本日、徳ポイント10倍DAYなり|1920(大正9)年8月11日(水)|
📗1920年、旧制中学校を卒業した祖父。小学校の先生になろうと師範学校を受けたものの、まさかの不合格。
師範学校リベンジを狙いつつ、仕方なく(?)田舎の親戚の家に下宿しながら、非正規の代用教員として小学校の教壇に立つことに。
そんな代用教員生活、初めての夏休みがやってきました。
この日記を、孫である私が106年後の2026年、同じ日付で紹介しています。
🧭 この日のあらすじ
朝、妹と墓掃除へ。他にもたくさん人が来ていた。
吉助さんに取って来てもらった赤土を蒔く。
午後は図書館へ。
夜、母は多田家に(同級生多田くんの家。母方の親戚でもある)。
自分は、キリスト教の講話を聴きに行く。
📅 日記本文
朝、妹と墓掃除に行く。
外の人もなかなか多く行っていた。
吉助に赤土を取ってきてもらい、之をまく。
帰る途中に掃除に行く人に会う。
午後、図書館に行く。
夜、母、多田に行かる。
我はキリスト教のテレト伝等を聞く。
📌 背景メモ
墓
祖父の家の墓は、近くの寺の墓地にありました。
私も行ったことがありますが、山のふもとのゆるやかな斜面になっていて高い杉の木がうっそうと茂っている場所でした。
祖父がこの日記で墓掃除に行ったのは、そのお墓です。
平成になってから、祖父の子どもたちで相談して、墓をお引越しすることに。こちらはお日様がよく当たって明るい場所です。
祖父のお骨もそのお墓に眠っています。
「なんか日当たり良くなったな」なんて言ってたりして。
吉助
祖父の家の近所に住んでいて、よくちょっとした手伝いをしてもらっていた人。
この日記にもたまにお名前が出て来ます。
赤土をまく
墓に赤土をまく?
「ちょっと何言ってるかわからない」ので調べてみました。
墓石やさんのサイトによると、お墓に赤土を敷くことは、魔除けや清浄の意味があるという通説があるそう。
高山の祭りでも、自分の家の前に祭り屋台(山車)やお神輿が通る時、道路に赤土を撒くという風習があるそうです。
祭りの前には山の赤土が一箱1〜2銭で売られていたんだとか。(『飛騨の哀歌高山祭』山本茂実著 角川書店 1981年)
山にいくらでもある赤土が商売になると気が付いたビジネスセンス。発想の勝利。
儲かったかどうかは、また別の話。
キリスト教
1894(明治27)年、高山に創立された高山祝福教会。祖父の日記時点でもう創立から26年経っていて、すっかり街に馴染んでいたようです。
現在、観光名所の「古い街並み」として知られる上三之町にありました。
現在は別の場所に移転しましたが、今も創立130年のキリスト教会として高山の街に根付いています。
祖父も母もクリスチャンではありませんが、私の母も子どものころ、日曜学校に行っていたそうです。
この日祖父が聴いた、テレト伝、は該当するようなものがなく、祖父の書き間違いor私の読み間違いかも。
うん。カタカナ3文字は忘れるよね。わかるわぁ。
💭 孫のつぶやき
そもそも18歳の息子と幼い妹が朝から墓掃除とは、たぶん母(シゴデキ母)の差し金ですね。姿は見えなくても、しっかり糸を引いている感じ。
ちなみに我が家では子どもらに、「お前ら墓掃除ヨロシク」なんて言おうもんなら、全力で拒否される未来しか見えない。
一度、シゴデキ母(私の子どもにとっては、ひいひいばあちゃん)に親子共々喝を入れてもらいたいものです。
そして夜になると、母は親戚の多田家へお出かけ。社交は母の担当。
一方息子は、ひとりキリスト教の講話へ。
奇跡の治療ショーを見に行ったかと思えば、今度は教会で講話。
方向性は違うけど、フットワーク軽めなのはやっぱり親子だなと。

