多浪・再受験生に面接対策は無意味である No.1
面接官
「なぜあなたは7浪もして、医学部に入りたいのですか。」
受験生A
「親が医師で医療は身近でしたが、その影響だけで進路を決めるべきではないと考え、一度は他の進路も検討しました。しかし最終的に、自分が最も継続的に関心を持ち続けられるのは医療分野であると判断しました。結果として諦めきれず受験を続ける中で、学習方法の見直しに時間を要し、7浪という形になりましたが、現在は合格圏の成績を安定して維持できています。」
受験生B
「親が医師で、その影響もあり医学部を目指してきました。途中で迷うこともありましたが、最終的には諦めきれず続けてきました。」
受験生C
「親が医師なので自然に目指してきましたし、どうしても諦めきれませんでした。」
さて、この三者の中で、誰が最も高い面接点を取るであろうか。
多くの人は、A→B→Cの順に並べるはずである。論理の整合性や主体性の見え方といった「内容」によって、評価は決まると考えるからである。
しかし、この前提は現実とズレている。
面接において、これら三者の優劣を安定して判定する基準は存在しない。
すなわち、“比較可能性”が成立していないのである。
同じ受け答えでも、評価者が変われば評価は変わる。Aが評価される場もあれば、Bが好まれる場もある。Cですら否定しきれない。
この時点で、評価は測定ではなく“印象”である。
では、何が合否を分けているのか。
より本質的なのは、受け答えの巧拙ではなく、受験生の属性である。とりわけ多浪・再受験生においては、年齢という要素が事前に強く作用していると考える方が自然である。そして、その最終的な判断は、個々の面接官の印象だけで完結するものではない。
大学には最高意思決定機関としての教授会が存在し、合否はそこで総合的に決定される。
もし年齢による影響が大きいのであれば、面接の場でどれだけ言葉を整えても、その評価が大きく覆ることはない。
ここで再び、“比較可能性”の問題に戻る。
仮にA・B・Cの受け答えがどれだけ優れていたとしても、年齢という別軸の評価が先に働いているならば、内容による差は後景に退く。
つまり、本当の正解は
A=B=C=低い点数
となる。
少なくとも、「受け答えの質によって安定して差がつく」という前提は成立しない。
結論は明確である。
多浪・再受験生にとって、面接対策は本質的ではない。なぜなら、評価を左右する主要因が、面接の内容とは別のところにあるからである。
必要なのは、完成された模範解答ではない。聞かれたことに対して、詰まらず、破綻せず、最低限の応答ができる状態である。それ以上を積み上げても、評価に与える影響は限定的である。
受験生が面接で差をつけようとする発想自体が、すでに構造を見誤っている。
次回、多浪・再受験生でも評価を下げない裏技について述べる。
