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ゴッホってどんな人? 絵から光が!「夜のカフェテラス」が輝くびっくり体験 愛があふれる大ゴッホ展レポート

最後の展示室の《夜のカフェテラス》が少し見えた時、驚いた。

決して大きな作品ではない。それなのに、絵の中から街灯が本当に光を放っているように見える。

「絵って光るんだ……」

約20年ぶりに来日したゴッホの名作を見る前は、「有名な作品だから見たい」くらいの気持ちだった。少し前に日本にやってきた《星月夜》も星が瞬いているように見えたけれど、それよりももっと人工的で強い光が絵から出てくるようだ。

街灯の時代、LED照明の世界に生きる私たち以上に夜の光は眩しく見えただろう。明るい!なんだコレは!油絵ってこんなことができるんだ!そんな体験なかなかできない!

大ゴッホ展で、初期作品から順番に最後の《夜のカフェテラス》まで見て行くと、これは突然生まれた名作ではないことがわかる。

周囲の人に溢れる愛を伝えないではいられないこと。
みんなが幸せな社会という理想から思考が始まること。
何度失敗しても描き続けたる強い挑戦力。

その先に、この"光る絵"が生まれたように見えた。


ゴッホは「心を病んだ画家」ではなく、人を幸せにしたかった人だった?

ゴッホは1853年、オランダ・ズンデルトでプロテスタント牧師の家に生まれる。

若い頃は画家ではなく画商として働く、その間もずっとあるのは、「人の役に立ちたい」という思いだった。

画家になると決めた後も、その気持ちは変わらない。

手紙には、

「自分の作品で人々を豊かにしたい」

という思いが何度も書かれているという。

日常的に「自分の仕事で世界の人々を豊かにする人になる」
そういう言葉には普段あまり出会わないけれど、
プロテスタント系の教育をする学校では、とてもよく聞く。
仕事は選ぶものではなく神から
あなたが世界をよくするための活動として
「ギフト」として示される。
才能という意味の「ギフト」ではない。
そんな価値観。

ゴッホのそういうところは、
プロテスタントの牧師の家に生まれたという所から
自然に出てくるのかも知れない。

展覧会を見ていると、ゴッホにとって絵は、
自己表現だけでなく、
人を救うためのものだったのではないかと感じた。

プロテスタントの牧師である父の仕事と似ているのではないか? 
そんな風に見えた。

愛が深すぎて、いつも少し行き過ぎる

ゴッホの人生は「好き」が過剰だ。

バルビゾン派の画家ジャン=フランソワ・ミレーに心酔すると、農民を描く人生を目指す。

ヨーゼフ・イスラエルスに出会うと、

「もう他の画家や新しいものに興味が持てない」

とまで手紙に書いてしまう。

身重の娼婦を保護し、結婚も考える。

現代でも当時でも
「そこまでやる?」と言われそうなほど、
人への愛情が深い。

過剰さが、周囲から距離を置かれたり
衝突にもつながっていきやすい。

1枚を描く手数が尋常じゃない

展示を見て驚くのは、初期作品の地味さと
一枚一枚の絵に載せる圧倒的な手数。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000134.000094375.html

素描は紙いっぱい隙間なく線が描き込まれている。

油絵の鳥の巣の絵は、ボコっというよりも、たっぷりの油絵具が乗っている。初期の周作から絵の具が驚くほど厚い。

「1枚の絵にものすごい量の色々なもの乗せてを描く人」だったことを作品から感じる。

引き算よりも足し算し尽くす感じ。

農民を描きたい。でもうまく描けない

ミレーのようにありのままの労働の美しい農民を描きたい。

でも現実はうまくいかない。

農民たちはゴッホのモデルになる時には普段着ではモデルになってくれず、よそ行きの服でしか座ってくれない。

狭い部屋で描くと人物のバランスも崩れる。

遠近法やグリッド線を何本も引かないと絵のバランスが崩れやすく理想に届かない。

それでも諦めない。

そんな苦闘が展示から溢れる。

美しさではなく、その人の尊さを描いていた

印象に残ったのが、母子を描いた作品だった。

モデルは、ゴッホが保護した娼婦とその子ども。

手紙には

「最高にかわいくて健康で快活なちびちゃんだ」
と愛情いっぱいに表現していると言う。

ところが絵を見ると、美人画ではない。

娼婦でイメージするような着飾った様子や媚びた雰囲気もない、
むしろ母親は老けて見える。

でも、落ち着いていて神々しい。

ゴッホは外見ではなく、
その人の存在そのものを見ていたのかもしれない。


《じゃがいもを食べる人々》は労働へのラブレターだった

初期の代表作《じゃがいもを食べる人々》。

暗い絵という印象を持っていた。

でもここまでの展示を見た後では全く違って見える。きていたのはリトグラフで実際の絵ではなかったけれど、

ごつごつした手。

土にまみれた顔。

誠実に働いて生きる人たちへの敬意を持ってみた人が描き出す、農民たちの生命力がこの一枚の上に詰まって爆発していて大迫力。

死ぬまでに絶対見たい!

パリで世界がひっくり返る

パリへ移ると絵の空気が一変する。

クロード・モネ

ピエール=オーギュスト・ルノワール

ポール・セザンヌ

との出会いが、
色彩も光も、オランダ時代とはまるで違う洗練されたところまで行く。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001730.000022608.html

巨大なルノワール作品の前では、「こんな世界があるのか」と衝撃を受けたのではないかと思う。

暗い茶色の世界から、一気に光の世界へ。

ゴッホの絵が変わり始める。

そして最後、《夜のカフェテラス》が光り始める

展示の最後に待っている《夜のカフェテラス》。

夜なのに黒を使わない。

黄色いガス灯。

青い夜空。

星まで輝いている。

作品自体は決して大きくない。

でも、本当に光が漏れているように見えた。

きっと、最初にこの作品だけを見ても、「きれいな絵」で終わってしまう。

でも、この展覧会では違う。

人を愛し、

働く人を描き、

何千枚も練習し、

何度も挫折し、

パリで新しい色彩と出会った。

その全部を見たあとだから、この一枚がまるで生命を持っているように感じられる。

ゴッホが描いたのは、夜ではなく、自分自身の中の「希望の光」だったのかもしれない。

展覧会は「人生を見てから名画を見る」体験だった

《夜のカフェテラス》は、約20年ぶりの来日。

もちろん、それだけでも十分に見る価値がある。

でも、この展覧会の魅力は、一枚の名画では終わらないことだ。

初期の作品から順番にたどることで、「どうしてこの絵が生まれたのか」が自然と見えてくる。

最後に《夜のカフェテラス》を前にしたとき、「絵から光が出ているように見えた」という感覚は、決して気のせいではない。

ゴッホが10年間積み重ねた、誰かを思う気持ちと、描き続けた時間そのものが、この作品を輝かせている。

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