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紀々の「介護うつ」体験記

音声でも、どうぞ。

 2017年のちょうど今ごろ。
 11年間を共に過ごしてきた祖母を見送った。

 祖母にとって私は初孫で、小さい頃から可愛がってもらい、想い出もいっぱいある恩人である。 

長く生きられないはずだった祖母は、祖父より30年も長く生きた。

 「もう、難儀」時々そうつぶやきながら。
 小さい頃は身体が弱く、自分も周囲も驚きの長寿となった。
 
 戦争で多くの身近な人を亡くし、生き残り、生き抜いていくことはどれほど大変だったか、私には想像できない。
 そんな祖母と、私はしばしばケンカもして「鬼孫」だと思いながらも、キーパーソンである母をサポートすべく、付き添わせてもらっていた。

 最後は、2度の入院、24時間体制での在宅介護、施設入所と、私は5日に1度眠れるかどうかの過酷な4カ月だった。

「おばあ様は、本当に幸せでしたね」

 会う人ごとに言ってもらうが、私には悔いが残るばかり。

 仕事では介護の現場にもかなり関わっていたのに、こんなにも現実を知らずにいたことへの衝撃は大きく、一番驚いたのは「知識のある人」と「介護経験のある人」とのちがいだった。

当時は、プロは、「答えを持っている人」だと思っていた。

 ところが、高齢者は百人百色!
 しかも、体調と気分は日替わりである。

 正解はなく、状況も変化の連続。

体力も限界で、もう何がなんだかわからない、ミステリー!

 思わずぶちまけてしまったことがある。
 その時に、介護経験を持つ親しい医療関係者がくれたひと言は、私と母にとって大きな転機となった。

 「そうなのよ。本当にまだまだ未熟な分野だから、いつもそばにいるあなたたち家族が一番の主治医。自信を持って向き合って!」

 他人任せにせず、自分の感覚を信じること。
 介護の知識だけでなく、経験を持っている人を見つけ、力をもらうことが大切。

 反省と後悔の気持ちを込めて、あの時の自分と、いま介護をしている人に伝えたい。

介護経験を持つ人は、意外と身近にいる。

 「ケアする人をケアする会」を始めて、あらためてそう感じている。
 ただ、「心配をかけたくないから」と自分から話さない場合も多い。

 「願いうた」を聴いて涙を流し、その後にご自身のことを話して下さることもよくある。

 よかったら、まずはあなたから話してみてほしい。
 私でよければ、ぜひ聞かせてほしい。

 一人だと悲劇的でも、誰かと話すとウソみたいに喜劇に思えて笑えることもあったから。
 ホッとできると、やさしい気持ちも少し復活するものだ。

やさしくない人なんて、この世にいないと思う。

 「やさしくなれない時」があるだけ。
 気持ちや環境が整えば、きっとやさしくなれると私は信じている。
(...と、あの日のワタシに伝えたい)

 最後に。
 涙が止まらない私に、同じ経験を持つ友人がくれた言葉を贈らせて頂く。

 「泣き虫は、これからステキな蝶になるよ」

 まだまだ蝶にはほど遠い「泣き虫先輩」の一人として、誰かの小さな力になれたらと願いつつ書かかせて頂いた。

出会ってくれて、ありがとう。


追伸
祖父母に聴いてもらえなかった「願いうた」。
祖母にも届けたい。
鬼孫で「ごめんなさい」。
そんな私を今も応援してくれて「ありがとう」。