続・おかあさんはひとりでいいのかも
昨日のnoteに続けたくなった。
続・としたのは、①、②、③…とならずに
すっきり終えたいという意図を込めたから。
ただでさえ長かったのに
加筆して3300字以上の長文、ごめんなさい。
今度は自分がお義母さんに?
昨日リンクで紹介した
マイクロキメリズムの視点に出会ってから
介護の苦しさが薄まり
母のためにすることが自分のためと変化していった。
無茶な自覚だったけれど
その確かな根拠を得られた感覚があった。
その後の子どもたちの結婚に
この「おかあさんはひとり」の視点が
自分の居心地の不確かさを楽にしてくれて
息子の義母でも、娘の義母でも
実母である人と比べて
変に力が入ったりしないでいられる
…なんてことを考えた。
外的評価の教育で育ったおかげで
違って当たり前なのに
もう一人の「おかあさん」と
無意識で比べたりする
あるいは、子どもたちはそれをするかどうか?
「お義母さん」問題みたいなことに無縁で
自然な距離感、存在感でいるには??
義母、お義母さん、この不自然な呼び名を
居心地よく思う人は
子どもが有名人と結婚したとか
玉の輿とかぐらいでは???
おかあさんはひとりだけ
昨日触れた、過去の私の
優しい義母への思いは
厳しい現実にいた実母からの逃避だったと
もっと早く気づいていたらと正直に思う。
気づいたところで
母の問題を肩代わりしたり巻き込まれるのでなく
想いが波立つことから逃げずに
自分で波を鎮めて波のない水面下にある
素敵な何かを見つけられた方が
お互いに自分を知り
それぞれに大人同士として成長できたカモ。
鳥や自然に学ぶなら?
昨日の画像のカモさん、ありがとう。
私は事実、お母さん時代の初期
あなたの姿によく癒されて、励まされてもいたよ。
あなた方は、長い首で水の中に頭を突っ込んで
おいしいものを見つけてるよね。
子どもは卵で産んで
お母さんの元で孵化することも
それ以外の可能性もある。
みにくいアヒルの子のお話のように
卵の時点でどこかに連れていかれたら
生れてはじめて会った誰かをひたすら追う。
今日の画像はツバメをお借りしました。
我が家の軒下でもツバメの営巣があり
今年は一羽がどこかで力尽きたか(泣
一羽だけで子ども夫婦の子育てを助けて
また、無事に旅立った。
カモにもツバメにも
自然界には義理のおかあさんなんていない。
親を亡くした子を母性本能と余力で引き受けるなら
義理も何もない。
人生の始まりから人間の可能性を育み対人関係を最適化する12の原則
話がそれました。
人間のお話に戻って…
母とのかかわりで生じた感情が
化学反応のように激しすぎる時期が少なくなく
とても苦しかった私
今は、脳神経、ミラーニューロンが、とか
情動感染みたいな…とか
先に逝った父親をいい人化しすぎていた、とか
その父の生前
実は結構、母娘して感覚的に敏感で
父のフキハラの影響を被っていたかも、とか
母との不和と思っていた状態を
見直す要件や情報はたくさんある。
出生前周産期心理学に基づいた
「人生の始まりから人間の可能性を育み対人関係を最適化する12の原則」
という文章がある。
これを読めば、あらゆる問題の
いくつもの原因の可能性を拾い出せると思われる。
何も思い当たらないという人はいないはず。
自分の人生の始まり、初期っていつぐらいをそう思うか?
ここで言われているのは妊娠前から産後1年目!
三つ子の魂で言う3年をがかなり前倒しされる
(この12の原則は、上のページ内にある
許諾要件に沿って訳されたページです。
部分的な切り取りや引用をしないで下さい。)
毒親の毒とは?
12の原則を読んでどう思いましたか?
こんな認識がない環境に生まれているから
記憶の水面下の
とても深いところが毒でいっぱい
いわゆる毒親問題の毒って
誰にでもあるけど古くて見えづらい
心のコップの底に濃く溜まってるようなものでは?
私たちは卵で生れるわけじゃなく
10か月も母親の胎内にいて
毒親の毒は、お母さんから来るんじゃなく
妊娠中の女性に優しくない『社会』の毒だっ『た』
と思ったほうがみんなにとって平和
『た』としたのは
すべてが過去のことだから。
すべてが過ぎたことだから。
いい人ばっかりのファンタジックな世界で
赤ちゃんを宿して生んで育てて
なんてことはまれで
みんなふつふつする毒を抱えて生きているのが現実。
毒親云々…
何を言っても毒を持って毒を制すにはなりがたい。
毒を消すためのおかあさんへの質問
自分が赤ちゃんだったことがある人はみな
直接お母さんにでも、心の中ででも
こんな質問をしてみたら…?
「おかあさん、私がおなかの中にいた時や
生れた時、小さい赤ちゃんだった時
どんなことが辛かっ『た』?」
もうひとつ
『どんなことが嬉しかった?』
辛いことの方が思い出しやすいんですよね。
ネガティビティ・バイアス
ネガティブフォーカスになる原因が
「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれ
学問的に認知されているらしい
これこそまた
人生のごくごく早い時期に
これが生じてしまっているようで
それを放置するとどうなるかの悲しい実例…
母方祖母の記憶がほとんどなかった私が
認知症が進行していきそうな母に
「おばあちゃんの話を聞かせて
おかあさんはおじいちゃんの話ばっかりだった」
と尋ねると、ぼそっと
「父親に殴られてる姿しか覚えてない」
びっくり!
幼いころは穏かな老夫婦としての記憶でした。
祖父がひとりになったのちの会話で
祖母を責める言葉に違和感は感じていた
同居ではない母方祖父母にDVがあったことが
今ごろ発覚?
で、おかあさんの記憶がそればっかりって
悲しすぎる。
「母が初めて作ってくれた色留袖」
…と、母の字でたとう紙に書いてある着物は
大切に残してあるのに…。
絆の癒しの日々
フラワーエッセンスを思う存分使った介護暮らし
心の波が高まったり静まったりしながら
癒されるべきものが何かが見えてくる。
衰えていく母に触れることの逆の
健やかな触れ合いを手が求めてなのか
だんだんとリアルな植物を集めるようになり
ベランダの植物は、一列に並べきれず
手すりにかけて二階建て
二階なのに、奥まっているのに
蝶や蜂、カマキリ、テントウムシなどが来る
カエルも来た、毎年来るツバメも…

母が足を痛めて外に出られなくなっても
そのころには楽園化したベランダで
朝日のタイミングで水やりをし
水滴のキラキラに満たされた自分で
「おかあさん、おはよう」のあと
浮かんでくる問いを思いつくままに言葉にする
認知症が重度なので
答えは返ってこないことが多いけれど
朝の時間はそうでもなく
「おかあさん
おばあちゃんのこと
おじいちゃんに殴られてる姿しか
覚えてないっていってたけど
思い出せることあると思うよ。」
…と、着物のことや
男ばかりのおしまいに生まれた女の子の母が
祖母にとってどれだけかわいかったか
…という想像など
母は黙って聴き、微笑むことも
小さく返事をすることもあった。
暴発しそうな感情に苦しんだ
同居介護初期の自分がどこにいったのか
穏かな日々の繰り返し
SNSやブログで何か見せたいという気にならず
投稿もほとんどしなくなり
ときどきnoteを、記録として投稿しながら
それらをSNSでシェアはしない
というか、読んでくださる方の
リアルな顔が浮かんでしまうSNSでは
想いが溢れすぎて長くなりすぎ
公開しないままの下書きが溜まり
それはそれでよかったんだと、今は思う。
入院、そして施設のお世話になる
こんな日々が母のけが入院で突然途切れ
なかなか自分の現実に戻れずに長くいて
長い迷走…瞑想でなく。
やっと、動き出そうという始まりに
おかあさん、ありがとう
わたしのおかあさんはあなたひとり。
…
開いて読み直すと
ついつい直したく、加筆もしたくなる
きりがありません。
介護職の方が
他人の介護はできても実の親は…
とおっしゃるの、よくわかります。
託してあなたの人生を、と言われても
それができずに無茶をした介護の暮らしでした。
言葉にして出してしまわないと
何かのたびにあふれそうになってしまって…
これから
聴くことの方をこれから大切にしていきたく
あと少し、出し切ろう、と加筆の繰り返し
初めて目次を付けました。
すごいですね、簡単。
ひとりになって画面に向き合うのに
SNSとは違う静けさがあるnoteの場に感謝して
これからの投稿は
少し色合いを変えて続けていこうと思います。
長文にお付き合いいただき
ありがとうございました。
