「受け止める」ことが、すべてを変えた。HSPの作業療法士が特養の現場で見たこと
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はじめに:
今日、職場に出勤すると、2日前に大暴れした利用者様の話を聞かされた。
非常階段の鍵を無理やり開けようとした。エレベーター前で何時間も待ち続けた。薬も食事も拒否。家族が呼ばれても、その家族にまで暴力を振るおうとした。
その利用者さんのことだ。
でも私は、その話を聞いた瞬間、直感的に思った。
「ちゃんと話を聞いてもらえなかったんだろうな」と。
その人のことを知っている:
入居してまだ1ヶ月ほどのその方は、認知症は軽度だ。数日前のことも覚えている。人の顔もわかる。特養に入居していることも理解している。
昭和の男性らしく、気性はやや荒い部分もある。でも、私と特定の職員には、よく笑ってくれる。野球の話、将棋の話。そういう会話を重ねてきたからこそ、私は一度も機能訓練を拒否されたことがない。
その人が「暴れた」のではない。「暴れるしかなかった」のだ。
連休明けの朝、私は歩行器を持って居室へ向かった:
機能訓練の時間。いつも通り、歩行器を使って施設内を散歩しながら話をする。
「最近どうですか」と聞いた。すると、その方はぽつりと話し始めた。
責任者が話を聞きに来た。でも顔がどこかにやついていて、ちゃんと聞く気がなかった。話し合いの後、他の職員と笑いながら自分のことを話していた。それが腹立たしかった。
もともとのきっかけは目薬だった。無理やり目を開けさせられて入れられることが嫌だと、何度も訴えていた。でも看護師も誰も聞いてくれなかった。誰に話しても追い返される感じがした。
だから、帰りたくなった。
冷静になって2日間考えた。やっぱりここにいるのがしんどい。弟を頼って、別の施設に移りたい。その気持ちを、誰かにちゃんと聞いてほしかっただけだった。
私はその言葉を、最後まで遮らずに聞いた。
解決策を提案しなかった。否定もしなかった。「そんなことで」とも思わなかった。
そして同じ職員の立場から、謝った。
「そうですよね。そういうことがあって、今すごく居づらいですよね。私でよければいつでも話は伺いますので、どうかストレスを溜め込まないようにしてくださいね。私は〇〇さんの話をちゃんと聞きます」
それだけを伝えて、あとは野球の話をして散歩を終わった。
その日、その方はエレベーター前に居座らなかった。非常階段を開けようとしなかった。食事も薬も拒否しなかった。よく笑ってくれた。
「受け止める」と「解決する」は、まったく別のことだ:
支援職として16年働いてきて、繰り返し感じることがある。
利用者さんや患者さんが求めているのは、多くの場合「解決」ではない。「受け止めてもらうこと」だ。
目薬の入れ方を変えてほしいという訴えは、確かにあった。でもその方が本当に求めていたのは、「自分の言葉が、ちゃんと誰かに届いた」という感覚だったのだと思う。
責任者が来た。でも顔がにやついていた。話を聞いた後、他の職員と笑い合っていた。それは「受け止めた」ではなく、「処理した」だ。
処理された、と感じた瞬間、人は怒る。追い詰められる。逃げ場を探す。
エレベーター前に立ち続けたのは、帰りたかったからではなく、「ここにいては自分の言葉が届かない」という感覚に耐えられなかったからかもしれない。
OTとして「受け止める」とはどういうことか:
作業療法の世界に「プロセスレコード」という技法がある。利用者さんとのやり取りを細かく記録し、自分がどう受け取り、どう反応したかを振り返るものだ。支援職としての傾聴・受容・共感は、感覚だけに頼るのではなく、意図的に身につけていくものだ。
傾聴とは、ただ黙って聞くことではない。相手の言葉の奥にある感情を感じ取りながら、その感情ごと受け取ることだ。
受容とは、同意することではない。「あなたがそう感じているという事実」を、否定せずに認めることだ。
共感とは、一緒に怒ることでも、一緒に悲しむことでもない。「そう感じるのは当然だ」という姿勢で、その人の隣に立つことだ。
その方が話してくれた内容に、私は「でもそれは仕方ないですよ」とは言わなかった。「それは違います」とも言わなかった。ただ「そうですよね」と、最後まで聞き続けた。同じ職員として、謝った。
それだけで、その人は笑った。
HSPだからこそ「受け止めすぎてしまう」しんどさも、ある:
正直に言う。
利用者さんの言葉は受け止められる。でもその一方で、職場の空気や同僚のちょっとした不機嫌に、ひどく消耗することがある。
あの日、「責任者が笑いながら話していた」という話を聞いたとき、私は少しだけ胸が痛くなった。同じ職員として恥ずかしかった。そしてその感覚を引きずったまま、機能訓練に向かった。
HSPは、他者の感情や場の空気を、言葉より先に身体で受け取る。利用者さんの痛みも、職場の空気の悪さも、全部が等しく入ってくる。
だからこそ、受け止め続けることへの消耗は、人より深い。
私が「受け止める」ことを続けられているのは、完全に受け取っているからではないと思っている。ある程度、意識的に線を引いているからだ。
今日受け取ったその方の気持ちは、今日の機能訓練の中で、その方と一緒に置いてきた。家には持って帰らない。そのために散歩をしながら話を聞いた。閉じた空間ではなく、開いた場所で。解決を急がず、ただ歩きながら。
それが私なりの、「受け止めながら、抱え込まない」方法だ。
最後に:
その利用者さんは今も施設にいる。今日も笑ってくれた。
弟に相談したいという気持ちは、今も変わらないかもしれない。でも「ちゃんと話を聞いてくれる人がいる」という感覚が、その人の今日を少しだけ落ち着かせてくれたなら、それで十分だと思っている。
受け止めることは、解決することじゃない。でも受け止めることで、変わることがある。
あの日大暴れしていた人が、今日よく笑っていた。それがすべてだ。
やさしいままで、消耗しないための道は、きっとある。
作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ
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