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【ワラーチで走って歩いた5,900km】 −草鞋から始まる足再生の旅−

序章|足は「脱がされた」のではなく、「脱ぎ捨てられた」

私たち現代人は、いつから“足”を失ったのでしょうか。
外反母趾、浮き指、扁平足、足の形が変わっただけではありません。
足趾は動かず、足裏は硬くなり、本来地面と対話するはずの「感覚器」としての役割さえも忘れ去られています。

しかし、これは誰かに奪われたわけではありません。
私たちは、自ら足を“脱ぎ捨てて”きたのです。

靴という文明の象徴。
革靴やスニーカーの進化は、同時に「足を守る」という名のもとに、足から“感じる力”を奪っていきました。
滑らない靴底、クッション性の高いインソール、足首を固定する構造、そのどれもが、一見すると便利で優しいように思えます。
しかし、それは本当に“足にとって”良かったのでしょうか?

私はこの5年、足を取り戻すための旅を続けてきました。
履いているのは、LUNAサンダル、“ワラーチ”と呼ばれるミニマルなサンダルです。
草鞋をルーツに持ち、メキシコの山岳民族タラウマラ族の走法から生まれ、そして今、日本に還ってきたこの履き物とともに、私は6,000km以上の道のりを走り、歩いてきました。

GARMINで計測したそれぞれの数字には、単なる距離ではない“再生の軌跡”が刻まれています。

足趾が動きはじめた瞬間。
アスファルトの微細な凹凸を足裏で捉えた感覚。
骨盤から動き出すような新たな「歩き方」。

それは、文明によって眠らされた感覚を、もう一度呼び覚ます旅でもありました。

これからお話しするのは、そんな“足の再生”の記録です。
『BORN TO RUN』という名著に出会い、ベアフット・テッドの哲学に共鳴し、そして何より、自分自身の身体と静かに向き合うことで見えてきた、足・足裏・足趾の持つ“原初の力”について。

あなたの足は、まだ生きていますか?



第1章|BORN TO RUNと“裸足の哲学”

ワラーチというサンダルに出会ったきっかけは、一冊の本でした。
その名は『BORN TO RUN』──走ることに魅せられた人々の物語を描いた世界的ノンフィクションであり、ランニング界に“裸足革命”を起こした金字塔ともいえる一冊です。

この本に登場するのが、メキシコ北部の奥深い山岳地帯に暮らす先住民族、タラウマラ族(ララムリ)。彼らは舗装されていない山道を、ゴムと紐でつくっただけのサンダル(=ワラーチ)で100km以上を走るという、常識を超えた身体能力を持っています。
しかも、走ることに苦しみや義務感はなく、喜びや祈りのような精神性に満ちているのです。

この本に衝撃を受けた人は少なくないと思いますが、私にとっては“ただ面白い話”では終わりませんでした。
「なぜ、現代のランナーたちは怪我を繰り返し、サポーターやシューズのクッションに頼らなければ走れないのか?」
「なぜ、この山奥の民族が、なぜ痛みなく、あれほど軽やかに走れるのか?」

それは“體の使い方”の問題ではなく、“體の捉え方”そのものの違いでした。

■ ベアフット・テッドとLUNAサンダル

この本の中にはもう一人、重要な人物が登場します。
それが、“ベアフット・テッド”というあだ名で知られるアメリカ人ランナーです。
彼は、タラウマラ族の走りに感銘を受け、現代人の足を“脱がせる”ことに人生を捧げた人物です。

彼が作ったのが、まさに私が今履いている「LUNAサンダル」です。
このサンダルは、タラウマラ族のワラーチを現代的に再構築したもの。
ソールは極限まで薄く、足の形に余計な矯正を加えず、紐で最低限のフィット感を与えるだけのシンプルな構造です。

履いた瞬間にわかるのは、“守られていない感覚”です。
裸足に近いからこそ、地面の質感も、足裏の弱点も、すべてが伝わってきます。

しかし、それこそが“足を呼び覚ますスイッチ”だったのです。

■ 走るとは、祈ることである

タラウマラ族にとって、「走ること」は競争ではなく、祝祭であり、祈りです。
私たちが日常生活で“走らされる”感覚とは対照的に、彼らは“走ることで自然とつながる”のです。

この思想に触れたとき、私はふと思いました。
「日本人も、本来はそうだったのではないか」と。

草鞋、雪駄、わらじ、どれもワラーチに通じる履き物です。
そして、それを履いて山を越え、田畑を耕し、街道を旅した私たちの先祖たちは、まさに“裸足の感性”を生きていたはずです。

BORN TO RUNは単なるランニング本ではありませんでした。
それは、「體の記憶」を呼び起こす書物であり、文明に埋もれた“身体の原点”を掘り起こす哲学書だったのです。

この本に導かれて、私はLUNAサンダルを履き始め、そして足の再生という旅に踏み出すことになりました。


第2章|草鞋からワラーチへ、日本からメキシコへ

“ワラーチ”という言葉を初めて聞いたとき、どこか懐かしい響きを感じました。
その正体を知ったとき、私は思わず唸ってしまったのです。
なぜなら、このサンダルのルーツが、日本の「草鞋(わらじ)」にあるという、にわかには信じがたい逸話があったからです。

■ 日本の草鞋とメキシコのワラーチ

江戸時代、草鞋は旅人や農民の必需品でした。
藁で編んだだけの、実にシンプルな履き物。それでも数十キロの道のりを平気で歩き通すほど、機能としては完成されていたといわれています。

一説によれば、かつて移民としてメキシコに渡った日本人たちが草鞋を持ち込み、それがタラウマラ族に伝わり、現地の素材と文化によってアレンジされ、“ワラーチ”が生まれたとも言われています。
もちろんこれは確たる学術的証明があるわけではありません。
しかし、私はこの話を、一つの“體の記憶”として信じたいと思っています。

なぜなら、ワラーチを履いて走ったときの感覚が、まさに「本能に還る」ような感触だったからです。

■ ワラーチの構造はなぜ足を再生するのか

現代の靴は複雑です。
クッション、アーチサポート、トーガード、踵パッド、どれも「快適さ」を追求しているように見えますが、それは裏を返せば、體が本来持っていた調整機能を奪う構造とも言えます。

ワラーチは違います。

  • 極限まで薄いソール

  • 踵を固定しない構造

  • 足趾の動きを妨げない紐だけのフィット感

  • 左右対称で、足の“自由”を奪わない

このシンプルな構造が、足趾を目覚めさせ、アーチを蘇らせ、全身のテンセグリティ構造にまで影響を与えるのです。
最初は痛みや違和感を覚えるかもしれません。しかしそれこそが、“再教育”が始まった証でもあります。

■ 「最小構造」こそ、最高のリハビリ

私たちは、複雑なものを「進化」と捉えがちです。
しかし、體にとっての進化とは、必ずしも技術や素材の進歩ではなく、「失われた感覚を取り戻すこと」ではないでしょうか。

裸足で歩く。
あるいは、裸足に限りなく近い状態で地面と接する。

それは、“體を感じる力”を取り戻す第一歩です。
ワラーチのような「最小構造」だからこそ、足の各パーツが本来の役割を思い出し、少しずつ“再生”が始まっていくのです。

草鞋を履いて旅をした日本人。
ワラーチで山道を駆けるタラウマラ族。
そして、現代の私たちが、再びその道を歩み始める。

それはただの偶然ではなく、體に刻まれた記憶が、再び目覚めるサイクルなのかもしれません。


第3章|私のワラーチ遍歴:1代目から4代目まで

私のワラーチ生活は、ただの“履き心地の良さ”や“流行”から始まったわけではありません。
むしろその逆で、“違和感”と“痛み”からのスタートでした。

地面の硬さがダイレクトに伝わる薄いソール。
保護されない踵、固定されない足首。
頼りなさと不安定さを覚えながらも、私は歩き出しました。
そして、気がつけばすでに5,910km
そろそろ、6,000kmに到達します。
4足のLUNAサンダルが、私の足と共にそれぞれの旅路を刻んできました。

■ 1代目:740km──足裏との再会

初代のLUNAは、まるで“靴を脱ぎ捨てた野生児”のような体験でした。
アスファルトの凹凸、石の硬さ、地面の熱…それまでスニーカーで無意識に遮断していた“地面の声”が、足裏から洪水のように押し寄せてきたのです。

正直、最初の100kmは試練でした。
ふくらはぎが張り、アキレス腱に負担がかかり、足裏の皮膚が薄っすらと悲鳴をあげる。

それでも歩き続けたのは、自分で定めた“律”があったからです。

■ 一日一万歩、サンダルで歩くべし

私は日々の生活に根ざした「覚悟の100ヶ条」という子どもたちの残す人生哲学があります。
その第一条は、こう記しています。

一日一万歩、サンダルで歩くべし。

この一文に、私の足再生への覚悟が詰まっています。
ただの健康習慣ではありません。これは、文明に奪われた感覚を取り戻す“日課”であり、“禊”であり、“祈り”です。

どんなに忙しくても、雨でも寒くても、基本的には歩きます。
“足を取り戻す”とは、すなわち“自分を律する”ことでもあるのです。

■ 2代目:1,530km──接地の変化

2代目に突入する頃、明らかな変化が現れ始めました。
それは、「接地」です。

踵からドスンと落とすような歩き方から、足裏で撫でるような接地へ。
特に中足部が地面を感じとり、接地感覚に“しなり”と“緩み”が生まれました。

この頃には、筋肉の張りも消え、体重がスッと骨格に乗る感覚がわかってきました。

ちなみにこの2代目は460kmで破損してしまい保管しておきました。
昨年、直して復活したので現在の現役パートナーです。

■ 3代目:1,830km──足趾が目覚める

3代目のサンダルで最も印象的だったのは、足趾の変化です。
特に4趾・5趾が“開いて”“動き出した”感覚があり、足底のアーチが内側からふくらんでくるような不思議な感覚を得ました。

この頃には、骨盤から脚が“吊られている”ような歩行へと変化し、全身のテンセグリティ(張力バランス)が変わってきたことを実感しました。

■ 4代目:1,805km──骨格で歩く

4代目では、足の外部感覚だけでなく、内部構造の連動までもが変化しています。

たとえば、踵骨の接地から腸骨・脊柱への伝達がスムーズになり、肩甲骨や後頭部の感覚にも微細な“揺らぎ”が届くようになりました。

いま歩いている感覚は、もはや「筋肉で歩く」ものではなく、「骨で立ち、骨で歩く」という境地に近いのかもしれません。

このように、それぞれのワラーチには、それぞれの段階で“覚醒のプロセス”が刻まれていました。

どの1足も、私にとっては“靴”ではなく、“師”です。

歩くたびに問いかけられます。

「お前は、ちゃんと“足”で生きているか?」

実はこの引用元は、1年半ほど前の投稿です。
当時は、4代目のワラーチを履き始めた頃で、次に使うための“新品”が1足、ストックとして控えていました。

しかし私は、新しいサンダルに履き替えることなく、あえて2代目・3代目を修復し、履き直しました
そして再び歩き、走ることで、距離はさらに延びていきました。

ワラーチは履けば履くほど、ソールが削れ、薄くなり、裸足に近づいていきます。
その減り具合こそが、“私の足”と地面との対話の痕跡。
新品の厚いソールよりも、年季が入り、自分の足になじんだワラーチのほうが、私はずっと好きなのです。

足裏で風景を感じるために。
身体と地面の対話を深めるために。
今日も私は、“使い古した一足”を、迷いなく選びます。


第4章|足趾とアーチの再生、そして骨の意識

ワラーチを履いて5,900kmを歩く過程で、最も大きく変わったのは「足趾(あしゆび)」の使い方でした。
普段、靴に閉じ込められ、動かすことすら忘れられていた足趾たちが、ある日、“動きたがっている”のを感じたのです。

とりわけ、4趾と5趾、この2本の小さな指の変化は劇的でした。

■ 小趾(4趾・5趾)の目覚めこそ、足裏の復権

私たちの足は、土踏まずのアーチを支える構造として知られていますが、その「支柱」となるのが足趾の分離と把持力です。
中でも4趾・5趾が“開く”ことで、横アーチと外側縦アーチが形成され、足の安定性と反射力が格段に向上します。

私が3代目ワラーチを履いていた頃、ある日ふと、「足趾の先で地面をつかんでいる」ような感覚が芽生えました。
これは、靴では絶対に得られなかった感覚です。

この“小趾の覚醒”が、私の重心を変え、歩き方を変え、さらには身体全体のテンセグリティ構造にまで波及していきました。

■ アーチは“筋トレ”ではなく“感覚”で生まれる

世の中には、土踏まずのアーチを作るためのトレーニングやインソールがあふれています。
しかし、私が歩いてきた実感から言わせていただくと、アーチは“鍛える”ものではありません

本来、アーチとは、「足趾が地面を感じ」「踵と趾先で空間を支えようとする感覚」から、自然と生まれる“張力構造”なのです。
それは、人工的に作り込まれた支柱ではなく、感覚が作り出す橋のようなものです。

だからこそ、アーチの再生に必要なのは、足裏全体を“使えるようになる”ための感覚の再教育です。
ワラーチは、その“教育環境”として、最も優れていると私は確信しています。

■ 踵接地から中足接地へ、そして“骨で歩く”

ワラーチで歩くうちに、自然と踵から中足部にかけての接地へと移行していきました。
踵を突き刺すような歩行は、足を“壊す”歩き方です。
一方で中足接地は、全身のバネ構造が連動する“しなやかな動き”を生み出します

そして、ある日、私は明確に自覚しました。
「これはもう、筋肉で歩いていない」
脚の筋肉が疲れない。疲れるのは、骨で“運ばれる”感覚を意識し損なったときだけなのです。

■ 骨で立つ、骨で動く──再生の本質

裸足やワラーチが目指しているのは、単なる足裏の再教育ではありません。
“骨で立ち、骨で動く”という、構造の根源的再生です。

  • 足趾が開けば、内転筋が目覚める

  • 内転筋が働けば、骨盤が安定する

  • 骨盤が安定すれば、背骨が伸び、呼吸が深まる

  • そして、頭頂までの“骨のライン”が通るようになる

これは単なるリハビリやトレーニングではなく、“生き方の再構築”に等しいと私は感じています。
そしてその入口こそが、足趾であり、足裏であり、ワラーチなのです。


第5章|山を駆けるワラーチ、研ぎ澄まされる體と精神

私はこの5,900kmのワラーチの旅の中で、いくつかの日本百名山にも登りました。
いや、正確に言えば、登るのではなく、駆け上がる。私にとってそれは、いわゆるトレイルランニング、“黙々と走る修行”のようなものです。

■ 静寂を蹴って駆け上がる

スピードは速くありません。
誰かと競うわけでもありません。
ただ、自分の足と、自分の呼吸と、自分の聲だけを頼りに、ひとり山を登っていく

標高2,500mを超える山々。
空気が薄くなり、気温が下がり、秋には氷点下の冷気が頬を刺します。
そんな過酷な環境でも、私はワラーチを脱がない。
裸足に近い足もとで、氷点下の大地を感じながら駆け上がるのです。

■ 體が蘇る。精神が研ぎ澄まされる。

標高が上がるにつれて、思考が沈黙し、感覚が開かれていく
足裏の感覚が研ぎ澄まされ、耳が風をとらえ、目が地形を捉え、鼻が空気の密度を識別するようになる。

都市の喧騒から遠く離れた場所で、自分の“原型”のようなものと再会する瞬間です。
それは「強くなる」というよりも、「還っていく」感覚。
自然の一部としての自分に、静かに、しかし確かに戻っていくのです。

そしてその原始性を支えてくれているのが、ワラーチ。
ただのサンダルではなく、山と自分をつなぐ“媒介”としての存在です。

■ 裸足であることの強さと弱さ

もちろん、寒さはあります。
足先が冷え、時に小石が刺さるような痛みもあります。
けれどその“弱さ”を引き受けることこそが、體を強くするのです。

現代は、すべてを守る道具に囲まれています。
しかし、ワラーチを履いて山を走るとき、私はむしろすべての守りを捨てたときに生まれる“強さ”を感じるのです。

不便で、過酷で、冷たい。
それでも足裏で感じ、骨で支え、心で登る。
そんな時間こそが、私を“整える”時間です。

山を駆けたあの日の足音は、いまも私の中で響いています。
それは、靴底ではなく、裸足の足趾が刻んだ記憶
風が吹いても、雪が降っても、土が崩れても、ワラーチは、私の體と精神を、最も素直な場所へと導いてくれるのです。


第6章|靴社会の終焉に向けて

私たちは、いつから“足”を閉じ込めるようになったのでしょうか。
ファッションとしての靴。
機能性をうたうスニーカー。
革靴、ヒール、インソール、クッションソール…
あらゆる選択肢が用意されているように見えて、“裸足”という選択肢だけが奪われているのが、現代です。

■ 「履く」から「脱ぐ」へ──逆行ではなく、進化である

裸足、もしくは裸足に近い状態で歩く・走ることは、今や“原始的”だと見なされるかもしれません。しかし、それは本当に時代遅れなのでしょうか?

ワラーチで歩く私の體は、確実に進化しました。
地面を感じ、足趾を使い、骨で立ち、筋肉に頼らずに動く。
これはテクノロジーや医療では再現できない“感覚の再生”であり、“身体の叡智”を取り戻す行為でした。

“脱ぐ”ことは、退化ではありません。
それは、余分なものを削ぎ落とし、本質に還るための進化なのです。

■ 子どもにこそ必要な裸足文化

私は4人の子どもを育てています。
彼らの足が日々育っていくのを見ていると、確信します。

子どもにとって最も大切なのは、地面を感じる力を奪わないことです。
クッション性の高い靴を履かせてしまえば、足趾の役割も、足裏の神経も、膝や股関節との連動も、すべてがぼやけてしまいます。

足裏は“第二の脳”とも言われるほど繊細な感覚器です。
この感覚が生きている間に育まれなければ、一生「地面から切り離された身体」として成長してしまう可能性もあるのです。

学校でも裸足教育や足育が見直され始めていますが、都市部ではまだまだ少数派です。それでも私は、できる限り、「履かせない育児」を意識してきました。

その延長線上に、大人のワラーチ文化があるのだと思っています。

■ “足の補助具産業”が生み出す矛盾

現代社会では、歩けない人が増えています。
足が痛い、外反母趾、アーチの崩壊、膝痛、股関節痛…
すると、次々に補助具が登場します。

  • インソール

  • アーチサポーター

  • 足底板

  • テーピング

  • 固定型サンダル

しかし、それらのほとんどは、“壊れた足に合わせて補強する”という発想です。
根本原因は、“足が使われていない”ことにあるのに、それをサポートで固定してしまえば、さらに使われなくなる。

結果、足はさらに退化する。

この負のループから抜け出すには、やはり「脱ぐ」しかないのです。

■ ファッションとしてのワラーチ

面白いことに、ワラーチは今、世界中で“スタイル”として注目され始めています。
LUNAサンダルも、ベアフットランナーだけでなく、サステナブルなライフスタイルを志向する人々や、アーバンミニマリストたちにも人気が広がっています。

ただし、私にとってのワラーチは、単なるスタイルではありません。
これは「哲学」です。

自分の足と向き合い、體と対話し、自然と繋がるための“装置”なのです。


終章|私がワラーチで歩き続ける理由

ワラーチを履いて歩いた距離は、ついに5,900kmを超えました。
そのすべてをGARMINが記録してくれています。
けれど、私の記憶には、それ以上の感覚が刻まれています。

踏みしめた地面の温度。
足趾で感じた石畳の硬さ。
踵から伝わる震動と、それが骨盤を経て、頭まで抜ける一瞬のしなやかさ。
風景ではなく、「足裏」に旅をさせてきたこの数年間は、まるで體の奥深くに眠っていた記憶をひとつずつ呼び覚ます旅でした。

■ ワラーチは“再生装置”である

私はこれまで多くの體と向き合い、語ってきました。
プロのサッカー選手、子どもたち、慢性的な痛みに苦しむ人々。
そのどれもに共通していたのが、「足の機能不全」です。

足趾が使えない。
アーチが潰れている。
踵で立ち、膝で支え、腰で耐えている。
そんな“崩れた構造”が、やがて全身のトラブルへと波及していく。

その再構築において、最もシンプルで、最も効果的だったもの
それが、ワラーチでした。

サンダル一枚。
布と紐。
それだけで、足が目覚め、骨格が整い、呼吸すら変わっていく。
これは、靴やインソールでは得られない、“自力の再生”です。

■ 地面とつながることは、内側とつながること

裸足に近い感覚で地面に触れていると、自分が“生き物”であることを思い出します。
アスファルトでも、土でも、砂でも、地面の情報を受け取り、それに応じて姿勢が変わる。
まるで自然とのキャッチボールのように、身体が反応するのです。

それは、體の声を聴くということ。
「今日は右の中趾が強く働いてるな」
「昨日の坂道のせいで、腓骨筋が張ってるな」
そんな些細な違和感に耳を澄ますことは、心の内側にある“軸”と向き合うことにもつながります。

■ 足を整えることは、生き方を整えること

“足を使い切って死にたい”
そんな言葉を、私は本気で信じています。

靴に守られ、舗装された道を疑うことなく歩く人生ではなく、
足趾でつかみ、アーチで支え、骨で立つ、自分の足で歩いた人生

「一日一万歩、サンダルで歩くべし」
これは私の覚悟の100ヶ条・第一条であり、日々を律する戒めであり、生き方の象徴です。

足が動けば、心も動く。
足裏がつながれば、地に足がつく。
そして、その“足もと”にこそ、人生を変える力が宿っている。

私は、これからもワラーチで歩き続けます。
旅の目的地は、どこでもいい。
しかし、その一歩一歩が、“私自身”とつながるための儀式であり、対話であり、再生の連続なのです。

今日もまた、紐を結ぶ。
裸足のような一歩を、世界に刻む。
足から始まる旅は、まだ終わりません。


補章|プロの現場へと歩き出した“裸足革命”

私のこの活動は、単なる個人的なライフスタイルの選択ではありませんでした。
足を整えることは、パフォーマンスを整えること
その確信をもとに、私はプロサッカー選手たちにもワラーチを勧めてきました。

最初は半信半疑だった選手たちも、ワラーチを履き、地面を感じ、足趾が開いてくるのを実感するにつれて、明らかな違いを口にするようになりました。

■ サポート選手がクラブ内で“伝道者”になる

ある選手が、ワラーチを履き始めました。リカバリー時の移動や、アップ前後の軽い歩行に取り入れ、徐々にその“素足に近い感覚”に魅了されていきました。

彼の足趾は動き始め、姿勢に変化が現れ、動き出しのキレやバランに“芯”が生まれました。
それを見たチームメイトが「それ、何?」と尋ね、さらに1人、また1人と履き始める。

そうして今では、クラブ内に“ワラーチ文化”が芽生えつつあるのです。

■ サンダルが言葉を超えて伝播する

指導者が何を言っても響かないことがある。
しかし、隣の選手の“動き”が変われば、それは沈黙のメッセージとして伝わります。ワラーチは、そんな無言の伝道者でもあります。

特にプロレベルでは、「パフォーマンスに繋がるかどうか」が唯一の判断基準です。
だからこそ、履いた者にしかわからない“足裏の覚醒”が、説得力そのものなのです。

■ 足から始まるプロ意識の芽生え

興味深いのは、ワラーチを履き始めた選手の多くが、「立ち方」「歩き方」「自分の體との向き合い方」まで変わっていくことです。

足趾を意識し、骨で立ち、重心を意識するようになる。
それは、技術や戦術以前の“身体の基本構造”への回帰です。

プロとしての“土台”が、文字通り「足もと」から整っていく。
その変化を目の当たりにして、私は確信しました。

ワラーチは、體を変える。
そして、意識を変える。

私の啓蒙活動は、今、プロの現場で静かに芽を出しています。
足を脱ぎ、足と向き合う。
その一歩が、個人を変え、チームを変え、やがては文化を変えていく
そんな未来を、私は足裏から見つめています。

ワラーチを履くサッカー選手が集まってくる

お知らせ|テンセグリティに興味のあるプロアスリートのみなさんへ

パフォーマンスが上がらない原因は、筋力不足でも、技術不足でもないことが多くあります。

多くの場合、問題はごく一部に残った筋拘縮(トリガーポイント)です。

この小さな拘縮の蓄積が體のいたるところに存在します。
この拘縮が、

  • 並進を止め

  • 骨盤ヒンジを壊し

  • 縦軸を不安定にし

  • 結果として肩や肘、末端に負担を集めます

どれだけ身体操作を学んでも、この“詰まり”が残ったままでは、テンセグリティ構造は立ち上がりません。

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まず行うのは、チューニングによって筋拘縮をピンポイントで取り除くことです。

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JFL、J3で4年間ノーゴール。
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これは、福田兄弟の“境界線の向こう側”へ至るまでの記録です。
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