蟹男|第一章|第六話「蟹男の誕生」
夕食を終え、二人でニュースを見ていた。
海堂は彩花の横顔を盗み見る。
エアコンの音が止まり、妙な静寂が部屋を支配していた。
「今朝、○○漁港で発見された猟奇殺人事件。遺体の状況から、警察では通称『蟹男』による犯行として捜査本部を設置しました」
アナウンサーの声が、凍りついた空気を切り裂く。
海堂の手が、リモコンを握りしめる。
「蟹男」海堂が呟く。
「変わった名前ね」
彩花の反応は、ごく普通だった。
特別な感情は感じられない。
海堂がほっと胸を撫で下ろしていると、彼女が手鏡を取り出して唇を確認している。
「あら、口の中切っちゃった」彼女が舌で唇の内側を舐める。
「蟹の殻の破片が刺さっちゃったみたい」
蟹の殻
海堂の心臓が少し跳ね上がる。
「痛くない?」
「大丈夫よ。よくあることだから」彩花が微笑む。
「蟹って殻が硬いから、気をつけないといけないのよね」
確かに、料理するときはよくありそうなことだ
海堂は納得した。
自分が神経質になりすぎているのだろう。
しかし──
その時、彩花が小さく呟いた。
「愛音って、素敵な名前よね」
海堂の心臓が止まりそうになった。
──愛音?いや、「彩音」と聞こえた気もする。
どちらだった?
「え?今、何て言った?」
しかし彩花は、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
少し困惑したような表情で首をかしげる。
「何も言ってないけど?疲れてるのかしら、私」
海堂は聞き間違いだったのかと思った。
でも──確かに聞こえた気がする。
愛音──彩音?
似ている音の言葉を聞き間違えたのだろうか。
それとも──
部屋に重い沈黙が降りる。
窓の外で、遠く波の音が聞こえている。
海堂の心の奥で、小さな疑念の種が芽吹き始めていた。
しかし、愛する人への疑いを抱くことの辛さに、彼はまだ気づいていなかった。
次回:第七話「夜の囁き」
眠れぬ夜、海堂は愛する人の寝言を耳にしてしまう。それはただの夢なのか、それとも現実なのか──
前回:第五話「優しい微笑みの下で」
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ありがとうございます😭