マイケル・ジャクソンの苦悩⑧:構造把握が言語化を助け、内部シミュレーションへと導く
前回のまとめ記事の最後に、こんなことを書きました。
もしあなたが、マイケルに1分間だけ会って話ができるとしたら、それはどんな場面でしょうか。そのとき、あなたはどんなふうに近づき、何を伝えるでしょうか。
1. 内部シミュレーションが止まる瞬間
——マイケルに会うのだとしたら、きっと高級ホテルの一室で、立て続けに取材を受けている合間のような場面だろう。「緊張するなぁ」と思いながら身なりを整え、「本物のマイケルはどんな感じだろう」と少しワクワクしながら部屋に入っていき、挨拶をして椅子に座る……。
ここまでは、比較的容易に「内部シミュレーション」できるかもしれません。
しかし、そこから、自分が何をしゃべるのかを考え始めた瞬間、あなたの中のシミュレーションは止まってしまうかもしれません。
「何を言おう」
「何を聞こう」
「えっ、私は何を言えばいいの?」
こんなふうにして、自分の内側を振り返ることになっていくのではないでしょうか。
——自分は、マイケルのどこに魅力を感じているのだろう。それを、どう伝えたらいいのだろう。自分の思いを伝えるだけでいいのだろうか。それとも、何か質問をしたほうがいいのだろうか。
そう考えた後、私たちは、マイケルのインタビュー記事や作品をネット検索し、そこから「自分が何を感じ取ってきたのか」を見つめ直すことになるのではないでしょうか。
そのとき、調べ物をしながら、頭の中ではこんなふうに思考が進んでいくかもしれません。
——マイケルのすごさは分かる。けれども、それがまだ感覚的にしか掴めていないから、いざ伝えようとすると、うまく言葉にならない。「マイケルの曲に救われた」とか、「歌もダンスもすごい」といった言葉では、あまりにありふれていて、自分が本当に伝えたいことには届かない気がする。どうしたらいいのだろう。
こんなふうに、思考の渦の中で頭を抱えてしまうのではないでしょうか。
2. 構造が見えなければ、言葉は立ち上がらない
しかし、こうなってしまうのは単なる語彙力や表現力の問題なのではありません。
私たちは皆、身体感覚としてはすでに何かを掴んでいても、「自分の興味関心が何によって動かされるのか」という構造がある程度見えてこなければ、それをうまく言語化することができないのです。
つまり、自分が何に心を動かされやすい人間なのか、という自分の内部構造への理解、そして、マイケルの作品のどの部分が自分の心を動かす誘因になったのか、その二つの関係性がまだ十分に見えていないからこそ、言葉として立ち上がってこないのです。
構造が少しずつ掴めてくると、自分の興味関心がどこにあり、作品との接続点がどこにあるのかが、次第に具体的になっていきます。すると、自分が何に心を動かされていたのかが、少しずつ言語化できるようになっていきます。
例えば、最初は、マイケルの曲に感じる「爽快感」や「心地よさ」が好きだ、というくらいの言葉しか出てこないかもしれません。けれども、その感覚をもう少したどっていくと、Man in the Mirror の「Hoo!」という頭から突き抜けていくような声や、Billie Jean の勢いのあるリズムと歌唱の運びが、自分にその感覚を与えていたのだ、と少しずつ具体的に言えるようになっていくのです。
3. 目的が定まって、シミュレーションが始まる
そうして、構造把握が進み、作品との接続点が具体的に見え、言語化ができるようになると、おのずと「この1分間をどういう時間にしたいのか」という目的も考えられるようになります。
例えば、自分が作品のどの部分に、どのように心を動かされたのかを伝えたい、という目的になるかもしれません。
あるいは、自分が心を動かされた部分は、どういう意図で作られたのかを質問し、理解を深めたい、という目的になるかもしれません。
そうして初めて、内部シミュレーションが始まっていくのです。
つまり、内部シミュレーションをしていくのには、まずは十分な構造把握が必要なのです。構造把握が不十分だと、内部シミュレーションは精度の低いものになってしまいます。
4. 日常的に内部シミュレーションをしている
私たちが日常的によく使っている内部シミュレーションも、基本的には、人間の内部構造へのある程度の理解を土台にしたものです。
仕事上の顧客対応や社内での人間関係、就職や転職の面接、あるいはメールの文面を考えるときでさえ、私たちは「こう書いたら相手にどう伝わるだろうか」「こう振る舞ったらどう受け取られるだろうか」と、頭の中で小さな予行演習をしています。
そして、そのとき私たちは、人がどう感じ、どう受け取り、どう反応しやすいのか、という「人間の内部構造」へのある程度の理解を土台にしながら、無意識のうちに内部シミュレーションを行い、自分の言葉遣いや敬語の使い方、振る舞い方を選び取っているのです。
つまり、内部シミュレーションとは、ただ想像をふくらませることではなく、理解した構造をもとに、まだ起きていない流れを内側で試しに動かしてみることなのです。
(つづく)
