舞台という総合芸術が教えてくれた「感謝を生かす」ということ
――俳優思考・第二十三回
「作品をつくる」という上で、一番大切にしているものがあります。
それは、『感謝』です。
劇団を立ち上げた頃の私は、俳優畑で育ってきたこともあって、正直に言うと「作品を作る」という視点が少し足りなかったように思います。
つまり、俳優中心の考え方だったんですね。
「いい演技さえすれば舞台は成立する。音響や照明、舞台セットなんてなくても、俳優の力で勝負すればいい」
そんなふうに思っていました。
もちろん、それが間違いだったとは思いません。
実際、何もない空間だからこそ想像力が刺激される舞台もありますし、俳優の存在感だけで空間を支配するような作品もあります。
でも、長く舞台を作っていると、少しずつ見えるものが変わってきました。
作品というものは、決して一人の力だけでは完成しない。舞台というものは、総合芸術なんだなって思うようになったんです。
素晴らしい脚本がある、それを最大限に引き出す演出がある、俳優が魂を込めて演じる、そこに照明が入り、音響が入り、美術や舞台セットが世界観を作る。
一つひとつの力が重なった時、初めて「作品」になるわけです。どれか一つだけが突出していても、それだけでは届かないものがあるんです。
だからこそ、それぞれのセクションが自分の役割に責任を持つことが大切になってくるわけです。それぞれが自分の場所で最大限の力を出す。
決して他にもたれかかるのではなく、他のセクションの仕事に恥じない努力をする。
お互いが切磋琢磨しながら、そこで初めてコラボレーションが生まれる。
そこに、舞台を作る面白さがあるんだと思います。
そして、そこで改めて「当たり前」ではないんだなって。
俳優が舞台に立てることも。
照明や音響がその場の空気を演出してくれていることも。
裏側で誰かが準備してくれていることも。
全部、誰かの力によって成り立っている。
そう考えると、感謝しかないんですよね。
だから、「ありがとう」って言いいますよね。でもね、何かしょぼいんです。「ありがとう」だけでは補えない。それ以上の言葉はないのかと悶々としてくる。
もちろん、感謝の言葉は大切です。
でも、本当の意味での感謝というのは、その思いを次の行動につなげることなんじゃないかと。つまり、周りに感謝だけしていても駄目なんです。
感謝したのなら、その感謝を生かさなければ本物になっていかない。
人を傷つけて「ごめんね」で済んだら、警察はいらない。それと同じで、人から素晴らしいものをもらって「ありがとう」だけで済んだら、神様はいらない。
「あなたがそこまでやってくれるなら、こっちはもっとすごいものをやってみせますよ」
これぐらいの気持ちがなければ、感謝は生かされないんじゃないか。そう思うんです。
先輩にご飯をご馳走になった。だから今度は自分がご馳走します。というようなお返しの話をしているのではありません。これはもちろん素晴らしいことです。でも、これは「感謝を返す」ということですよね。
今回、私が言いたいのは「感謝を生かす」ということです。
先輩にご飯をご馳走になった。だったら自分は「ありがとうございます」で終わるのではなく、「ご馳走してよかった」と思ってもらえるぐらい楽しい時間を作るとか、相手がしてくれたことに対して、自分もその場で最大限の価値を生み出す。
変な例えかもしれませんが、それがお互いにとって有意義な場所になるんじゃないかと思うんです。
舞台でも同じです。素晴らしい照明を作ってくれたなら、俳優はその光に負けない芝居をする。素晴らしい音響を作ってくれたなら、その世界をさらに広げる。誰かが100の力を出してくれたなら、自分も100以上の力で応える。
そうやって、それぞれの力が掛け合わさった時、一人では絶対に作れなかったものが生まれる。それが「作品を作る」ということなんです。
そして、それは、人生においても言えることです。
誰かからもらったものを、ただ受け取って終わるのか。
それとも、さらに大きなものにするのか。
そこに、その人自身の姿勢が表れるような気がします。
感謝とは、過去に向けるものではなく、未来を作る力です。
「もらった感謝は、必ず生かす!」。
それぐらいの思いが、結局は「自分」という作品を一番面白くしていくんじゃないかなって、私は思います。
次回はこちら→『「とりあえず5つ」――世界はそこから広がっていく』
前回はこちら→『なぜ私は「うまい答え」に惹かれないのか――教え子とのやり取りで気づいたこと』
まとめはこちら→【俳優思考】
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