①「赤毛のアン」 ノバスコシアに孤児院があった
私の息子(23歳)は、先月、カナダのハリファックス(Halifax)という街に滞在していた。ノバスコシア州の州都で、大西洋に面している。

ノバスコシア、カナダの州
ノバスコシアという名前は、ラテン語で “新しいスコットランド” を意味する。17世紀、スコットランド人がこの地をそう呼んだことに由来しているそうだ。
私は訪れたことがないので想像を膨らませていたら、夫がネトフリでこの地を舞台にしたドラマを見つけた。アメリカではトップ10入りしている人気番組だが日本では未配信。
ストーリーはそこまで惹かれなかったけれど、現地で撮影された自然の美しさが魅力で、なんとかシーズン2までは見続けた。3シーズンが配信された頃、ちょうど息子が帰省したので、たぶん、もう見ることもない(笑)。ちなみにタイトルは「Sullivan's Crossing」。
ノバスコシアは海に面した、自然豊かな美しい土地。
でもこの夏は山火事防止のために森でのハイキングや釣りは厳しく禁止されていたそうだ。息子も行けずに気の毒だったが、メインは自然徘徊ではない。
週末にはダウンタウンを歩いたり、近郊の観光スポットをドライブする息子が時々ビデオ通話してきたので、リアルロケーションマップでで彼の位置を追った。立ち寄ったカフェの写真やレビューなども見れて、一緒に旅してる気分に浸れた。本人も楽しそうで、観光客でにぎわいつつも、どこかのんびりとした街だそうだ。
ノバスコシアという地名に、ふっと心当たりがある人もいるかもしれない。とりわけ「赤毛のアン」の熱心なファンなら。
ここノバスコシアに生まれたアンは、悲しい境遇の末、四か月ほどを孤児院で過ごすことになった。
同じころ、プリンスエドワード島のグリーンゲーブルに暮らすマリアとマシューは、男の子の養子を望んでいた。子どもが欲しかったからではない。農作業を手伝ってくれる少年が必要だったから。そこで知り合いに「11くらいの孤児の男の子を」と頼んだものの──手違いで列車から降りてきたのは、赤毛の少女アンだった。
「赤毛のアン」
「赤毛のアン」は、日本人女性なら一度は夢中になったと言ってもいいはず。昭和生まれの私も、大好きで何度も繰り返し読んだ。アニメや映画の存在は知らなかった気がする。私にとってのアンの世界は、本のページから広がる想像の中にしかない。アンが赤毛を黒く染めようとして髪が緑色になってしまう場面──あのときの彼女の慌てぶりや絶望感は、今でも鮮明に心に焼きついている。
息子の話を聞きながら地図を眺めていると、プリンスエドワード島は、ノバスコシアの北に浮かぶ小さな島だと気づいた。
アメリカ育ちの息子は子供の頃から読書家だったけれど、私は「赤毛のアン」を買い与えた覚えがない。日本ほど爆発的な人気でもなかったので。。。でも、「なんとなく読んだことはある」と言う。「フランダースの犬」にしても「赤毛のアン」にしても、薦めなかったのがちょっと悔やまれた瞬間。。。
でも、私が「プリンスエドワード島は赤毛のアンの舞台だから、見てみたかった!」と熱く語ったら、「それなら帰国前に行ってみるよ」と、車を走らせた。場所は近いわけではなく、片道4時間ほど。カナダもアメリカもやはり広大である。
私にとって「赤毛のアン」は、子供の頃に夢中になった本。でも、イギリス文学ほど影響されたわけでもなく、シリーズを全部読んだわけでもない。私にとって唯一の「心に残るカナダ児童文学」なのかなと思うけど、息子の旅をきっかけに、私も再び「赤毛のアン」をキンドルで読み返してみることにした。
プリンスエドワード島は、一本の橋で本土と繋がっている。
ハリファックスを出てその橋へ向かう途中、小さな町を通り過ぎた。ノバスコシア州にあるアマーストという場所だそうだ。
食事をとろうと高速を降りてゆっくりと走っていると、道行く子どもたちが息子の車に向かって「バイバイ」と手を振ってきたという。大人たちも皆、穏やかな表情を浮かべていたそうだ。その素朴で純粋な温かさ。まるでタイムスリップしたような体験に息子はすっかり感動したらしい。
「今どき、こんな場所がまだ残っているなんて!」と、彼はいまも思い出しては語っている。かつて私たちが暮らしていたアメリカ北部の住宅街も似た空気があったけれど、これはカナダの町中での出来事。話を聞いているだけで、胸がきゅんとした。
つづく
◇アントワープの人たちが愛するのはネロでなくブラボーだった
◇楽しいシンクロ、小さな偶然
◇今回も、「晴れ女」で旅行できたこと
◇フランダースの犬が書かれた理由&アントワープ聖母大聖堂を訪れて感動
◇マインドフルネスの画家、ゴッホ美術館に感動(オランダ)
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