蟹男|第一章|第ニ話「それは人間だったのか」
現場は、桟橋の奥まった場所だった。
最初に発見した漁師の田村は、現場から五十メートルも離れた場所でまだ震えている。
その足元には嘔吐した跡があり、胃液の酸っぱい匂いが潮風に混じって漂っていた。
「こりゃあ、人間のやることじゃねえ」
田村の呟きが、朝の静寂を破る。
その声は枯れていて、まるで砂漠で水を求めるかのような乾きがあった。
海堂は現場に近づいた。
コンクリートに残る痕跡──足跡とは呼べない、何かが横に這うような、奇妙な軌跡が続いている。
そして──
息が詰まった。
浜崎洋一の遺体。
いや、これを遺体と呼んでいいのか。
関節部分で精密に切断され、まるで甲殻類の脱皮のように「分解」された何かが、そこにあった。
血の匂いが鼻腔を突き、胃の中身が込み上げてくる。
口の中に苦い液体が広がり、必死に飲み込む。
これは──これは──
言葉にならない。
思考が停止する。
「まるで蟹が人間を食ったみたいだ」
若い警官の一人が呟く。
その瞬間、海堂の視界が一瞬歪んだ。
めまいがして、手近な柱にもたれかかる。
なぜまた彩花のことを──
遺体の周りには大量の蟹の殻が散らばっている。
規則正しく、美しささえ感じさせる配置で。
朝日に照らされた殻は真珠のような光沢を放ち、あまりにも美しく、あまりにも不気味だった。
そして何より異常だったのは──
「一部が、ない」
古賀刑事の声が、海堂を現実に引き戻した。
「何がですか?」声が震えている。
「体の一部が消失している。完全に」古賀刑事の視線が遺体を這う。
「まるで、食べられたみたいに」
食べられた
その言葉が胸の奥に重く落ちる。
吐き気が襲い、必死に堪える。
朝日が血痕を照らし、それが海面のように赤く光った。
海堂は知らなかった。
この事件が、愛する人との運命を変えることになるとは。
次回:第三話「血に染まった手がかり」
海堂は現場で、運命的な「何か」を手に入れる──。
前回:第一話「夜明け前の呼び出し」
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ありがとうございます😭