見出し画像

ある男の話11

「あ、コーヒーでいいですか?」
 そう言うと、紙山さんはキッチンへ向かった。

 彼女の部屋の中は、想像していたものとずいぶん違った。
 最初は、格闘家のポスター、ダンベル、ボクシンググローブなんかが置かれている、黒を基調とした(ストイックな?)部屋を想像していた。

 しかし実際は、カーテンやベッドカバー、テーブルなんかが全体的にピンク色に統一されていて、ぬいぐるみもいくつか置いてある。どちらかというと、ザ・女子の部屋という印象を受ける。

「あ、目の笑ってない熊だ」
 僕は思わずベッドにあった熊のぬいぐるみを手に取った。
 紙山さんの名刺にプリントされていたものよりは立体的で、毛もモフモフであるため、より本物の熊に近く、生々しい印象を受ける。

「それ、かわいくないですよね」
 紙山さんは言った。格闘家はかわいいが、熊のぬいぐるみはかわいくないらしい。そうですね、と僕はあいづちを打った。
「『べあたろう』っていうんですよ」
「へぇ」
「あ、なんかでも、見てるとだんだん慣れてきますね」
「会社にたくさんあるんで、一個あげますね」
 そう言うと、クローゼットから袋に入った『べあたろう』を取り出し、僕に渡した。袋には学資保険のチラシが同封されていた。
 正直いらなかったが、紙山さんとおそろいのものがゲットできると思うと、断る理由がなかった。

「ありがとうございます。家宝にします」
「いえいえ。あ、コーヒーできました」
 彼女はそう言うと、コーヒーカップを2つ、テーブルの上に置いた。
「とりあえず、試合の動画見ますか?」
「あ、はい」
 ふと、ぼくも、しゃべりだしの時に、あ、と言っていることに気づいた。 
 無意識的に、紙山さんのクセがうつったようだ。

「格闘家みたいな、強い男が好きなんですか?」僕は聞いた。
「そうですね。最後の最後に自分を守れるのは、自分だけなので」
 すごくかっこいいセリフだと思った。と同時に、保険屋が言うべきセリフではないような気もした。

 そのあと、僕たちは有名なK-1ファイター(最初に会ったときにスマホの待ち受けにしていた選手)の試合を見た。

 彼は試合前と試合後で、まるで顔つきが違っていた。試合前は肌もツルツルで、きれいな顔をしていたが、試合後は、眉尻あたりが避けて出血していたり、かすかに目が紫色に腫れていたりして、見るからに痛々しかった。

 でも紙山さんは、試合後の顔のほうが好きだ、と言った。
 なんとなく、僕もわかる気がする。そこには、死ぬかもしれない目の前の恐怖を、生と死のはざまにある修羅場をかいくぐった経験があるからだ。
 僕も、そんな体験をしてみたい、と思った。

 紙山さんの解説(推しポイント)を聞きながらしばらく試合の動画を見ていると、ふと、僕のスマホに電話がかかってきた。

 夜の11時を回っているのに誰だろう。

 ちらりと画面を見ると、妹の沙彩からだった。


いいなと思ったら応援しよう!