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北海道のYHだけでも日付を明らかにしたくなりました(1)

以前、

で、今まで泊まったYHの一覧を出した。ただ、この時は単純に面倒くさかった事と、公開した後NOTEで意見をもらったりしてなかったという事と、ある特定の読み物を友人にメールやLINEをしても「いつ泊まったの?」という質問も来なかったという、複合的?な理由があって、そのまま放っておいたが、北海道中毒症状が出て、NOTEや様々なネット記事を読んでいて、「じゃ、いずれ北海道の旅日記を書く礎として、日付だけでも整理するかぁ」と心境になった。
一般的な宿やとほ宿だと、日付入りのデジカメ画像や写真プリントを見るしか頼るものしかなく、それを整然と整理している程のマメさは持ち合わせていない。しかもその時々の日付入りの旅日記も書いていない。
しかし、YHだと、YHのスタンプカードにスタンプが押され、そこに日付が入っているので、(日付が判読不能以外は)正確な日付が、何年後もこうやってわかるのは、いずれ書く旅日記には頼もしい味方である。では、今回北海道のYHだけでも日付を明らかにしつつ、気が向いたところは適当に補足文字でも書いてみようと思う。
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<お断り>
ただ、大概のところは和暦になっているので、表現として、
 昭和 ・・・ S
 平成 ・・・ H
とさせて頂く。和暦(元号)を西暦に変換するには、昭和は「+25」、平成は「+88」を和暦の年に足すことで、西暦の下2桁(または対応する年)が分かる。
あと、先頭の数字はユースホステル宿泊通算の数である。

32, [S60.7.20]
  桃岩荘YH(八甲田、利尻2連車中泊のあと、いきなりであった。噂に聞くYH。なかなかおもしろかった。天気が曇だったのであまり景色について印象に残ってない。)
33, [S60.7.21]
  桃岩荘YH(愛とロマンの8時間に参加)

34, [S60.7.22]
  浜噸別YH(部屋の電気を消して、ろうそくをともしてのミティング。
35. [S60.7.23]
  サロマ湖畔YH(ホタテの刺身が出た)
36, [S60.7.24]
  標津町YH(夏でどこも人が多かったので、それを避けてきた。翌日野付半島、開陽台へのツアーに参加した。この年は冷害で、野付半島で、北海道に来て初めてハマナスの花を見た。)
37, [S60.7.25]
  浜中YH
38.39, [S60.7.26-27]
  斜里YH(コロッケが美味しかった。が夕食は連泊でも毎日コロッケ😱。知床と湖を巡る斜里バスを使ったバスツアーが有り、行く先々で円盤音頭を踊らされた)

40, [S60.7.28]
  摩周湖YH(摩周湖への日の出ツアーがあり、摩周湖の日の出のすばらしさを見に行くのはいい。)

※摩周湖YHとえりも岬YHの間は、北海道ワイドを使って、急行「まりも」で釧路から札幌へ行ったと思われる

41.42, [S60.7.30-31]
  えりも岬YH(ミーティングは踊り狂った。冬は「人間なんて」を1時間ぐらいやり、せっかくフロに入ったのに汗をかいてしまった。間の日、自転車で豊似湖まで行き、湖でユースホステルのワンボックスカーに拾って貰い、帰りは楽だった。帰りはワイド周遊券で乗れる国鉄バスで帰ったら、何と広尾まで見送っていたような)

43.44, [S60.8.1-2]
  斜里YH(8月1日は斜里YHの開所パーティーで、行った時は斜里の浜近くでジンギスカン鉄板パーティー)

滅茶苦茶沢山のホステラーがいたので
このタイプの方が居たかは記憶に無い

45.46.47, [S60.8.3-5]
  積丹かもいYH(1ー2泊の間は、まだ海岸に道のなかった、西の河原の8時間コースに尽きるだろう。あんなのは、二度と行きたくないが、一度体験してみて今からではいい思い出だった。)

(かもいYH2ー3泊の間は、神仙沼ツアー)

48, [S60.8.6]
  美国YH(ここの海岸で泳いだ。足が届かないところの海水の冷たさには、びっくりした。夕食ででた浜鍋は、とてもおいしかった。)
 ↓ いまは、この宿を専任でやっている(泊まった時はYHと旅館兼用)

※美国YHと塩狩温泉YHの間は、北海道ワイドを使って、急行「利尻」で札幌から稚内へ行ったと思われる

49, [S60.8.8]
  塩狩温泉YH(ここは温泉があり、ちょうど北海道のまん中だから、よく行った。ジンギスカンはいつも変わらぬうまさで、おいしい。)
※現在は当時のはなくなり、いまは近くに以下のYHがある

50,51, [S60.8.9-10]
  支笏湖YH(連泊してオコタンペ湖へ自転車で行った。夕食はジンギスカン。2泊目は開所パーティでジンギスカン食べ放題)
52, [S60.8.11]
  イクサンダー大沼YH(次の日、自転車で大沼をまわった。展望台までみんなで自転車で登った。ここで一緒になった奴(僕入れて3人)で、函館で飲み、当時有った青函連絡船の0時ちょっと過ぎた深夜便で青森へ。)

57, [S60.12.27]
  北湯沢YH(まだ胆振線があった頃に行った。ヘルパーの一人が誕生日だったのでケーキを食べた。コタツで語り合ったのがよかった。)
58, [S60.12.28]
  塩狩温泉YH(このYHに泊まって、名寄まで行き、当時有った深名線に乗る。朱鞠内で列車は分断され、深川行の列車に結構な時間待った記憶が有る)

59, [S60.12.29]
札幌ハウスYH(ただとまるだけ、と割り切っていけばこんな便利なところはない。荷物置いて、ススキノへ食べに行ったり、飲みにいったりして、酔いが醒めた頃に戻るのがベスト。初めて行った時は同室の人と酒盛りした。)
60,61, [S60.12.30-31]
  斜里YH(年越し。ヘルパーのツルタさんだけがいた。夏のヘルパーのロック、ペットントン、もう一人の黄色ツナギの人は居なかった) 

62, [S61.3.4]
  札幌ハウスYH
63,64, [S61.3.5-6]
  えりも岬(初日の蟹鍋が絶品だった。間の日は、広尾のスキー場へ行った。YH出て、国鉄バスで広尾へ、広尾線で当時幸福駅で車掌さんに無理言ってYHで会った奴と記念撮影。帯広着いたら、1Fでケーキ買ったのを2Fでコーヒーとともに食した)
65, [S61.3.7]
  釧路まきばYH(釧路ユースホステルと違って、釧路駅から歩いて着いた。当時、まだスパイクタイヤ全盛時代だったので、 道路はえぐられアスファルトの粉が道の両サイドに有った)

※釧路まきばYHとえりも岬YHの間は、北海道ワイドを使って、急行「まりも」で釧路から札幌へ行ったと思われる

66, [S61.3.9]
  えりも岬YH(YHの父さん54歳の誕生日会の催しものがあり、結構良いものを食べたような気がする)

※えりも岬YHと斜里YHの間は、北海道ワイドを使って、急行「大雪」で札幌から網走へ行ったと思われる

67,68,69 [S61.3.11-13]
  斜里YH(ここで、通称組長と東京から来ていた同学年のMさんと出会う。この間、斜里YHの玄関前に作ったかまくらの中で、連泊者とともに昼間から近所のスーパーに魚や鍋の具材を買い込み、すぐ外に出していた七輪で魚焼いたり鍋を煮たりして酒盛り)
70, [S61.3.14]
 塩狩温泉YH

※塩狩温泉YHと斜里YHの間は、北海道ワイドを使って、同学年のMさんと稚内まで行き、急行「利尻」で名寄返し、幌延で降り、当時有った羽幌線に乗って、深川から網走へ行ったと思われる

 ↓ これの 第4章:夜行列車の哲学—「返し」という名の冒険 を参照

72, [S61.3.16]
  斜里YH
73, [S61.3.17]
  尾岱沼YH(食事は旅館兼業のところなのでよかった。ここで、とほ民宿ほおずき https://double-cradle.jp/touring-photo-archive/biei-hoozuki.html   の常連さんとあい、美瑛のすばらしさを聞いた、今とは違って閑散とした美瑛の話に感動し、後ほど自身の撮影した美瑛の写真を送ってもらえた)

※尾岱沼YHとあかしや荘YHの間は、北海道ワイドを使って、急行「まりも」で釧路から札幌へ行ったと思われる

74, [S61.3.19]
  あかしや荘YH(いつでも入れる硫黄の内湯風呂温泉がグー。日帰りで入浴可能な近くの第一滝本館へ行き、あの広い温泉に入っていると帰りたくなくなる(当時は1,500円)。この時、まだ寒く、髪を洗った後、露天風呂に入ったら髪が凍っていた。)

※S61.4は、4回生となった。それ以降、就職活動に入り、決まった9月下旬まで旅は中断。 (2)に続く。

北海道だと、夏でも長ズボンを
履いた方がいいような・・・

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