「でも」より先に、「なるほど」――受け入れた人から、世界は面白くなる
――俳優思考・第十九回
俳優の世界に「イエスアンド」という考え方があります。
相手の演技をまず受け取る。そのうえで自分の演技を返していく。
たったそれだけのことなんですが、これができると、芝居は一気に生き始めます。逆に、自分のやりたいことばかり押し通そうとすると、会話が成立しなくなってしまいます。
これ、芝居だけの話じゃないんですよね。
演出をしていると、いろんな俳優と出会います。悪気はないんでしょうけど、たまにこういう人がいます。
「前に出演した劇団の舞台ではこうやってました。」
「以前の演出家には、こう言われました。」
そのたびに私は思うんです。
知らねぇよ、って。
もちろん口には出しませんよ。でも、本当にそうなんです。
以前の演出家のほうが正しいかもしれないし、今の演出家のほうが正しいかもしれない。あるいは、どちらも正しいのかもしれない。
創作には、正解も不正解もありません。
算数みたいに、どこに行っても1+1=2、という世界じゃないんです。
だから俳優の仕事は、「前はこうだった」ではなく、「今、この人は何を作ろうとしているんだろう」を受け取ることなんです。そのうえで、「だったら私はこう返してみよう」と乗っていく。
これって、職場でも、家庭でも、似たようなことは起きています。
思い当たる節は、ありませんか?
面白い俳優というのは、演出家の言うことをただ聞くだけじゃありません。演出家の考えを理解したうえで、それをちょっと越えてくる。
「そんな発想があったか。」
そう思わせてくれる俳優との仕事は、本当にワクワクします。
そして演出家もまた「じゃあ、もう一歩いってみよう」と返したくなる。
お互いが相手を受け取りながら積み重ねていくから、作品はどんどん面白くなっていく。
受け取ることが、相乗効果の入口なんです。
これは舞台の外でも、まったく同じだと思っています。
ただ、人は受け入れることが苦手です。
なぜなら、自分が積み上げてきたものを否定されたように感じるからです。
何日も考えて、何度も稽古して、「これだ」と思って持ってきた演技を「一回全部捨てて」と言われたら、「いや、それは嫌です」となる気持ちはよくわかります。
人生だってそう。人は今まで積み重ねた経験によってできています。経験は財産でもあり、自信の源にもなります。だからこそ、それを否定されたように感じると苦しくなるんですよね。
でも私は、それって旅行の荷物に似てるなと思うんです。
必要だと思っていろいろ詰め込む。でも実際に歩き始めると、重くて動きづらくなる。思い切って要らないものを置いていくと、驚くほど身軽になる。
芝居も、たぶん仕事も、人間関係も、同じじゃないでしょうか。本当に大切なものだけ持っていけばいい。すると新しいアイデアも入ってくるし、相手にも反応できる。フットワークが一気に軽くなります。
ところが本人は、「自分は身軽です」と思っていることがある。
でも実際は、「こうあるべき」「前はこうだった」「これは変えたくない」そんな思い込みを、背中いっぱいに背負っている。
その荷物こそ、一番重いのかもしれません。
身軽だと思っていたその思考が、実はものすごい重石になっている。俳優を見ていて、何度もそういう場面に出会いました。でもきっと、これはあなたの周りでも起きていることだと思います。
受け入れるというのは、負けることじゃありません。自分を消すことでもない。
新しい可能性が入ってくる余白を作ること。
芝居でも、仕事でも、人間関係でも。
「でも」より先に「なるほど」と言える人の方が、案外、面白い景色に出会えるんじゃないかと思っています。
次回はこちら→『なぜ『俳優思考』というタイトルにしたのか――俳優じゃなくても読んでほしい理由』
前回はこちら→『「なんかそっちの方が面白そう」が、人生を動かす――芝居が教えてくれた、イメージの使い方』
まとめはこちら→【俳優思考】
いいなと思ったら応援しよう!
もしこの記事が何かのきっかけになっていたら、とても嬉しいです。