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北海道ユースホステルでの踊り

※頭の画像は、浜中で食べた花咲蟹拉麺

現状、日本が実効支配している最北の島、礼文利尻島。非常に風光明媚で素敵な場所だ。

札幌から特急で稚内まで5時間ちょっと、そこからフェリーで礼文島の香深港まで2時間 。はっきり言って、そう簡単には行けるところでは無い。そこに、昭和からのユースホステルで一般的なところと違って一風風変わりな、

※続きは 礼文島「旅の宿はニシン番屋」桃岩荘〔2/2〕

が有る。今回は、大昔体験した事と、ネットとかで集めた、様々な内容でじっくり仕上げていこうと思う。

まず、そもそも「日本三大バカユースホステル」なんぞ、という話であるが、

その中の一つ、適当にYouTubeで「桃岩荘」と検索すると、出るわ出るわのうち一つである。まず、上記のYouTubeを見て、違和感というか、あまり良い気持ししないとか、付いていきたくても無理,という方は、NOTEの中の教養のある別の読み物を読んで頂きたく思う。かくいう私も、

という考えで生きており、桃岩荘のノリとは完全に感覚の次元が違う。全く理解出来ない訳ではないが、と言っておきたい。最果ての地でゆっくりしたい方が優先しているので、様々な犠牲を払ってまで、桃岩荘で過ごす気は実は無い。ただ、その場に行ったら、楽しまなければ損なので、そこで演技している覚めた自分がいたのも事実。
さて、現在も賑やかなユースホステルとして、桃岩荘ユースホステル がある訳だが、私が泊まったのは、北海道初めて行った85年当時のスタンプより、

桃岩荘1泊目
桃岩荘2泊目
85年,1回目の八時間完歩!

がまず1回。夜行の八甲田、利尻という、夜行の連泊で礼文に入ったので、きつかった。
西海岸8時間コース (YouTube)という、有名なツアーがある。この道、昔あった「積丹かもいYHの西海岸8時間コース」とか、「岩尾別YHから行く羅臼岳山頂登山」
とか、
「利尻グリーンヒルYHの海抜0メートルから山頂まで行く登山」

と比べるとまだマシだが、ハイキングにしてはちょっときつい道で、海辺の岩場とか砂の坂を下るとか、気をつけるところも有るし、距離も長かった。
さて、上記の「利尻礼文の旅(3x年前の)」より、

6年後,91年,2回目の桃岩荘!

となった訳だが、2回目というのも有ったし、前回よりも桃岩に来ているヘルパーやホステラーが常人化したせいか、感動出来たのは結局
・千葉のHさんとの出会い
・利尻昆布をふんだんに食べて育った、蝦夷バフン雲丹の掛け飯を桃岩展望台で二人で食べ
・その後雲が一気に無くなり名峰利尻富士がくっきり見えた事
ぐらいだった。それでも、とても贅沢な事かも知れないが、この時でも最初の初めて北へ来た感動と比べると何か覚めた目で見てしまい、何かふーんと思ってしまったのが本音だ。
で、桃岩荘の踊り、ここで紹介したいのは、

まだまだ沢山ある、一番下にURLを貼っておいてここはお茶を濁す。あと、(知っている限りの)桃岩荘の踊りのとなると、歌詞を含め解説をしたいところだが、それ真面目にやると1本の書き物となるので、一旦省略😅

さて、85年、初めて行った北海道。桃岩行って、まともなユースを幾つか挟んで、斜里へ行った。
いまは斜里ユース自体無くなったが、85年当時は、北海道三大ユースとホステラーの間では有名だった模様。なので、最初から、桃岩・斜里・襟裳岬は、きちんと往復ハガキによる予約をして準備万端であった。というか、当日ユースホステルは特に北海道ではどこもかしこも満員で、当時住んでいた大阪のユースホステル協会において、夏の予約状況がA3ファイルの表に纏められていたのを二回生の時から知っていたので、北海道の人気ユースホステルに泊まる事自体、相当抜かりなくしないと、と思っていた。

85年夏,斜里YH連泊,まともなユース挟んでえりも岬YHへ

しかし、実態は、桃岩を始め、ハイシーズンになると、定員以上泊めるのは当たり前で、当然普段使わない部屋も開放し、快適さより泊まれれぱ良しとしてないと、とても北海道の旅は出来なかった。
さて、斜里ユースホステルの夕食は、毎日余程の事が無い限り、近くの畑でとれたじゃがいもを使ったコロッケがメインディッシュで、当時のユースホステル新聞の1面に、「とあるユースホステルに連泊すると、食事が毎日コロッケで同じなんです」と座談会に出てた女性が言っていたが、何の事は無い、この斜里ユースで有った。当時は、朝晩食事付いて1泊3000円未満だったので仕方がない。
ま、上士幌の民宿Kに通う前、大学三回から20代半ばまでは、何だかんだと言っても、この斜里ユースによく通っていた。なぜ、行きたくなくなったかは、うっとしい奴がおり、そいつが居るならもういいやとなったのは事実。そいつの事柄については、ここでは書きたくない。少しでも思い出すだけでも俺だけでも無くいろいろな人をからかう事が、あまりも目につくので、こちらから離れざるを得ない。自分から 火中の栗を拾う 事はしたくない。旅は遭難しない程度で自分の意志で若干の吹雪の中を歩くとか、倒れないぐらいで炎天下を歩くのは良いが、敢えて虐める環境には行きたくない。なので、斜里から離れてしまったのは非常に残念だった。
とはいえ、

でふれた「斜里YHに入ると、Sさん」とは、この方とも未だに連絡を取り合う仲。今では、LINEがあるので、北海道の話題ともなると、必ず話題にして感想をやりあっている。
他に、斜里の元ヘルパーのOさんとは大阪で久しぶりの再会もした。

斜里ユース元ヘルパー(緑の彼)と再会

斜里YHの盛り上がっていた事に話を戻そう。ここの名物は、「斜里ユースホステルの円盤音頭」であった。それと、この斜里YHでは、バスツアーが毎日あって、「知床コース」と「湖コース」を奇数日、偶数日で分けてそれぞれ丸一日かけてやっており、駅前の斜里バスターミナルからバスに乗って行っていた。(今は駅前には斜里バスターミナルが無くなり、以下のホテルにかわったよう)

桃岩のように、YouTubeやGoogleとか検索しても、斜里YHそのものの情報が無い。まだ、桃岩ほどでは無いがえりも岬YHの方が有る。なので、斜里についてはネット世界で補えれるよう、思い出してみる。
円盤音頭は、上記のバスツアーで観光地の至るところで、踊っていた。それで、一般の観光客から写真を撮られまくっていた。これこそ、 旅の恥はかき捨て であったのか、若い時で何をしても良かったのか、ま、そんな事があった。では、斜里YH円盤音頭の唄。 
ア、ワン、ア、ワン、ア、ワン、ツー、スリー、フォー、お皿型円盤(皆が合いの手でお皿型円盤)、卵型円盤(皆が合いの手で卵型円盤)、葉巻型円盤(皆が合いの手で葉巻型円盤)、トンボ型円盤(皆が合いの手でトンボ型円盤)、蝶々型円盤(皆が合いの手で蝶々型円盤)、蝉型円盤(皆が合いの手で蝉型円盤)、男型円盤(皆が合いの手で男型円盤)、女型円盤(皆が合いの手で女型円盤)、がやって来た、やって来た、斜里のユースにやって来た、たまげたたまげたたまげたよ!

では、各円盤を飛ばす振り付けというと、
・お皿型円盤(前に一歩出ながら横に手を広げる)
・卵型円盤(その場で両腕をやや丸く上げ手を頭の上に)
・葉巻型円盤(その場で両腕をまっすぐに上げ手を頭の上に)
・トンボ型円盤(横に手を広げながら前に何歩か出る)
・蝶々型円盤(横に手をバタバタしながら前に何歩か出る)
・蝉型円盤(腕をおろし手の平を逆にし手のひらを地面に平行にするようにして、その場で回る)
・男型円盤(その場で、手でチン×ンの棒のイメージを形作る)
・女型円盤(その場で、手でおっ×いの形を作り、その後ビートたけしがやっていたコマネチをする)。
よくやってたなあとつくづく思った。

に、元斜里YHのワンワンさんのコメント  知る人ぞ知る「円盤音頭」のベースはなんと幼稚園の踊り。ユースに泊まった幼稚園の先生から教えてもらった物を「ちょっと下品に」した。 との事のようであった。

えりも岬YHから帯広経由で斜里に出戻り
23回目の斜里ユース開所祭参加

川湯で皆と分かれ列車に乗り、弟子屈(今の摩周)駅で降り、摩周湖ユースに泊まり、急行まりもに乗り、日高本線様似まで行き、そこから国鉄バスに乗り襟裳岬の市街でバスを降りた。

ここからは、えりも岬ユースの話となる。えりもユースも踊りのユースホステルで、踊りの種類は、岬巡り(山本コウタロ)・落葉(吉田拓郎)・人間なんて(吉田拓郎)がある。

上に示したのはYHの母さんの振り付け指導だが、当時はえりものヘルパーも何名かおり、その方々からの指導だった。1泊目と2泊目の間は、YHの自転車を借りて、豊似湖へ単独で行った。それなりに国道を走り、分岐点からえらくかかった記憶がある。深い砂利道をひいて歩いていたら、YHのワゴンBOX車が来て、何名か乗せていた。結局、何とか自転車もその車に乗せてもらい、豊似湖へ皆で行った。綺麗だった。

熊出てもおかしく無い林を進んだ

後年、白い恋人のCMで知ったが、ここ上空から見ると、ハート型になっている。
2泊目のミーティングは1泊目で練習したので、その復習も兼ねて激しく踊る事が出来た。そして、えりも岬の朝日を見た後、確かヘルパーさんの掛け声で人間なんてを居る人で踊る羽目になった。
そのあと、斜里に出戻り23回目の斜里ユース開所祭参加。連泊して、次には予約していた積丹かもいYHへ行った。

その次の正月は斜里中心だった。その後の春休み長かったので、斜里はメインだがえりも岬YHに2泊。
・1泊目は松葉ガニの蟹スキ。めちゃ美味しかった。
※いずれ、島牧YHで食べた鱈チリもめちゃ美味しかったので、またその旅日記も書きたい。
・1泊目と2泊目の間は、YHのワゴンBOX車に乗せてもらい、広尾付近のスキー場で、スキーを軽く、基本ソリ遊び。ゴムチューブ下りが怖かったのでやらず。
・以下右の補助カードのように、YHの父さんの誕生日でしっかり、宴会で楽しんだ
・YHで知り合った人と、帯広まで行き、初めて六花亭の1Fでケーキを買って、2Fの喫茶部でそのケーキを食した

北海道にも慣れてまさに北の旅を楽しむ
黄金時代!

北海道三大ユースの、桃岩・斜里・えりも岬の概要はこの程度で。補足の動画などを下部に集めてある。

ここまでまとめて、いかにこの北海道三大ユースが濃いところか伺える。当初は、+αということで、この三大以外で、
・道内で行ったところで、積丹かもいユース、美国ユース、浜頓別、岩尾別
・昔あった、利尻おしどまりYH
・内地で行ったところで、清里YH、高千穂YH、別府YH、隠岐の島YH、松山YH、定福寺YHにも触れようかなと思ったが、さすがにここまで書き結構しんどくなってきた。なので、+αとして、「北海道三大ユース以外の昔賑やかだったYH」をいう題で書けたら書きたい。
そして、
・こういったユースホステルには実は戸惑っていた自分がいたこと
・表向きの人間関係会社員やっていて、こういったユースホステル出会う温かみの有る人と交流していると、ギャップがあるのがとても嫌だったが、こんな生き方しても何とか生きて来れた事
ということも、書けたら書きたい。

【北海道三大ユースの付随情報】

・桃岩荘ユースホステル 実況 1974年9月30日(YouTube)

・日本三大バカユースの生き残りに行ってきました《桃岩壮。愛とロマンの8時間コース!》

・桃岩荘ユースホステル - Wikipedia

・礼文島 作成者: kuni03980(YouTube)

・日本最北端の離島 礼文島へようこそ!島を歩く

・民宿『仙庭』 (旧: えりも岬ユースホステル)のTV放映(2011/7/9) (YouTube)

・民宿仙庭:元えりも岬ユースホステルのかあさんの歌.(YouTube)

・民宿『仙庭』 (旧: えりも岬ユースホステル)の閉所式ドキュメンタリーTV放映 (2017/05/31) (YouTube)

・「落陽」民宿仙波 (旧 えりもYH) かあさんの実演(YouTube)

・民宿『仙庭』(旧: えりも岬YH)伝統の『岬めぐり』の振り付け(YouTube)

・民宿仙庭、加代ちゃん+松山隆宏+タンク松本(YouTube)

【その他ユースホステルの付随情報】

積丹かもいの8時間はしにそうになった
今は道路も開通し状況は変わったらしい

(2023,利尻島鴛泊港。[1日限定見送りイベント])

利尻 おしどまり リシリーズ ああ 利尻島 かっこいい奴 (YouTube)

・ユースホステルと踊り 北軽井沢ブルーベリーYGH・宿主日記

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