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何がつらいのかわからない

これまでの記事で、いくつかのつらい気持ちを言葉にしてきました。言葉にすることで頭の中が整ったり、新しい視点が見つかったりしました。
それでも、つらい気持ちがなくなりそうな気配はありません。

理由のないつらい気持ちがありそうです。深掘りすればそれなりの原因が見つかったり、少し足もとが明るくなって一歩進めたりすることはありそうです。だけど、進んでいる洞窟はまだまだ先に続いていて、暗くて見えません。暗い中手探りで歩いていかなければと思うと、不安が募りつらさにつながります。

また、明るくした足元は片付いていなくて、明るくなったからといって踏み出せないときもあります。片付けようと思っても、いろんな理由で手放したくても手放せなかったり、時間が経ちすぎて片付け方がわからなくなってしまったものがあります。

あまり先々まで見ないこと、踏み出せないことも片付けられないものも気にしないことが、楽しく生きるために望ましいのではないかと、最近は思うようになりました。
これまで先々を見て行動することや、見て見ぬふりをしないことで人生を進んできて、これまでの人生と反対の方向性だから意識しないとできないし、意識しても上手にできていないのだろうと思います。
楽しく生きるための手段を身につけて、場面によって使い分けられるようになれば、人生の閉塞感から抜け出せて、同じ状況でもつらい気持ちが軽くなるかもしれないと感じます。


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