「嫌われる勇気」はHSP・ISFJには最初、冷たく感じた。でも13年経った今も私の人生の軸になっている。
※この記事にはアフィリエイトリンクを含みます。
※youtubeでのポッドキャスト始めました。ぜひこちらも聞いていただけると幸いです。下にスクロールしてもらえるとテキスト版があります。
13年前、大阪のリハビリ病院で働いていた頃、同い年のOTの友人にアドラー心理学を勧められた。
正直、当時はそこまで興味が持てなかった。
転機は地元に戻ってからだった。自分の体型への悩み、漠然とした将来への不安、26か27歳という年齢で結婚なんてできるわけがないという根拠のないネガティブ思考。そういうものが重なって、「自分が変わるために読んでみよう」と手に取った。
あれから13年。今の私には7歳の娘がいて、愛する家族がいる。
嫌われる勇気は、私の人生を変えた本だと断言できる。
読む前の自分
基本的にネガティブ思考だった。
結婚なんて自分には無縁だと本気で思っていた。体型も気になっていた。仕事は地元のデイケアで、大阪のリハビリ病院時代より時間的な余裕はあった。でも心の中には常にモヤがかかっていた。
「このままでいいのか」という問いだけがあって、答えが見えなかった。
一番刺さった概念:目的論と、怒りの正体
読んで最も衝撃を受けたのは「目的論」だった。
過去の原因ではなく、今の目的が行動を作っている。変われない理由を過去に求めるのをやめて、変わるための目的を今ここに置く。その考え方が、自分を変えるための逃げ道をすべて塞いでくれた。
そしてもう一つ。怒りは相手をコントロールするための道具でしかない、という言葉だ。
その日を境に、怒りという感情を相手にぶつけることをやめた。心の中で怒りが湧いてくることはある。人間だから当然だ。でも一度深く考えてから自制する。アンガーマネジメントを意識するようになった。
これは子育てにも直結した。7歳の娘に対して、怒りという感情で叱ったことは一度もない。感情ではなく対話を重視して、娘に響く言葉を探しながら伝えるようにしてきた。娘は今、おおらかな子に育ってくれている。2〜3歳の頃は泣き叫ぶこともあったけれど、感情で押さえつけず受け入れるようにしていた。心の中ではイライラが溜まることもあったし、正直しんどい時もあった。でも続けてきた。アドラーを読んでから13年間、ずっと。
読んだ後、人生が動き出した
目的論に立って「変わる勇気」を持てたことで、ダイエットに成功した。自分が変われない理由を探すのをやめて、変わるための逃げ道をすべて先に塞いだ。
結果として体型が変わり、彼女ができて、結婚できた。
当時のデイケアでの人間関係も、読む前と後では向き合い方が変わった。なに不自由なくうまくいっていた。もっとも、その後リハビリ科が閉鎖するまでは、という話になるのだが、それはまた別の機会に。
HSP・ISFJと嫌われる勇気の関係
HSPやISFJの人がこの本を読むと、最初はとても冷たく、自分を否定されているように感じると思う。私もそうだった。
「他者の評価を気にするな」「嫌われる勇気を持て」という言葉は、他人にどう思われるかを常にレーダーのように察知して生きているHSP・ISFJにとって、自分を守るためのレーダーを捨てろと言われているように聞こえる。
「課題の分離」も最初は冷たく感じた。困っている人を放っておけない、相手の感情に共鳴してしまうISFJにとって、線を引くことは冷たい人間になることのように感じて罪悪感を抱く。
「目的論」で「自分がわざと人見知りを選んでいる」と言われると、「この神経の過敏さは本物なのに」と反発したくなる。
でも、その痛みを乗り越えてアドラーの真意を理解したとき、これらの教えはHSP・ISFJを縛り付けていた鎖を断ち切る最強の武器になる。
「課題の分離」は共感疲れを防ぐ最強の盾になる。相手の不機嫌を「自分のせいかも」と背負い込んでしまうHSPにとって、「機嫌が悪いのは相手の課題であり、自分の課題ではない」と切り離す技術は、メンタルを守る確実な防具になる。
「嫌われる勇気」は自分軸を取り戻すためのものだ。嫌われてもいいというのは、わざと人に嫌がらせをするという意味ではない。相手が自分をどう評価するかは相手の課題なのだから、そこにエネルギーを使うのをやめる、ということだ。
そして「共同体感覚」との相性は元々抜群だ。アドラー心理学の最終目標である「他者に貢献し、自分の居場所を感じること」は、ISFJの「人の役に立ちたい」という本質的な欲求と完全に一致している。自己犠牲ではなく、課題の分離をしたうえでの健全な他者貢献ができるようになると、ISFJの長所が最も輝く。
それでも「ここは違うな」と思う部分
13年間この本と向き合ってきて、正直に言える。全部が正しいわけではないと思っている。
承認欲求の完全否定への違和感。 アドラーは承認欲求をすべて捨てろと強めに説く。でも自分のデジタルアートが誰かに響いたり、作品が選ばれたりする喜びは、人の顔色をうかがうこととは別物だ。表現者にとって「自分の作品を楽しんでもらう喜び」は純粋なモチベーションであり、それまで否定するのは少し乱暴に感じる。
原因論の全否定へのツッコミ。 「トラウマは存在しない、すべては今の目的次第だ」という目的論は鮮烈だ。でもHSPとしての「神経が刺激を受けやすい」という生物学的なベースは確実に存在する。システムの仕様上の問題まで「傷つかないための目的」で片付けようとする点には、「いや、身体の仕様上の問題は確実にあるでしょ」と冷静にツッコミを入れたくなる。
「無条件の他者信頼」のお花畑感。 裏切られるリスクを考えず無条件に相手を信じることを推奨するアドラーに対して、「相手を信じることとリスクを想定して動くことは両立できるのに」と思う。信頼とリスク管理は矛盾しない。
「課題の分離」がもたらす冷たさ。 家族のような理屈抜きの温かい関わり合いや、なんとかしてあげたいという自然な思いやりまで「それは相手の課題だから」と切り捨てることには、優しさや人間味を殺してしまう瞬間がある。ISFJとしての深い愛情と、課題の分離は時に矛盾する。
13年経った今も実践していること
怒りを相手にぶつけないこと。これだけは完全に続けている。
心の中で怒りが湧いてくることはある。でも一度立ち止まって深く考えてから自制する。人間関係でも、子育てでも、この習慣は変わっていない。
対人関係においては、相手から攻撃されると、わかっていてもしんどくなる時がまだある。完全には理解しきれていないんだろうと自分でも思う。それでもいい。13年かけてもまだ途中だ。
作業療法士・16年目。特養勤務。元認知症ケア指導管理士。HSP・ISFJ。嫌われる勇気と幸せになる勇気、どちらも手元に置いています。
あわせて読みたい・聴きたい
この記事を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 「全員に好かれようとしなくていい」「相手の不機嫌は相手の課題」。このアドラーの教えは、私たちHSPやISFJが、やさしいままで自分を守るための「最強の盾」になります。
「頭ではわかったけれど、実際の職場でどう使えばいいの?」と感じた方や、もっと自分を楽にしてあげたいと思う方へ。こちらの記事もきっとお役に立てるはずです。
🌿 職場で「課題の分離」を実践する具体的な技術
実際に多職種が入り乱れる特養の現場で、私がどうやって自分と他者の境界線を引いているのか。具体的な行動ベースでまとめています。
「HSPが職場で消耗しないための具体的な技術。作業療法士16年目が実践してきたこと」
「HSPの支援職が、職場で削られないために使っている5つのこと」
💡 なぜ私が「自分を守る技術」を必要としたのか
アドラー心理学に出会う前、私は職場で心が壊れかけていました。そこからどうやって自分を取り戻していったのか、私の原点となるお話です。
「毎日23時まで罵倒されて『生きている価値もない』と思った作業療法士が、薬なしで生きられるようになるまで」
📖 体系的に学びたい方へ(Kindle)
「嫌われる勇気」の教えを、HSP・ISFJの気質に合わせてどうカスタマイズし、現場でどう使いこなすか。16年の経験を1冊の本に凝縮しました。
著書:『やさしいまま、消耗しない働き方』
🎧 聴き流しながらリラックス(YouTube)
「今日はもう、文字を読むエネルギーが残っていない…」そんな夜は、ラジオを聴くように耳から取り入れてみてください。
桐の葉公式YouTube「作業療法士のポッドキャスト」
この本を読んでほしい人
対人関係での悩み、体型への悩み、様々な劣等コンプレックスを持つ人ほど一度読んでほしい。
全部理解しなくていい。全部実践しなくてもいい。
自分の中で何か一つでも変われる部分があるなら、それは幸せへの第一歩だと思う。
読み終えたら、ぜひ「幸せになる勇気」も手に取ってみてほしい。アドラー心理学の本当の深さは、2冊合わせて初めて見えてくる。
上2つが単行本で下2つがKindle版です。

いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。もし「応援したい」と思っていただけたら、チップで活動を支えていただけると嬉しいです。いただいた応援は、次の記事や取材、本の購入などに大切に使わせていただきます。