介していきたい。
最初に断っておきたいのは、本稿で紹介するUKラップの「クリエイティブ・エコシステム」は、一般的なエコシステムの定義に基づくと、抜け落ちている点が非常に多いということだ。特に法律やビジネスに関する部分など、「システム」と表現するのであれば本来カバーすべきであろうポイントが抜けている。一方で、このネットワークを「コミュニティ」と表現するには、あまりにも多様な要素が含まれすぎているため、本稿では「エコシステム」という言葉を使うことにした。
また、この記事では「クリエイティブ・エコシステム」に焦点を当てて、シーンを紹介しようとしているので、それぞれのラップアーティストについての詳細な紹介はあえて省略している。シーンにおける注目アーティストの説明はぜひこちらの記事を参考にしてほしい。
では、ここからはUKラップシーンを「クリエイティブ・エコシステム」から紐解いていこう。今回は主に、シーンの先導者として挙げられるラッパー達とサイファー、ストリートウェア、MV・ビジュアル、フットボールについて注目している。
シーンの先導者:Lancey Fouxの哲学とライブの熱狂
音楽メディア THE FADERは、現在のUKラップシーンの特徴について、ジャンルを超えたアーティストの多様性と、アーティスト同士のダイナミックなコラボレーションだと表現している。
THE FADERが指摘するように、UKラップシーンは、特定の音楽ジャンルやサウンド、さらには特定の地域性によって定義されるものではない。シーンをリードするアーティストの出身地は、ロンドンだけでなく、北部やスコットランド、アイルランドにまで広がっており、EsDeeKidが出身地であるリバプールのスカウス (Scouse)アクセントを前面に押し出してラップするように、ラッパーたちはそれぞれのバックグラウンドを隠さずに表現している。
シーンに共通するような音楽性や地域性といった特徴が薄い一方で、アーティストが共有する数少ない共通点として挙げられるのが「Lancey Fouxの影響」という点だ。UKラップシーンの「クリエイティブ・エコシステム」における、思想や哲学の基盤に影響を与えたシーンの先導者こそ、Lancey Fouxなのだ。
Lancey Fouxは、US的なプロダクションスタイルと歪んだビートをベースに、UKのスラング、リズム、ベースを注入し、UKラップシーンに新たな波をもたらした。2024年には、多くの若手ラップアーティストともコラボしており、YTとのシングル「Black & Tan」は1500万回以上ストリーミングされ、後述するLauzzaによるMVは、UKラップシーンに新たな美学を打ち立てた。さらに、FimiguerroとLenとのミックステープ『Conglomerate』はイギリスのトップ30にランクインしている。
だが、Lancey Fouxがシーンにもたらした影響は、彼がUKに持ちこんだサウンドや若手のフックアップだけに留まらない。むしろ、重要なのは、Lancey Fouxが持つ確固たる哲学とライブへの取り組み方だ。
Lancey Fouxは、同時代の多くのアーティストがストリーミングでの再生回数やソーシャルメディアでのバイラルを追求する中でも、ライブでの熱狂を重視し続け、ある意味で時代錯誤とも言える方法で強固なファンベースを築き上げてきた。 The Guardianの記事の中で、Lancey Fouxは、自身のファンベースの広げ方について次のように答えている。
「俺たちが作っている音楽はライブミュージックなんだ(中略)この業界にいる全員にとって、最大の武器はステージに立つことだ。ストリーミングとか、今のラッパーが気にすることって、最近になって重要になったこと。本当に誇らしいのは、ライブでクソ盛りがる曲をリリースできたって自覚できることだ。それが今の俺の地位を築いた方法だよ」
Yeat just brought out Lancey Foux in London
— UK Rap Daily (@UKRapDaily) October 4, 2024
This is mad. pic.twitter.com/RczBq81LRT
この考え方は、シーンの若手ラッパーのライブに対する取り組み方に大きな影響を与えているといい、The Guardianの同記事は、UKラップのアンダーグランドシーンの広がりにおいてライブが果たした役割の重要性について以下のように強調している。
「何より重要なのは(シーンの拡大は)ライブの規模の拡大とともに起こっているということである。これは、以前のドリルやグライムのアーティストの世代では、警察の力によって不可能にさせられたことが多かった。Aux(EsDeeKidのレーベルも運営)のようなプロモーターは、ライブシーンにおいて重要な役割を担うようになり、ショーケースを定期的に満員にする若いファンたちを抱えている。若者はソーシャルメディアの氾濫に麻痺し、モッシュピットや巨大スピーカーがもたらす、混沌としているが、同時にリアルだと感じられる喜びを渇望している」
また、UKラップシーンに新たなサウンドを持ち込んだ一方で、その音楽性に飛びつくラッパーが増え始めると、すぐさま別の方向性を模索し始めたように、Lancey Fouxには、実験的な音楽性への追求精神と、変化を追い求める確固たる哲学が存在する。この哲学は、シーンにいる若手 —特にオルタナティブなサウンドに取り組むラッパーたち—を鼓舞し続けており、CeeboのようなラッパーもLancey Fouxの影響について公言している。以下の言葉は、Lancey Fouxの哲学を明確に表している。
「もしお前の見た目や声、服装が過剰に好きになり始めたら、それを振り払え。満足しすぎて安心してはいけない。新しいことをやれ。ラップや音楽のスタイルといった狭い概念ではなく、自ら発信するオルタナティブこそが重要なんだ」
Zukovstheworld
Lancey Fouxが、現在のシーンを正面からリードした”表”の先導者だとしたら、Zukovstheworldは、”裏”の先導者と言えるアーティストかもしれない。Zukovstheworldは、Fakeminkと名乗る以前に、9090gateの名義で活動していた頃のFakeminkにフィーチャリングを提供し、EsDeeKidのプロデューサーとして知られるようになる前からWraith9のビートでラップをするなど、現在のシーンの顔となった若手スターたちと初期の段階からオンラインでコンタクトを取り、コラボレーションしてきたアーティストだ。
Zukovstheworldの長年のコラボレーターであるFakeminkは、グリッチのシンセ、歪んだベースライン、変則的なドラムパターンを融合させ、現代の若者の現実逃避や虚無感、実存的な混沌を映し出す音世界を作り出し、カルト的な人気を誇っている。昨年は、ワイヤレス・フェスティバルのヘッドライナーであるDrakeのステージにもゲスト出演し、東京ではFrank Oceanと過ごしていたことも話題になった。そんな彼は、自らは「ロンドンの救世主」と呼んでいる。
DRAKE JUST BROUGHT OUT FAKEMINK pic.twitter.com/s5hbgqqAcn
— UK Rap Daily (@UKRapDaily) July 12, 2025
サイファー:コミュニティを育むプラットフォーム
グライムの誕生と繁栄において、Rinse FMといった当時の海賊ラジオ局はが不可欠な存在だったが、現在のシーンでも、ラジオ局は重要な役割を果たしている。ジャンルの垣根を超えた多様なコラボレーションが存在する、UKラップのアンダーグラウンドシーンには、アーティストによる草の根のコミュニティ意識が根付いているように見える。そして、こうしたコミュニティ意識を支えるプラットフォームの一つとして挙げられるのが「Victory Lap」をはじめとする、オンラインのサイファー番組だ。
2020年に、ペッカムのBalamii Radioから放送されるラジオ番組としてスタートし、現在は、NTSの番組となった「Victory Lap」は、かつてのグライムにも通底するサイファー文化が注ぎ込まれている。写真家のジョセフ・マクダーモットが、新旧世代の架け橋となるプラットフォームを作るために立ち上げた番組では、多様なアーティストがフリスタイル・サイファー・セッションを繰り広げており、DaveとCentral Ceeが、Kibo、 Len、 Niko B、 Rushy、Kirbsいったアーティストとマイクをシェアするなど、新進気鋭のアーティストとシーンでエスタブリッシュされたスターを融合させている。
視聴者が壁際からサイファーを覗き込むようなカメラアングルが用いられている「Victory Lap」では、アーティスト同士の自然な関わり合いがシェアされており、パフォーマンスの合間にジョークを言い合ったり、別の仲間を迎えたり、笑い合う場面が自然に映される。アーティストが自然体でラップし、仲間同士でふざけ合う場面を見ることができるのは、「Victory Lap」の大きな魅力の一つで、この番組ではどの動画を視聴しても、アーティストによる深いコミュニティ意識を感じられる。
「Victory Lap」がコラボレーションする相手はラッパーだけに留まらず、シーンで存在感を発揮するクリエイターやファッションブランドなども含まれてる。後で詳しく紹介するストリートウェアブランドのCorteizやビデオクリエイターのLauzzaも、そのうちの一人だ。2025年に、Corteizが、Skepta、JME、Wileyといった、グライムの伝説たちが所属したコレクティブ「Boy Better Know」ともコラボした際には、「Victory Lap」の番組内で特別コラボレーションによるサイファーの映像が公開され、Skeptaを筆頭に、JME、Unknown T、Novelistから、Kibo、Finessekidまで世代を跨いでおよそ2時間に及ぶフリースタイルが行われている。
当然、「Victory Lap」は新進気鋭のアーティストを紹介する番組としての役割も果たしており、YTやkwes eなどは、シーンからの注目を集める以前から番組に出演している。欧米では、Kai CenatやPlaqueboymaxなど、ヒップホップを軸にしたオンラインの配信番組が大きな存在感を放っているが、「Victory Lap」が放つオーセンティックなコミュニティ感覚は他のチャンネルと比較してもオリジナリティに溢れている。グライムを支えた海賊ラジオ文化は、新たな形で次世代に継承されているのだ。
ストリートウェア:ラップシーンと交差するファッション
トラックスーツやAir Maxがグライムのアーティストにとってのユニフォームだったように、現在のUKラップアンダーグラウンドシーンでも、ストリートウェアと音楽の間には密接な関わりがある。
Corteiz
近年、UKのストリートファッションブランドは大きな注目を集めているが、その象徴が、Corteizだ。ナイジェリア系イギリス人のClint 419が2017年に立ち上げたブランドは、ゲリラ的なマーケティング手法とアイテムのリリースで今や世界最大級ののストリートウェアブランドにまで成長し、2024年の売上高は、5,800万ドルにまで達している。
巨大なブランドに成長した今でも、ソーシャルメディアのページが非公開のまま運用されているように、Corteizの大きな特徴は、その秘密主義性にあるが、彼らが新作のドロップと同時に行うゲリラ的なポップアップストアは、ブランドに多くのファンを惹きつける重要な成功要因となっている。オンラインリリースと同様に、正確なGPS座標が明かされるポップアップストアでは、アイテムの販売だけでなく、ファンが無料または超安価でCorteizのアイテムを手に入れたり、交換できたりするチャンスも提供している。

Nikeとのコラボレーションで、彼らは、イギリスのストリートカルチャーにおいて非常に重要な意味を持つAir Max 95を手掛けている。発売当時、ワーキングクラスにとって手の届かない価格(110ポンド)で発売されたAir Max 95は、イギリス人のワーキングクラスの間で「110」と呼ばるようになり、ステータスシンボルとして人気を集めるようになった。CorteizのAir Max 95は、ロンドン、パリ、ニューヨークの三都市で展開されたポップアップストアで販売され、大成功を収めてる(ニューヨークでは、食料品でポップアップが行われたが、度を超えた熱狂と混乱によって警察が出動する事態にも発展した)。
Corteizに見られるように、オンラインでは秘匿性を保ちながら、リアル・イベントでのポップアップやゲリライベントを通じてファンと深い繋がりを持ち、結果として圧倒的に熱量のある持つコミュニティを築き上げるアプローチは、ファッションだけでなく、UKラッパーのマーケティングにおいても常套手段として確立されており、2026年のブリット・アワードで三部門にノミネートされた、Jim Legaxcyもそのアプローチに長けたアーティストとして知られている。
Peak TV, LosBoys
他にも、ロンドンのPeak TVやノッティンガムのLostBoysもラップコミュニティとの結びつきが強いストリートウェアブランドだ。彼らは、自分たちで企画するブロックパーティーやイベントを通じて、ファンやアーティストと強固なコミュニティを築いており、特にLostBoysが主催するパーティ「Last Boat Party」は、ノッティンガムを中心に、ローカルシーンのラッパーを紹介する重要な役割を果たしてきた。Peak TVのブランド知名度も高まっており、彼らのドッグイヤーキャップは、ラッパーの間でも大流行のアイテムで、PinkPantheressとのコラボキャップも発売されている。
Osbatt
秘密主義的なゲリラ・マーケティングの手法を用いながら、同時にストリートウェアシーンで別格の存在感を放つコミュニティを作り上げているブランドが、ジンバブエ系イギリス人・SydによるOsbattだ。BAPEやEVISUなどの日本のストリートブランドからの影響も色濃いデニムウェアのブランド・ BySlikで成功を収めた後に、Sydは、ヴィヴィアン・ウエストウッド、アリクス、ジバンシィなどをインスピレーションに、Osbattを始めた(Sydはマシュー・ウィリアムズとも良好な関係を築いており、彼を介してSydはLancey Fouxと出会ったという)。
カジュアルなBySlikと比較すると、よりニッチでハイエンドなOsbattは、パンクなダーク・エステティックを持ち合わせるブランドだ。リック・オウエンスやPlayboi Caritを始めとするOpiumレーベルらがリードしたエステティックを共有するOsbattは、レザーやオーバーサイズのシルエットなどから構成され、どのアイテムにも見逃せないディテールが散りばめられており、Lil Baby、Skepta、Central Ceeといったラッパーからボクサーのフロイド・メイウェザーまでがアイテムを愛用している。
Corteizと同様に、アイテムのリリースを最小限に留め、ミステリアスな雰囲気を保ちながら、リアルイベントやポップアップで話題作りを仕掛けているOsbattはカルト的に人気を誇っているが、他にも、SydはLancey FouxのMVのプロデュースなども手掛けており、sinn6rやFimiguerreroといった現在のUKラップシーンで最も勢いのあるアーティストが所属するXV Recordsとも深い関係性を築いている。Fimiguerreroが、Lancey Foux、Lenを客演に迎えた楽曲「Osbatt」のMVには、Sydも出演している。
MV:Lauzzaの新しいエステティック
MVやアルバムのジャケット写真からInstagramに投稿される画像まで、ビジュアルに関わるエステティックが、アーティストの表現において重要な要素を占める中で、UKラッパーのビジュアル表現もまた、シーンの特異性を表す特徴の一つとなっている。特に、Jim Legxacy、YT、Fimiguerreroといったシーンを牽引するアーティストのMVを制作するLauzzaは、USのヒップホップシーンに見られるMVのあり方とは全く異なるエステティックを提示した唯一無二のクリエイターとして知られている。
特に注目を集めたのが、YTとLancey Fouxのコラボ曲である『Black & Tan』のMVだ。オックスフォード大学に在籍するYTのブレイクアウトトラックである「Arc'teryx」に続くヒットとなった「Black & Tan」で、Lauzzaは、Y2K以降の2000年代〜2010年代前半に流行したエステティックである「Frutiger Metro」を軸に、2000年代のビデオゲームや初期のInstagramといったモチーフを登場させ、480pの低画質で粗いグラフィックとして仕上げられるなど、細部にまでこだわり抜かれたビジュアル表現が作られている。
他にも、YT と Fimiguerrero の「MVP」では、NBA Street シリーズ、Pozerの「Habits」では、グランドセフトオートシリーズといったゲームを引用し、Jim Legxacy の「Father」では、Windows Vistaの風景の中を移動するなど、2000年代初期のビデオゲームやインターネットなどの仮想世界をモチーフとして積極的に利用している。
こうした世界観は、これまでのグライムやUKドリルのMVに見られる、集合住宅や路上を舞台に、バルクラバやトラックスーツに身を包んだクルーや、高級車、銃(またはそれを意味するハンドサイン)が登場するような世界観とは大きく異なり、UKラップに新たなエステティックをもたらした。
一方で、ノスタルジーは、現在のUKラップシーンのエステティックスに通底するテーマでもある。LauzzaのMVを除いても、FengやFakemink、Len、Young EmanといったアーティストのMVには、登場するファッションやアイテム、映像の質感から、リファレンスとして考えられる広告や作品まで、シーンにはノスタルジックな表現が溢れている。Pitchforkは、これらのUKラッパーが多様するノスタルジックなエステティックスについて一定の評価をしつつも、これらのエステティックスが音楽について語るために活かされてる例は少数であり、むしろ、音楽が後付け的な要素に回っている場合すらあると警告している。
UKラップシーンを取り巻くノスタルジーについては、次回詳しく触れたいと思うが、LauzzaがThe Guardianに対して語っている内容をこの章の締めとして最後に紹介したい。
「(今の)ニュースはとにかくネガティブ、ネガティブ、ネガティブ。普通の若者にとっては本当に疲れるもの」
「(昔は)学校から帰ってきてFIFAのゲームをして、それ以外のことなんて何も気にならなかった。みんなが、最後に本当に幸せだった頃を思い出そうとしているんだ。同世代のアーティストたちは、音楽の中で同じような苦悩を歌っている」
フットボール:シーンの共通言語
2025年、Lauzzaが最後に手掛けたMVは、Jim Legxacyの「'06 wayne rooney」だった。このMVで、Lauzzaは世界最大のサッカーゲームであるFIFAの2006年の世界観を再現し、マンチェスター・ユナイテッドのユニフォームを身にまとったJim Legxacyは、クラブのレジェンドであるウェイン・ルーニーになりきっている。
熱狂的なマンチェスター・ユナイテッドファンであるJim Legxacyにとって、このMVは、現在停滞するクラブにかつて存在した、古き良き黄金時代へのノスタルジーなのかもしれない(2006-07シーズンはマンチェスター・ユナイテッドがプレミアリーグを優勝している)。MVに対してはウェイン・ルーニー本人からもコメントが寄せられているが、UKラップとフットボールのコラボレーションは、Jim Legxacyの「'06 wayne rooney」に限らず、曲の歌詞やMV、プロモーションなど、様々な場面で起こっている。
SkeptaやAJ Traceyがトッテナムファンであること、Daveがマンチェスターユナイテッドのサポーターであることを隠さないように、シーンの若手ラッパーたちも、自身がサポートするチームを明言している。ニューカッスルのユニフォームが、Cunning MCのスタイルの一部となっているように、フットボールはラッパーが自身のアイデンティティやローカリティを表現する際のアイコンとなっている。フットボールネタは、ラップの歌詞にも頻繁に登場し、Fimiguerrero、Lancey Foux、Lenの「Osbatt」の歌詞でも、かつてチェルシーでプレーしたジエゴ・コスタやオスカルの名前が登場している。
また、上で紹介した、CorteizによるAir Max 95のローンチでは、キャンペーンとして、クロスバーにボールを当てるとスニーカーをもらえる、「クロスバーチャレンジ」を不定期に開催した。スニーカーのプロモーションにも、レアル・マドリードでプレーするカマヴィンガやマンチェスター・シティのフィル・フォーデンが出演し、クロスバーチャレンジを盛り上げていた。こうしたキャンペーンでも、Corteizのコミュニティ作りの上手さが伺える。 UKラップシーンにおいて、フットボールは、単なる娯楽を超えて、コミュニティを形成するための共通言語としても機能しているのだ。
RULESTHEWORLD.@NIKE pic.twitter.com/ZOQTW2nR6K
— CORTEIZ (@crtzrtw) March 2, 2023
Corteiz link up with Camavinga to announce a Crossbar Challenge in London to win the unreleased Nike Air Max 95s. pic.twitter.com/VnDCgq59qH
— VERSUS (@vsrsus) February 23, 2023
終わりに:UKラップシーンのこれから —Lancey Fouxが、EsDeeKidをディス?
2026年、最初にUKラップシーンを騒がせたのは、Lancey Fouxが、2025年12月31日に自身のXで公開したシングル「Eagle Eye」だった。この曲の中で、Lancey Fouxは、EsDeeKidが結んだとされる、3000万ポンド(約60億円)の契約について触れており、ネット上では、Lancey FouxがEsDeeKidをディスっているのではないかという憶測が飛び交った。
THE TRUTH IS… pic.twitter.com/BoKl5gwTRC
— !i (@lanceyfouxx) December 30, 2025
結論から言えば「Eagle Eye」の中でLancey Fouxがフォーカスしているのは、EsDeeKidに対するディスではなく、音楽産業による黒人アーティストの搾取の問題だ。それは、長年に渡って大手レコード会社からの搾取と不正義と戦ってきたマイケル・ジャクソンをジャケットの写真に使用していることからも明らかだろう。
EsDeeKidが契約金として受け取ったと噂される約60億円は、レコード会社との契約終了後に返済する決まりになっている場合も多く、ネガティブな見方をすれば、アーティストをレコード会社との契約に縛り付ける身代金となっているケースもある。Lancey Fouxは、曲の最後で、マイケル・ジャクソンのスピーチを引用し、シーンに向けて次のように警告を発している。
「長年にわたり、黒人アーティストは徹底的に搾取されてきた。レコード会社はアーティストに対して陰謀を企てる。盗み、騙し、できることは何でもする」
The outro of lancey’s song being this speech
— Mimi the music blogger (@mimitheblogger) December 31, 2025
VERY L O U D
The press conference in 2002 with Al Sharpton and the National Action Network pic.twitter.com/Gz5XhxEPp9
シーンに対する注目度が高まることは、同時に、外部から様々な関心を惹きつけることも意味もする。Lancey Fouxが警告するような、アーティストを金銭的な投資対象として搾取しようとするような動きでなくとも、レコード会社やメディアが、アーティストをマスに向けて広く売り出そうとする過程では、より分かりやすいストーリーテリング、パッケージングが求められ、アーティストやシーンの流動性は静的な枠組みの中に閉じ込められていくこともあるだろう。
分かりやすいストーリーテリングやパッケージングは、既存の確立されたゲームの中で、アーティストにより多く共感を集め、人気を高めるために重要ではあるが、本来、シーンの豊かさとは、これまで見てきたように、サウンドやジャンルの多様性や、それを支えるアーティストとクリエイターのコミュニティ・ネットワークから成る流動的で複雑な生態系によって支えられているということも忘れてはならないだろう。
シーンを支える多様で複雑な生態系はナラティブ化しにくいために、取り上げられることも少ないが、個々のアーティストのストーリーだけでなく、パッケージにしにくい同時代性やアーティストたちを支える「クリエイティブ・エコシステム」についても今後は焦点を当てていきたい。

