ミズノの白杖が、ある家族の声を変えたきぼうの話

白杖は、ただの棒ではない。

路面の段差を知らせてくれる。障害物を教えてくれる。「この人は目が見えません」と、周囲に伝えてくれる。

私にとって白杖は、目の代わりであり、声の代わりだ。

その白杖を、ミズノが作っている。野球のグローブやランニングシューズの、あのミズノが。カーボン素材の技術を活かして。

私が最初に思ったのは「軽そうだな」ではなかった。

「これは、話題になる」 だった。


ある家族が、相談に来た

私はかつて、NPOの活動として外部支援に関わっていた時期がある。

ある日、中途失明の方のご家族が来た。

「すっかり下を向いてしまって、どう支えたらいいかわからない」

その言葉を聞いたとき、私には痛いほどわかることがあった。

中途で視力を失った人が最も苦しむのは、 できたことが、できなくなること だ。

昨日まで読めた文字が読めない。歩けた道が歩けない。見えた家族の顔が見えない。

私はそれを、肌で知っている。


見えなくても、声は聞こえる

ご家族は、ご本人には内緒で来たようだった。

でも私は言った。

「ご本人は、たぶん気づいていますよ」

目が見えなくなると、音に敏感になる。足音。ドアの開け閉め。そして何より、 声のトーン

家族が心配しているとき、声は少し低くなる。不安を隠そうとしているとき、不自然に明るくなる。

見えない私たちには、声に含まれる感情の色が、驚くほど鮮明に聞こえる。

だからご本人は、家族が自分のために動いてくれていることを、音で知っているはずだ。


私がやったのは、ひとつだけ

私はご本人に直接会ったわけではない。

やったことは、ひとつだけ。

家族の声を、1トーン上げること。

ご本人を直接変えようとしても、それは難しい。できなくなったことを突きつけるだけになる。

でも、家族の声が変われば、家の空気が変わる。家の空気が変われば、ご本人の耳に届く音が変わる。

だから私は、ご家族と話をした。失明しても変わらないこと。新しくできるようになること。ご家族自身が「大丈夫かもしれない」と、少しでも思えるように。


「あのミズノが白杖を作っているんですよ」

そのとき出した話題のひとつが、ミズノの白杖だった。

「え、ミズノですか?」

ご家族の声が変わった。

ミズノを知らない人はほとんどいない。子どもから大人まで、名前を聞いたことがある。その 「知っている」 という共通点が、白杖という知らない世界への入り口になった。

後日、連絡があった。

ミズノの白杖の話をしたら、ご本人が「白杖を持って外に出てみようかな」と前向きになった、と。


別々のものからは、話題が生まれない

この経験から、私は強く感じたことがある。

別々のものを使うと、話題がズレる。共通のものからは、話題が生まれる。

障害者は障害者向けのメーカー。障害者向けの製品。それが当たり前だった時代がある。専用品には専用品の良さがある。けれど、専用品だけの世界にいると、周りの人と共有できる話題が減っていく。

iPhoneがそうだった。みんなが使っているスマホを、VoiceOverで私たちも使える。「どのスマホ?」「iPhone」。それだけで同じ土俵に立てる。

AIもそうだ。ChatGPTもClaudeもSuno AIも、みんなと同じツール。だから「AI使ってる?」という会話が生まれる。同じものを、違う使い方で使っている。それだけで、話が広がる。


モノが変われば、一歩が変わる

ミズノの白杖が優れているかどうか。正直、それが一番大事なポイントではなかった。

大事だったのは、 「ミズノ」という名前が、会話のドアを開けたこと だ。

知っているメーカーが作っている。たったそれだけのことが、知らない世界を身近にする。不安を和らげる。一歩を踏み出すきっかけになる。

モノが変われば、会話が変わる。
会話が変われば、空気が変わる。
空気が変われば、一歩が変わる。

あのご家族の声が、少しだけ明るくなった日。

私は自分の仕事の意味を、耳で確認した。


ミズノケーンSTについて

記事で紹介したミズノの白杖について、公式ページで詳細をご覧いただけます。



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