総統閣下はお怒りです - 2026 F1イギリスGPレビュー

モナコ公国の国旗は長方形を上下均等に分割して、上半分を赤、下半分を白としたシンプルなデザインです。シルバーストンのポディウムでは、これを中心に左右にユニオンジャックが並んで、とてもきれいなシンメトリーになっていたのが印象的でした。

この並びの真ん中を日章旗にしても、なかなかイイ感じだろうと思うんですけどね。はたして私たちがそれを見る日は来るのでしょうか……。

《このレビューは、いわばファン目線のF1感想戦です。リザルトは掲載せず、レースの展開を詳しく追うこともいたしません。では、いったい何を書いているかというと、そのイベントでの重要な見どころや、逆に重箱の隅をつつくような話題にフォーカスしています。気軽に面白がっていただければ幸いです。》



■他人の不幸は蜜の味


ルクレールくん、このところの不運の連鎖からようやく抜け出しました。2024年アメリカGP以来、久々の優勝です。

スペインでアントネッリの連勝が途切れたあと、これで毎回違うドライバーがポディウムの中央に立ったことになります。メルセデスとフェラーリの4人は競争力が拮抗していて、誰かがミスをしたり不運に見舞われたりすると、それに対してクリーンなレースをできた者が勝つという状況なんですね。そして、今回はルクレールにその「順番」が回ってきたと。

実際、彼自身も絶対勝てるという自信はなかったようです。 「ファンのみんなは残念だったと思うけど、セーフティカー(SC)先導でフィニッシュとわかった瞬間、ヘルメットのなかでニンマリしちゃった」と言っていますから。

「厳しい時期はいつか必ず終わる」というコメントも、まあ常套句ではあるんですが、ルクレールが言うとやけに説得力がありましたね。

これは”Tough times never last, only tough people last.”というかたちで、特にスポーツ界やビジネス界でよく使われるフレーズだそうです。「タフな時期がずっと続くことはなく、タフな者たちだけが生き延びる」みたいな感じでしょうか。

このふたつの”last”を、日本語では同じ言葉で訳せないのがちょっと残念なのですが、原文はシンプルで力強く、かつきれいにまとまっていますね。

■起死回生のギャンブル


2位にはラッセルが入りました。ポディウムでは紅組がルクレール、ハミルトン、そしてルクレールの担当エンジニア、ブラアイン・ボッツィさんの3人に対して、黒組は彼ひとりだけで、多勢に無勢、孤立無援な感じにちょっと同情してしまいました。

ラッセルはホームグランプリでありながら、少々苦戦していました。どのセッションでもトップ2チームのなかでは最下位で、しかもアントネッリとのタイム差がわりと大きかった。

レースでもフェラーリ勢とアントネッリにじりじりと引き離され、フェルスタッペンにも先行されてしまいます。さらにはスローパンクチャーに見舞われて、またまた運に見放されたかと思いきや、最後の最後にギャンブルのチャンスがめぐってきたのは超ラッキーでした。

他の上位陣がピットに入ってソフトに履き替えるなか、ステイアウトするというギャンブルは、あのときの状況を考えるとかなり高い確率で成功が見込めるものでした。

残り周回数を考えると、SC先導のままフィニッシュを迎える可能性は十分にあって、もしそうなれば大当たり。残り1周か2周でリスタートになっても、そのくらいの距離なら、使い古したミディアムでもどうにか持ちこたえられるかもしれないわけですから。

今回のラッセルの2位入賞は、戦略的ファインプレーで勝ち取ったものと言っていいと思います。そして、アントネッリが無得点に終わっただけに、選手権タイトル争いの面でも大きな意味がありました。

■元気ハツラツ、41歳


ホームグランプリを迎えたハミルトン先輩は、例によって元気いっぱいで、金曜午前のプラクティスなんて一番乗りでコースインですよ。まあ、ファンサービス的な意味もあったかもしれませんけどね。そしてスプリント予選では見事にポールを獲りました。

レースのスタートでは、気が逸ったのかブラックアウトの前にピクっと動いてしまい、5秒のタイムペナルティを取られました。勝ちたい気持ちが強すぎたのかも。二十歳かそこらの若造みたいです。

でもね、普通はああいうミスをしちゃうと、そこから持ち直してスタートするのは難しくて、たいていは大きく順位を下げるものです。そこはさすがベテラン、と褒めるべきかもしれません。

ただ、レースでは特に最初のスティントでいまひとつペースが上がりませんでした。その原因は、小さなセットアップ変更が裏目に出たことにあったそうです。

ルクレールはフロントウイングフラップをわずかに上げて、それが良い方向に働きました。一方、ハミルトンはデフの設定の関係でややオーバーステア気味だったので、逆にフラップを少し下げたところ、レースではアンダーステアが強くなって苦しんだのだとか。

こちらとしては、久々に赤いクルマのワンツーを見たかったんですけどね。でも、今季のフェラーリのパフォーマンスを見ていると、そのチャンスはこれからも一度ならず巡ってくるように思えます。

■泣くな、アントネッリ


アントネッリはハミルトンをかわしてスプリントを制し、グランプリ予選でもポールを獲得しました。土曜日の主役は、間違いなくこの人でしたね。

けれども、日曜のレースはマシントラブルによって損なわれてしまいました。今度はパワーユニットではなくてボディワーク、詳しく言えば左前輪のホイールシールドの破損でした。しかも、チームは最初はそれに気づかずにノーズを交換してコースに送り出し、結局もう一度ピットに入ることを強いられました。

それでも、もうリタイアしようというチームに対して、「1点でもいいからポイントを取るんだ!」と訴えてがんばる姿は、多くの女性の母性本能を刺激したのではないでしょうか。

実際、手負いのクルマで走り続けた結果、トラックリミット違反による5秒ペナルティを加えても、なんとか1点か2点は獲れそうでしたよね。

ところがどっこい。SCが入ってフィールドが圧縮され、5秒ペナルティの破壊力が増幅されたために、最終的には15位(当初は16位、その後サインツのペナルティでひとつ繰り上がり)に転落してしまいました。

マシントラブルによるトラックリミット違反は、それで不当なアドバンテージを得ているわけではないから情状酌量すべきとの意見もありました。でもね、ドライバーがクルマをコントロールしきれず、勝手にコースからはみ出してしまうような状態なのであれば、そもそもレースを続けるべきではないんですよ。本人だけでなく、他のドライバーにとっても危険ですから。

■マックスさんはお怒りです


フェルスタッペンは、例によって金曜、土曜となんだかんだ文句を言いながらも、日曜にはこのまま行けば3位で表彰台という位置を走っていました。しかし、あとほんの数周というところで、ストウへの進入で突然コントロールを失い、グラベルトラップでレースを終えました。

原因は、オーストリアGPの予選でクラッシュしたときと同様に、コーナーへの進入でリアウイングのアクティブエアロのフラップが完全に閉じなかったことでした。チームによると、故障した個所は違うらしいのですが、結果として閉じなかったのは同じです。

ブレーキングをして大きく減速するコーナーなら、フラップが閉じるのが多少遅れても問題はないでしょう。しかし、レッドブル・リンクのターン9とかシルバーストンのストウとか、わずかに速度を合わせる程度で飛び込む高速コーナーで、リアエンドにあるはずのダウンフォースがなかったら、ドライバーとしてはたまったものではありません。

これはマジでヤバいですよ。早急に対処が必要ですし、もし信頼性に100%の自信が持てないのなら、以前のフラップに戻すことを考えるべきではないかと思います。

リアのアクティブエアロが”クルリンパ”ではないシステムであれば、作動機構に問題が起きても空気抵抗がフラップを閉じる方へ作用しそうな気がします。ですが、レッドブルやフェラーリの方式では、空気抵抗に逆らう方向に力を加えて閉じる必要がありますよね。その意味ではフェイルセイフ(注:壊れたときには安全な状態になること)ではないとも言えそうです。

それはさておき、フェルスタッペンはスプリントと予選で、僚友のハジャーと比べてもストレートが遅いと感じていました。そこで土曜の夜にパワーユニットを交換し、ついでにセットアップも変えてピットレーンスタートにしようと提案したところ、チームに却下されたそうです。

でも、チームも簡単には同意できませんよ。予選順位がもっとずっと下位だったら、「よし、そうしよう」ってことになったかもしれないけど。マックスとしては、予選でハジャーに負けたこともあって、もういっそ全取っ替えして最後尾から追い上げた方がいいと思ったのかな。

まあ、いろいろ含めて、マックスさんは相当お怒りのご様子です。そのうち誰かが、これをネタにして「総統閣下はお怒りです」シリーズの動画を作ったりして。

■スペシャルカラーも不発


ホワイトベースでノーズにグリーンを入れたマクラーレンのスペシャルリバリーは、チームとしての初戦にブルール・マクラーレンが乗ったM2Bのカラーリングをオマージュしたものでした。

これもなかなかカッコ良かったのですが、現在のF1のフィールドではちょっと地味だったかな。正面から見るとアストンマーティンと見分けがつきにくいという難点もありました。

ノリスくん、金曜のプラクティスではアンダーステアが強く、コーナー立ち上がりでコースからはみ出す場面が何度も見られました。ピアストリもベケッツで派手にスピンしていたりして、全体にセットアップがイマイチなのは傍目にも明らかでした。

土曜にはスプリントではノリスが3位に入りました。ただ、それもルクレールとフェルスタッペンが、スタートで順位を下げたことに救われたところが大きかったと思います。

日曜になっても状況はあまり変わりませんでした。ノリスが4位でフィニッシュしたとはいえ、アントネッリとフェルスタッペンがいなくなったことを考えると、「どうにかハジャーには勝った」だけですから。

総じて言えば、マクラーレンは前戦オーストリアと同様に、チームとしてはトップ2とはやや離れたところで、レッドブル勢と3番手争いというポジションでしたね。

■恨み骨髄のセーフティカー


グラベルで止まったフェルスタッペンのクルマを撤去する作業が行われているうちに、レースの残り周回数は着々と減っていきました。ようやくマーシャルの作業が終わり、周回遅れのクルマをSCの前に出し始めたときには、すでに残り2周となっていました。

そして、その周の途中でTVのグラフィックには「セーフティカー・イン・ディス・ラップ」が表示され、誰もが「おおっ、ファイナルラップは1周の超スプリント決戦か!」と思ったことでしょう。私もそう思いました。

ところが、その「イン・ディス・ラップ」はすぐに消えて、表示は「セーフティカー・デプロイド」に戻りました。確かに画面に映ったSCのイエローランプも消灯していませんでした。

で、結局はみなさんご存知のように、SC先導のままフィニッシュを迎えたわけです。

レース後に発表されたFIAの説明によると、「イン・ディス・ラップ」はソフトウェアのエラーで表示されてしまったのだとか。

さらに言うと、SCの運用規定として「周回遅れを前に出したあと、SCはさらにもう1周しなければならない」という決まりがあるのだそうです。ですから、周回遅れをSCの前に出し始めたのが時点で残り2周だったのであれば、もうそこでSC先導のフィニッシュは決まっていたわけですね。

一瞬とはいえ、ファンにレース再開を期待させたわけですから、なんとも罪深いエラーでした。

メルセデスのトト・ウォルフさんは、この件についてコメントを求められて、「2021年もこういう結末であってほしかった」と語ったとか。語調としては冗談めかしていても、やはり5年前のアブダビでの一件をいまだに根に持っておられるようです。恨み骨髄に入る、というやつですね。

でもまあ、その気持ちはわかるような気もします。あれからの4年間というもの、メルセデスはレッドブルとフェルスタッペンにやられっぱなしでしたから。

■前代未聞の「1周減算」


レースの終了後、サインツは「ラップダウンではないのにSCを抜いて行った」として、1周減算というF1ではあまり聞いたことのないペナルティを科されました。彼は12位でチェッカーを受けていましたが、これにより正式結果では17位となりました。

「いったいどういうことなの?」と調べてみたところ、その顛末にはだいぶ同情の余地があることがわかりました。

すでにラップダウンにされていたサインツは、SC中にピットに入りました。そして、SCライン1を通過した時点では、ちゃんと周回遅れの扱いだったんです。

ところが、シルバーストンではピットに入った周には最後の3つのコーナーを通らないので、他のクルマより先にコントロールラインを通過してしまい、そのため一瞬だけ同一周回に戻っていました。もちろん、ピットから出たときには、また1周遅れになっていたんですけど。

しかし、各車の周回数をカウントする基準となるのは、あくまでコントロールラインです。したがって、サインツはあの周だけ、公式計時ではラップドカー(周回遅れ)と見なされていなかったわけです!

一方、チームとサインツは、当然のことながら自分たちは周回遅れだと認識していました。なので、「ラップドカーはSCの前に出てよい」という指示が出たときに、サインツはSCを抜いていき、チームもそれでよいと思っていました。

でも、「ラップドカーは以下のクルマ」として表示されたカーナンバーには、上記の理由からサインツの「55」は含まれておらず、チームはそこを見落としていました。もしそれに気づいていれば、FIAに「なぜ含まれていないのか」と問い合わせて、サインツに「抜いちゃダメ」と指示することもできたかもしれません。

まあ、ルールはルールで厳密な線引きが必要ですが、ちょっと理不尽なペナルティだったように思います。

■F1はF1らしく走ったのか


シルバーストン名物のコプスやマゴッツ・ベケッツ・チャペルが連続するセクションは、ドライバーの度胸とクルマの性能が試されるコーナーとして有名です。しかし、今年のクルマでは、いわゆる電欠によってそのセクションの通過速度がかなり遅くなっていました。

サインツは、「去年までは1000馬力のクルマであそこを駆け抜けたのに、今年は電気エネルギー切れになって500馬力のエンジンだけで走っている。スリリングではないよね」と語っています。

アロンソ師匠も「マゴッツ・ベケッツ・チャペルは充電ステーション」と言っていました。彼は鈴鹿でも「S字はもはや充電ステーション」と発言しています。つまり、あのときと同じことが起きているわけです

イギリスのautosportのサイトに上がっていた記事によると、2025年のノリスのポールラップは、311km/hでマゴッツに進入し、コーナーリングによるタイヤの抵抗で296km/hまで落ちたあと、ベケッツではわずかにスロットルを戻し、ブレーキにタッチするだけで237km/hで通過していました。

しかし、今年のアントネッリのポールラップは、まずコップス手前でデプロイが切れて減速し、マゴッツへの進入は293km/hでした。その後、ノリスのラップとの速度差はさらに広がり、このセクションの中間部分の車速はざっと30km/hほど遅かったそうです。

(リンク先の中ほどにグラフがありますので、英文の苦手な方でもご理解いただけるかと。)

さて、今年のF1は、聖地シルバーストンで本当にF1らしい走りをしたのでしょうか。

そこは「F1らしさ」の定義にもよりますが、シビレるようなハイスピードコーナリングの醍醐味が失われていたのは間違いありません。また、充電ステーションでエネルギーを貯めたクルマが、ハンガーストレートで軽く先行車を抜いていく場面は、個人的にはそんなに面白いとは思えませんでした。

実際、今回は結構ヨーヨーレーシングが見られましたよね。特にブルックランズでディフェンスのためにエネルギーを使ったドライバーが、次のウッドコートからコプスまでの旧ホームストレートでホイッと抜かれてしまうシーンは何度もありました。

     *   *   *

おそらく次のスパでも、やはり同じようなことが起きるでしょう。これからは「ヨーヨーだろうが何だろうが、オーバーテイクが多い方が面白いのだ」という楽しみ方が主流になるのかもしれませんね。1990年代あたりからの「F1らしさ」なんてものは、もはや旧弊な固定観念なのでしょうか……。

ともあれ、来年はルールの手直しで少しは状況が改善されることに期待をかけつつ、「2031年からはV8のマイルドハイブリッドか」という話の行く方を見守りたいと思います。


2026年7月12日

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集