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アンドリュー・ワイエスってどんな人?(1)余命宣告を受け入れる契機 境界のあちらとこちらを見つめる/豊田市美術館・あべのハルカス美術館・東京都美術館

東京都美術館で17万6000人が訪れたアンドリュー・ワイエス。最終日の数時間前に駆け込みました。巡回展がはじまったので記録を残しておこうと思います。


「境界」は、生と死を分ける線ではなかった

展覧会を見終わったあと、私は3種類の絵のクリアファイルとポストカードを買いました。

普段なら、ほとんど買いません。けれど今回は違いました。

その3枚は、私自身が今いる場所と、この先向かう場所を描いているように思えたからです。

今回の展覧会のテーマは、「境界」。

ドア。
窓。
氷。
部屋の内と外。

ワイエスは、生と死を真正面から描く画家ではありません。けれど、その代わりに何度も何度も「境界」を描きました。展覧会の解説には、こんな言葉があります。

ワイエスにとって境界とは、
分断ではなく、
生と死をつなぎ、連続させるもの。

この一文を読んだ瞬間、私の中で何かが変わりました。

「死ぬ瞬間」ではなく、「死へ向かう途中」に私はいる

私は卵巣がんと子宮体癌のダブルキャンサーで、5年生存率50パーセントの3年目です。ほとんどの人が自分が何年後かに死ぬことを意識しない世界で、私は1日1日あと何年、何か月、何日と思いながら生きています。

でも、毎日普通に仕事をして、ご飯を食べて、展覧会にも来ています。だから、どこかで「死」はずっと遠くにあるようにも思えていました。

でもワイエスの絵を見ていると、そうではない。
死とはいつかではなく、

今ここから、
少しずつ続いている道で、それを私は確実にたどっていて、1日1日最後の日に近づいている。

元気に歩ける今。

少しずつ体が動かなくなる頃。

最後の数時間。

そのどこにも「境界」がある。

確実にそれを感じました。

《ヒトデ》——まだこちら側にいる私

そんなことを思ったのは、皮肉にも最後の展示作品。《ヒトデ》(1986年)でした。

窓辺に座る人物。

その向こうには海。

窓枠は、こちら側と向こう側を分けています。

けれど、その人は海を見ているようで、同時にその先を見つめているようでもあります。

展覧会の解説には、

双眼鏡を覗く人物を通して、
見る者の視線も海へ導かれる

とありました。

私はこの人物を見ていて、あっ!これは「今のわたし」だと思いました。

家のドアの外でいつでもどこでも行ける用意をして、常に行きたい遠くを探している。編集者という私の仕事と子供と旅に出る私そのもの。

双眼鏡で探す先に、これまで「死」はありませんでしたが、最近はときどき「死」も見えている。

死はまだ遠い。けれど、もう存在を知らないわけではない。そんな今の自分。

そう思ったときに、この最後の展示作品の手前の作品たちが、わたしにとっての意味として立ち上がってきました。

《クリスティーナ・オルソン》——動けなくなる日を想像した

次に思い浮かんだのは、《クリスティーナ・オルソン》。

クリアファイルも買いました。

モデルのクリスティーナ・オルソンは足が不自由で、家の中を這って生活していました。足が動かない彼女も元気なときには草原を感じる屋外にいることもありました。

でも、もう足が悪いけれど外にでる気力体力もない、だけど家のドアから、外の世界をただ見つめる。

決して劇的ではありません。静かです。だからこそのあきらめと屈辱。屈辱ももうすりきれてひりひりとときどき熾火のように燃えるけれどすぐ消える。

私はこの絵を見て、「再発して、思うように動けなくなった自分」を想像しました。まだ生きている。でも、できることは少しずつ減っていく。それでも遠くを見続ける。

その姿に絶望と、人間の尊厳をみました。

《クリスマスの朝》——死という静かな境界

もう一枚選んだポストカードは、《クリスマスの朝》(1944年)。

眠る人物。旅立とうとしている人物。静まり返った世界。

ここには悲鳴も恐怖もありません。ワイエスは父の死をきっかけに、「すべては移り変わる」という死生観を持つようになったといいます。

だから彼は死そのものではなく、その手前の静かな時間を描いたのかもしれない。私はこの作品を見ながら、死ぬ直前とは、案外こんな時間なのかもしれない。もっと茫洋としたものかもしれないけれど、私は意識あるかぎりこんな風に最後の1秒を迎えたい。そう思いました。

ワイエスは「そこにいない人」を描き続けた

展覧会で印象的だったのは、

ワイエスが人を描くとき、

本人そのものよりも「その人が生きた痕跡」を描いていることでした。

開いた窓。

風で揺れるカーテン。

割れた窓ガラス。

古びた家。

空になった椅子。

そこには「さっきまで誰かがいた」気配があります。

だから彼の作品は静かなのに、

人の存在を強く感じる。

窓は、世界を分けるものではなく、世界をつなぐもの

ワイエスは窓やドアを何度も描きました。

展覧会では、

「境界とは分断ではなく、広い世界へ開かれた窓」

だと紹介されていました。

その言葉を読んで、

生と死は、急に切り替わるものではない。

その間には、

今日があり、

明日があり、

展覧会へ行く日があり、

ポストカードを買う日がある。

ワイエスは、派手な色彩や劇的な物語で魅せる画家ではありません。
だからこそ、一枚の窓、一枚のドア、一筋の光が、見る人それぞれの人生と静かに重なります。

もし今、大切な人のこと、自分のこれから、生きることや死ぬことについて少し考えているなら、この展覧会はきっと心に残るはずです。

愛知会場:豊田市美術館

  • 会期 2026年7月18日(土)~ 9月23日(水・祝)

  • 開館時間 10:00~17:30(入館は閉館30分前まで)

  • 休館日 月曜日(※7月20日、9月21日は開館)

  • 当日券 一般 1,900円 / 大高生 1,200円 / 中学生以下 無料

  • 前売券 一般 1,700円 / 大高生 1,000円

あべのハルカス美術館

  • 会期 2026年10月3日(土)~ 12月6日(日)

  • 開館時間 火~金:10:00~20:00 月土日祝:10:00~18:00

  • (入館は閉館30分前まで)

  • 休館日 2026年10月5日(月)

  • 当日券一般 2,200円 / 大高生 1,800円 / 中小生 500円

  • 前売券一般 2,000円 / 大高生 1,600円 / 中小生 300円





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