最近「うまくできたな」と思ったことはありますか?
こんにちは、ぱんだごろごろです。
本田健さんの、「ハッピーライティングマラソン」第44回目のお題は、
『最近「うまくできたな」と思ったことはありますか?』
です。
はい、先週末、義母の四十九日の法要がありましたが、苦労して準備したかいがあって、うまくいきました。
夫が喪主で、一番大変だったと思いますが、私も葬儀の時に引き続いて、夫のサポート役を務めることになりました。
お寺や霊園(四十九日にお墓に納骨もするため)、仏具店(木製のお位牌を塗りのものにしてもらうため)などとの打ち合わせにはすべて同席し、時刻や人数、個数に関して、メモを取り、夫の記憶と食い違うことは、相手方に尋ねて確認するという作業を繰り返しました。
今回、兵庫県から上京する親戚は合計4人。
それぞれ法要前日に泊まるホテルは、自分たちで予約してくれるとのことで、それだけでも助かりました。
ただ、当初夫はお寺で法要をして、そこから会食をする料亭に移動するつもりでいましたが、義母の弟(夫から見ると叔父)二人が、法要は夫の実家でして欲しい、姉夫婦が建てた湘南の家は、自分たちも何度か訪れたことがあってなつかしいから、と言ってきたそうで、急遽空き家になっている家を、法事ができるように調える、という余分な仕事ができてしまいました。
義母が一人暮らしをしていたこの家は、今年の秋からは娘夫婦が住む予定になっていますが、現在は遺産相続の手続きもまだのため、片付けも始めていません。
人が来るとなれば、掃除のひとつもして、庭に投げ込まれているゴミも拾って捨て、玄関扉やドアフォンに積もった埃も払って、窓ガラスも拭き、仏間と間続きの応接間の両方に掃除機をかけ、お寺さん用の特別な座布団と木魚を仏壇脇の物入れから探し出し、ふだんの山水画の掛け軸から、法事用の曼荼羅の掛け軸に掛け替え、義母の遺影を長押に掛けるため、受け具を買ってきて、義父の遺影の横に掛け、応接間の重いソファは、お寺さんが仏間までスムーズに通れるように、2人がかりで部屋の脇に移し、参列者分の座布団を2階の和室の天袋から出してきて並べ、膝の悪い叔父と弟嫁用に、一人掛け用のソファをふたつ並べます。
お寺さんにお渡しするお布施、お車代、御膳料、卒塔婆代(7人分でした)の四つの袋は、四角いお盆に載せて差し出すことになっているため、そのお盆も物入れから探し出しました。
お経が終わったら、お茶を出すのですが、茶菓子も添えるのかどうか、夫も私も記憶にありません。
もし必要なら、前日に買っておかねばなりません。
当日は9時半から法要を始めることになっており、朝買いに行く余裕はないのです。
母方の叔父たちは浄土真宗(お経が長くて、三つくらいに分かれており、ひとつ終わるごとにお坊さんにお茶とお菓子を出すのだそうです)で、義父の禅宗とは違うため、叔父たちに訊く訳にも行かず、お寺に電話して伺ったところ、お茶だけでいいし、何ならお茶も必要ないとのことでした。
最初に日程を聞いた時には、9時半から法要、終わったら各自車で霊園へ、11時頃からお墓でお経を上げて納骨式、終わり次第解散ということだったので、その後お寺さん以外の参列者は車で料亭へ、12時から会食ということにしていました。
ところが、今回のお寺さんの話では、11時には納骨も終わるようにしたい、したがって法要後はすぐに霊園に移動したいから、お茶もとくに必要ないですよ、と言うのだそうです。
いつの間にか時刻設定がずれていましたが、お寺さんがそうすると言う以上、受け入れるしかありません。
電話を切ってすぐ、料亭に電話をし、12時からの予約を、11時半からにしてもらいました。
お墓から料亭まで、車で約15分、11時に納骨が終わってしまうのでは、時間が45分も余ってしまうのでした。
11時半始まりにしても、時間は余るため、霊園の集会所で時間調整をすることにしました。
霊園のお墓では、当日石屋さんがかろうとの蓋を開けて待ってくれているため、法要が終わって家を出る時に、霊園の事務所に電話をかけることになっていました。
家の仏壇用の花は、前日のうちに義実家へ行き、仏壇の掃除をするついでに生けておきましたが、お墓の花は、あらかじめ霊園に頼んでおいたので、持っていく必要もなく、助かりました。
四十九日法要の前日には、前述した掃除、設えのほか、参列者用のお茶の用意もしました。
叔父たちが、新幹線に乗る前に着替えをしたいと言うので、料亭からいったんまた実家へ戻ることにしたのです。
法要後はお寺さんにだけ、お茶を出しますが、参列者には出しているひまがないため、実家に戻ったときのために、湯呑みを15客、洗っておきました。
(実際には、朝9時前に着いた参列者のためにお茶を出しました。私と夫は、当日の朝は鎌倉の家を7時半に出て、8時過ぎには実家に着いていました)
茶殻の片付けの手間がないよう、煎茶のティーバッグも買っておきました。
当日は、9時15分頃にはお寺さんも来てくれて、仏壇の設えも見てくれました。
9時半には全員が揃い、法要が始まりました。
10時過ぎにはタクシーが到着、しばらく待ってもらってから、自家用車2台とタクシー1台、お寺さんのワンボックスカーとで、霊園へ向かいます。
雨が心配でしたが、傘をさすほどでもなく、石屋さんがかろうとの中、義父の骨壷の隣に義母の骨壷を並べて納め、蓋を閉めました。
霊園の集会所では、夫は親戚たちに、義母の昔の写真を見せていました。
夫はこの日のために、義母のよく撮れた写真を選び、プリントして、小さなアルバムをいくつか作り、参列者に粗供養(主に関西で言う、法事の返礼品のこと)と共に渡す準備をしていたのです。
料亭は大当たりでした。
叔父たちも、『良いところだなぁ』と喜んでくれ、個室の窓から見える日本庭園の景色も楽しんでいるようでした。

お料理にも満足してくれたようで、夫と二人、親戚たちや子どもたちを見送って、自宅へ帰ってからも、あそこにして良かったねぇと何度も話し合ったことでした。
こんなわけで、今回の義母の四十九日法要は、「うまくできたな」と思うことができました。
次は来年の一周忌です。
ところで、頭皮と顔の脂漏性湿疹が治ったはずの私ですが、四十九日法要の一週間ほど前から、上唇のはしにぽつんと何かができ、痛むので皮膚科へ行ったところ、免疫力の低下による、腫物だと言われました。
四十九日法要の前日には、朝、起きたところ、右目の白目部分が真っ赤になっていました。
腫物と鯖目(結膜下出血)。
皮膚科の医師によれば、疲れと睡眠不足によるものだから、よく休むようにとのことでした。
来年の義母の一周忌まで、じっくり休みたいと思っています。
#ハッピーライティングマラソン
#本田健

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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