1日中スマホを見ていられたら、本当にそれで満足なのか?
1か月のスマホ断ちをしたことによって、スマホ依存はかなりマシになった。
ただ、それでもまだスマホを触りすぎてしまう日はある。
そういう日にふと思ったことがある。
1日中スマホを見ていることが実は理想の生活なのでは?
今はやるべきことをやらずにだらだらスマホを見ているから、スマホを見ること=悪となっているだけで、仕事も家事もしなくてよかったら、わざわざスマホを我慢する必要なんてないのでは?
実際、「理想の1日は?」と聞かれれば、1日中好きなマンガやアニメを見ることだと答える。
ただ、それを一生続けたいのかと言われれば、たぶんそうではない。なぜなら、
そんな生活、絶対どこかで飽きるからだ。
実際、1日中スマホを触った日ですら、満足度が高いのは最初だけだ。
例えば、好きなマンガやアニメを見ている時はものすごく楽しい。
しかし、1つ作品を見終えると、そこから他のもっとおもしろい作品を探し求めるようになる。
とはいえ、すでにある程度見たい作品は見尽くしているため、それを見つけるのは簡単ではない。
結局、そこまで見たいわけでもないものを、ただなんとなく見てだらだらするというのがおきまりのパターンだ。
私は、どんなにおもしろいものを見ても、そこで満足して終わることができない。
もっとおもしろいものがあるのではないか、と次を求めてしまう。
しかし、毎回期待を上回るようなものに出会えるはずもない。
最初はどんなに楽しくても、いずれ何を見ても満たされなくなって、コンテンツ消費そのものに飽きる未来が容易に想像できる。
じゃあ、どうすればいいのだろうと考えて、私はある結論にたどり着いた。
生産的な趣味を楽しめるようになれたら最強なのでは?
ここでいう生産的な趣味とは、イラストを描く、文章を書く、料理をする、楽器を演奏するなどといった、アウトプット系の活動のことだ。
生産的な趣味であれば、飽きにくいのではないだろうか。
作る過程そのものを楽しめるうえに、0から生み出す作業には終わりがないからだ。
誰かが作ったコンテンツを消費するのとは違い、自分次第でいくらでも楽しめる。
しかし、アウトプットはインプットに比べると、非常にめんどくさい。
インプットするだけのコンテンツ消費は、誰かが作ってくれたおもしろい作品をただ見るだけで楽しめる。
一方、生産的な趣味の場合、自分の頭で考えたり、手を動かしたりしないといけないため、手軽に楽しめるわけではない。
でも、だからこそ生産的な趣味は、コンテンツ消費よりもはるかに満足度が高いのだと思う。
外食で食べるご飯よりも、自分でつくったご飯の方が美味しく感じるのは、その最たる例ではないだろうか。
苦労した分だけ、得られるものも大きいということだ。
きっと、この「めんどくさい」を乗り越えた先にこそ、理想の生活が待っているのだろうなと思う。
とはいえ、その「めんどくさい」ことが簡単にできるなら苦労しないのだが。
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