AIリテラシーとしての「国語力」と、その育て方。
おはようございます!
中卒40代・プロ会社員|マルチクリエイターのケイです。
最近、とある営業メールを読んだ時に実際にあったこと。
はじめは普通にメールを読み込んでいったのですが、何かおかしい。
細かい違和感が積み重なり、中盤まで読んだところでピンときました。
「これ、AIに書かせたのかな?」
いや、それ自体は良い。
AIにメールを書かせる人は最近増えていると思うし、人の目でチェックすれば多少の違和感はすぐに修正できる。
これは人伝に聞いてわかったことなのですが、この方からメールを受け取った人の多くが同じ違和感を覚えていたとのこと。
やはり気付くよね?
しかし後日判明したのですが、メールの送信者たる当の本人は、その不自然さにまったく気づいていない様子だったのです。
これは怖い。
そう思いました。
AIの言い回しどうこうではなく、日本語としておかしい文章に気付けないことに。
これは、程度の差はあれど、どんな人でもやってしまう可能性があるのではないか?
だから、怖い。
今回の話は、そんな実体験から考えた「AI時代に必須となる国語力」のお話です。
✅ AI文章の“違和感”に気づかない人は、多い。
最近のAIは、文面としてはそれなりに自然に見える文章を返してきます。
でも、「AIっぽいな!」って、
使ってる人ならわかりますよね。
私自身もnoteの執筆や校正にAIを活用しているので、AIの使用頻度はかなり高い方です。
だから、「AIだねー」という文章はわりとわかる方だと思います。
実際、
話のつながりがおかしかったり、
よくわからない比喩を使ってきたり、
対象者が読者でなく筆者に切り替わったりと、
違和感をあげ出したら枚挙に暇がありません。
使用AIやプロンプトによる文体指定の組み方にもよりますが、ChatGPTなんて特に
「お前は何を言っているんだ?」
とイラっとすること、あるじゃないですか笑。
メールの内容もまさにそれで、読んだ瞬間に「あ、これは生成文っぽいな」と察したのですが、問題はそこではありません。
本人がそれに気づかないまま営業先に送っていることです。
社内のメモならまだしも、対外のメールでこれは致命的です。
特に営業職のメール含むコミュニケーションの質は、企業の印象そのものに直結するのです。
✅ そもそも何故違和感に気づかないのか
なぜこの違和感に本人だけが気づけないのか。
これは私個人の仮説にはなりますが、この問題の構造は以下のように考えています。
1️⃣前提:日本語は、曖昧さを許容する言語である
2️⃣ 要因:曖昧な言葉遣いによる「会話」の習慣
3️⃣ 要因:且つ、普段文章を書く習慣がない
4️⃣ 結果:「文章」で伝える力が育っていない
ここでいう「文章で伝える力」とは、
なるべく正確に伝わるように、言葉を尽くすこと。
文章コミュニケーションにおける努力そのもの、を指しています。
前提でも触れたように、日本語とはそもそも曖昧な表現を許容してくれる、自由度の高い言語です。
それ自体は、ユニークだし良いこともありますよね。
このあたり、小田島 耕治さんの以下のnoteに詳しいので、是非読んでみてください。
実際、ツーカーな人とは少ない言葉で意思疎通ができたり、文脈を想像させる言葉遣いであったりと、曖昧さ故の良さ、というのが日本語には確かにあります。
私も「ヤバい」とか言いますからね、普段😅。
でも、ビジネスメールとなれば話は変わってくる。
ビジネスは究極的には効率の世界ですし、そんな話抜きにしても気持ちよくコミュニケーションを取りたいもの。だからこそ、相手の時間にも配慮しなければいけません。
受け取った相手に、なるべく時間と負担をかけずに、こちらの意図を正確に理解してもらう必要がある。
ビジネスにおける国語力って、こういう部分で大事だと思うのです。
逆にこういった力を鍛えていないと、「1から自分の言葉で書いた文章」はそれなりに仕上げることができても、「AIが生成した文章」だとそのおかしさを追求しきれず、そのままにしてしまうのではないでしょうか。
だから重要なのです。
「違和感に気づく力」そのものが。
より突っ込んだ言い方をするならば「相手に伝えるために言葉を尽くす」という、「ビジネスにおける国語力」こそが、AI時代に必要なビジネスリテラシーとして、重要なのです。
AIは便利だけど、万能ではありません。
提案してくれる文章は、あくまで「素材」でしかないと割り切った方がいい。
出てきた結果を、目的に合わせて組み直したり、足りない文脈を補ったり、総合的に不自然さを無くして「自分の言葉に編集しなおす」必要がある。
違和感に気付く力は、上記のようなAI成果物の編集が求められる現代において、大前提として必要な力なのです。
✅ 教育では「AIを使わず書く訓練」が必要になる
ここまではビジネスの話でしたが、ここから少し話が教育に飛びます。
私は一人の父親としても、この問題は無視できないと感じています。
これからの子供たちが働く未来の世界では、AIの文章の質がもっと自然になるかもしれません。
…ほぼ確実に、そうなるのでしょうね。
しかし今この時においては、AIが生成した「大量の少し不自然な文章」がネット上に濫造されており、それらをまたAIが学習していく、ということは実際に起きています。
つまり、これからまだしばらくの間は「違和感を見抜く力」は必要であるということです。
そしてその力は、教育で育まれる。
なるべくAIを使わずに、自分で読む、書く、考える。
これを繰り返す中で、言語能力を鍛える他ありません。
自分で読む人のことを考え、文章の構造を組み立て、言葉を選び、結論に向けて紡いでいく。
その経験こそが、文章で伝えるというコミュニケーション能力を鍛え、違和感に敏感になる土台を作る。
だからこそ、AI時代のAI教育は「AIツールを触らせる」ではなく、まず“国語力”と“自力で書く訓練”を積み重ねることが重要だと思うのです。
私の子供たちも、当たり前のようにAIを使っていますので、このことは大事にしていきたいと考えています。
✅ まとめ
AIは、うまく活用すれば、確実に仕事の効率はあがります。
だからこそ、変なところで損することがないように扱う必要がある。
今回の記事を読んで、「あ、少し見直してみようかな」と思う人が一人でもいたら、これ幸いというものです!
ということで一人でも多く届けたいので、この記事を見た教師や営業、部下のいるマネージャーの方、是非チームにシェアしてみてください。
誰か一人を注意するのは難しくても、全体向けなら意識してもらいやすくなることもありますよ😁。
みんなで“違和感を拾える力”を強化して、AIが広げてくれるメリットを、しっかり享受していきましょう!
今回は以上です!
読んでいただき、ありがとうございました。
気に入っていただけたら、スキ・コメント・フォロー、お待ちしています!
またね。
ASANOTE|ケイ
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