HSP|何もしない日が、いちばん心をすり減らしていた私
何もしない日が、苦手でした
体は疲れて休みたいのに、
何もしていない自分を見ていると、
心の中でずっと責める声が止まらなかったからです
「なにかしていないといけない」
「怠けているなんてダメだ」
横になって休んでいるはずなのに、
なぜか、まったく楽にならない
それでも体が辛くて休んでいる間、
心の中でずっと言い訳を考えているんです
誰に責められたわけでもないのに
今思えば、
体は止まっていても、
心は一度も休めていなかったのだと思います
※以前
何もできなくなっていた頃のことを、
そのままの気持ちで書いた記事があります
その記事はこちら
今日はそこから少し距離を置いて、
「何もしない日」を振り返ってみました
📍「休む=怠ける」と、どこかで信じていた
何もしない自分を、
私は無意識に「怠けている」と判断していました
ちゃんと働いている自分
役に立っている自分
前に進んでいる自分
そういう状態でいないと、
存在してはいけないような気がしていたのです
でもこれは、
私の性格というより、
いつの間にか身につけてしまった考え方でした
📍休んでいるのに、回復しなかった理由
体調が悪いから休んでいる
なのに、元気にならない
その理由は、
「早く元に戻らなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
という思いが、ずっと頭の中にあったからでした
できない自分を監視して、
責め続けていた時間
そんな時間を過ごしていたら
どれだけ横になっても、
心は回復できないですよね
📍私が、少しずつ手放していった考え方
うつになって何もできなくなった私が
回復の途中で、
いくつかの考え方を
少しずつ手放していきました
① 何かしていない私はダメ、という考え
できない時期があっても、
それで価値がなくなるわけじゃなかった
自分の中で責める声が聞こえてきたら
「私は今、ここにいるだけで価値はある」
そう呟き続けました
② 回復は「前に進むこと」だという思い込み
回復は、立ち止まることから始まる場合もある
焦る気持ちが出てきたら
「今は十分休む時間。休んでOK」
「今は進んでいないように思えても
ちゃんと心は前にすすんでいる」
そう心に呟き続けました
何度も何度も…🌿
③ ちゃんとできない私は、認められないという基準
何もできなくなったとき、
「こんな自分を、誰が受け入れてくれるんだろう」
そんな不安がずっとありました
だから、
弱っているのに、
休んでいる自分を責め続けていたのだと思います
本当は、
弱っているときこそ
いちばん守られる必要があった
守られる必要があるということ、
それはすぐに信じられたわけではありません
でも、
『何もしていない自分を誰も受け入れてくれないだろう』
という思いは
『もしかしたら違うかもしれない』
そう思えただけで、
心は少し緩んだんです
📍「何もしない日」を、こう呼び直してみた
その後私は、
何もしない日を
「回復の時間」と呼ぶようにしました
止まってみる時間
感じてみる時間
自分に戻る準備の時間
そう考えると
何もしていないようで、
実は、とても大切なことが起きているのだと思えたのです
そして
徐々に
この「回復の時間」は、
今まで抱えてきた思い荷物を
少しずつおろしていくための
大切な時間なのだと感じるようになりました
🌸今の私が、何もしない日にしていること
今でも、
何もしない日はあります
そんな日は、
無理に意味を見つけようとせず、
ただ「今日はゆるむ日」としています
以前のように
責め続ける声はなく
何かができなかったことより、
今日、心穏やかにいられて
生き抜いた自分を
それで十分!
と静かに認められるようになっています
🌸何もしない日は、止まっている時間じゃなかった
何もしない日は、
人生が止まっていたわけではありませんでした
あの時間があったから、
今、自分の心の声がちゃんと聞こえるようになりました
休むことは、
諦めることでも、逃げることでもなく、
自分を信じ直すための大切な時間だったのだと思います
🌿 もし今、何もできないあなたへ
何もしない日を過ごしているあなたは
決して間違っていません
それは、
心と体が、これ以上無理をしないように
ちゃんと守ってくれている証です
どうか今日は、
責める代わりに
そっとしてあげてくださいね✨

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