中学生を傷つけた私のデビュー作
テレビにおける字幕ミス
みなさんこんにちは、内藤です。
作り手はどこを向き、VTRを制作するのか?
もちろん答えは「視聴者」だと思います。
しかしそれだけでは足りないのも現実です。
きょうは僕がそのことを考えるようになった
きっかけ、自分の仕事観を変えた新人時代のミス
についてお話したいと思います。
これから動画制作や発信をする中で
人を傷つける事を避けたい方、
マスコミの人間が実際に何を思っているかを
知りたい方はぜひ読んでみてください。
みなさんはテレビでテロップ(字幕)のミスを
見たことはありますか?
「なんであんな間違いをするんだろう?」
ありえない字幕ミスを見て、
そんな風に思った事がある人は少なくないと
思います。
これは私個人の考えですが、
番組における誤字や脱字は例えプロであっても、
もはやひとりでは防ぎようのない問題です。
LINEなどの打ち間違いが無くならないように、
パソコンで作業をする以上個人のエラーは
必ず起こります。
能力や意識の高さは関係ありません。
もちろん許されることではないです。
きょうはテレビ局の中で私がどんな気持ちで
字幕ミスを犯し、その事と向き合ってきたのかをお伝えしたいと思います。
テレビでも、YouTubeでも、動画と向き合うすべての人はなんとなく理解していただける内容かなと思っています。
1年目の秋 ディレクターデビュー戦
入社1年目の秋、
それまで編集機すら触ったことのなかった私は、
初めてVTRを作るチャンスをもらいました。
ADだった当時の私に出来たことと言えば、
・カンペを出す
・デジカメを定点で回す
・タクシーの手配
・お菓子や飲み物の買い出し
・野球場でスコアをつける
これくらいでしょうか。
これらがままならないレベルだったと思います。
突如巡ってきたチャンス、
取材相手はある中学生の長距離ランナーでした。
ある駅伝大会の注目選手として、
2~3分ほど紹介VTRを作るという内容です。
ディレクターとしてのデビュー戦。
右も左もわかりませんでしたが、
「最初が肝心だ」という自覚はありました。
取材対象者に連絡をするときは
本当に緊張しました。
アポを取ったら最後、もう引き返せないと思ったからです。
「イメージと違ったのでやっぱり取材なしでいいですか?」
なんて言えない。
そんな怖さもありました。
事前の下調べも不足していたんだと思います。
ロケスケジュールの作成、
カメラマンとの事前の打ち合わせ、
タクシーの手配、
収録メディアの準備、
質問内容の吟味、
当たり前ですが全力でやりました。
しかしどれだけやっても、
安心感なんて得られません。
気づけば取材当日を迎えました。
走っているシーンを前から…後ろから…
時には並走しながら。
カメラマンさんは様々な映像を撮影して
くれました。
本来はディレクターから撮影のリクエストを
しなければいけませんが、
当時の私にそんな事はできません。
ただ黙って見つめていました。
そしてインタビュー、
ここでは自分が準備したものを全部ぶつけることができました。
というより、準備した紙に書いた質問案を順に読みあげた感じです。
相手が年下だったのがせめてもの救いで、
必要以上に緊張することなく終えたのを
覚えています。
最後にご自宅にお邪魔し、
リビングで家族へのインタビューをしました。
「アマチュア選手は特に家族や周辺の人の声を聞いて人物像に厚みを出す」
先輩からの教えを頼りに、
ご家族にもカメラを向けました。
夕飯時にお邪魔したにも関わらず、
ご家族は嫌な顔一つ見せず
「放送よろしくお願いします」
と言ってくださいました。
最後は私にも余裕が生まれたのか、
主役の中学生ランナーに、
「応援してるから頑張って」と伝えました。
さぁ編集です。
私は想像以上に機械音痴でした。
撮影した素材を編集ソフトに取り込むという
単純な作業ができないのです。
あまりに基本的なことだったので、
先輩にもう一度やり方を教えてくださいと
言い出すことができませんでした。
私は椅子に座ったまま、
撮影した映像を1カットも見返すことが
できません。
気づけば時計の針は夜中の0時…
「絶対終わらん。まじでヤバい…」
翌日。
朝まで作業した私は、編集室で画面を眺めていました。
VTRとは呼べない映像クリップの羅列を、
複数の先輩と、プロの編集マンが作り直しています。
原型は留めていません。
もはや誰が担当者かわからないVTRは、
淡々と番組内でオンエアされていきました。
これが私のデビュー戦です。
因みに徹夜編集に関する所感は以下の記事で
詳しく書いてますのでぜひご覧ください。
お礼を期待した私が知った現実
達成感ゼロではありましたが作り手としての
一歩目を踏み出した私は、
取材のお礼にと、後日DVDを持って中学生ランナーの元へと向かいました。
正直に言うと少しだけ、
感謝の言葉を期待している自分もいました。
めちゃくちゃ作り直されたとはいえ、
ひとりで企画し、取材をし、オンエアしたのです。
悔しいことだらけでしたが、
結果としてアスリートの気持ちを形にしたのです。
練習中の中学生ランナーを見つけ、近寄ります。
次の瞬間、こう言われました。
「あの、字幕の名前、漢字が間違ってます。〇〇じゃなくて、〇△です」
一瞬で血の気が引いていくのがわかりました。
私は彼の苗字を間違えて放送していたのです。
そして何食わぬ顔で、本人にDVDを渡そうとしていたのです。
放送局にとって名前を間違える罪は重いです。
一般の方となると尚更です。
なぜか?
放送がその方にとって、
一生に一度の可能性が高いからです。
そしてVTRは一生残るからです。
怒るでもなく、涙を流すでもなく、
ただただ悲しそうな彼の表情を見たとき、
私は自分がやってしまったことの重大さを
知りました。
そしてわずかに期待を抱いていた自分が
情けなくなりました。
取材を受けたあと、
彼はどんな期待を抱いたのだろう?
どんな気持ちでカメラの前に
立っていたのだろう?
名前の間違った字幕が出て、
学校でどんな言葉をかけられただろう?
自宅まで招いてくれたご家族が、親族が、
何を思っただろう?
テレビは視聴者に見てもらうために働き、
時にはスポンサーの意向も汲み取って
VTRを制作するのだと、それが全てだと、
それまで私は思っていました。
しかし、それだけでは足りない。
作り手の配慮不足、振る舞いひとつで、
カメラを向ける相手を深く傷つける可能性があることを知りました。
取材対象者を傷つけない。
やりすぎなくらい、想像力を働かせる。
当たり前の事ですが、
私が胸に刻んでいる大切なルールです。
字幕ミス撲滅の2原則
ではこの出来事から私は何を学んだか?
冒頭私は、
パソコンで作業をする以上、個人のエラーは必ず起こります。
と述べました。
当たり前ですがこの言葉の真意は、
字幕ミスは防げないから許してほしいということではありません。
そうではなくて、
ミスが起きる前提で何ができるか?
が全てだという話です。
一度も字幕ミスしたことがない人を
私は知りません。
ミスしたことがないと言っている人は
動画を作ったことがないか、
誰かが知らずに直してくれていることを
知らないだけだと思います。
制作者が何かを作る以上、絶対ミスは起こります。
ではそんな中私は日々どうしているか?
①自分を信じない
②第3者の目に晒しまくる
これです。
徹底的に自分を信じない。
「自分はやっちゃう側の人間だ」と常に思ってます。実際そうですしね。
これでまず第1関門クリアです。
慢心が消えます。
次に第3者の目に晒しまくる。
これです。
ミスを指摘されることを避けるのではなく、
徹底的に第3者の目に晒す。
できれば、プロジェクトに関わっていないような
「フラットな視点」を持つ人がいいです。
作り手側の思い込みは周りに伝染し、
2~3人丸ごと気づかないことだってあります。
後輩が気づいていたけど言い出せなかった…
みたいなケースも稀にあります。
これらはすべて取り返しがつかないミスに
つながります。
なのでなるべく関係のない人に見せてみる、
晒してみる勇気を持つことが大事だなと
思っています。
まとめ
・登場人物の名前を間違えるのは重罪
・字幕ミスはひとりでは防げない
・ミス撲滅の鍵は「自分を信じない」
・VTRはなるべく第3者の目に晒すこと
繰り返しになりますが、ミスは無くなりません。
きょうもどこかの放送局で誰かが字幕をミスってます。
そして飯が喉を通らないくらい後悔をしています。
プロである以上、ゼロにする努力を怠ってはいけない。
そのうえで、
こんな気持ちで働いてますということを
少しでも知ってもらえたらなと思っています。
他にも過去の失敗談として色々発信してますので
興味あれば以下の記事もぜひご覧ください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
独立後のリアルやAI活用の本音は、Substackで毎日コツコツ書いています。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
