転職活動中の「無職期間」、私は家族に8ヶ月間、黙っていた。
ブランクの期間は、二度ある。
一度目は8ヶ月。二度目は3ヶ月ほどだ。
家族はいた。だが、このことは知らない。伝えなかったからだ。
スーツに着替え、いつも通り家を出た。行きつけの喫茶で半日を過ごし、これまで通りの時間に帰宅した。それを8ヶ月、繰り返した。
高級住宅街の喫茶店と、覗いてきたマダム
WiFiがいちいち切れずに使えて、席ごとに電源がある喫茶店は、ありそうでない。
結局、高級住宅街まで原付で通うことになった。いつも同じ場所に座った。パソコンを開き、求人を探し、応募書類を書き、エージェントとやり取りをした。
ある日、携帯が鳴った。パソコンを開けたまま席を立ち、ガラス戸の外で話していると、隣の席のマダムが体を傾け、首を伸ばして私のパソコンを覗いていた。前の席の人も止める様子がなく、しばらく続いた。
昼間の有閑マダムの生態だ。
今となっては笑える話だが、当時はそれどころではなかった。
預金と失業手当と、ヤフオクで売った私物
はじめてハローワークを使い、失業手当の手続きをした。認定日に報告に行った。
失業時は社会保険関連の手続きが煩雑で、負担額も大きい。これが想像以上にきつかった。
預金と失業手当はあった。それでも足りない分は、ヤフオクで私物を売って食いつないだ。何を売ったかは、あまり思い出したくない。
家族に言えないほどの状況だった。親に言えるはずもない。盆暮れ正月GWに必ず会う親友も、私のブランクを知らない。
そういうことはタブーの世代だ。同調圧力の強い世代では、自分だけ無職なんてありえない。(笑)
きつかった。ただ、それだけだ。
それでも、ブランク中も応募し続けていた
当時のメールを見返すと、ブランク中も相当な数の応募をしていた。
転職活動は、退職前から続けていた。いや、正確に言えば、その退職する会社に入ってからも、ずっと続けていた。ブランク中も止まらなかった。いくつかの企業では、一次面接、二次面接まで進んでいた。
動き続けることしか、できなかった。動いていないと、気が狂いそうだったからかもしれない。
ブランクは、面接でほぼ聞かれなかった
ブランクを抱えて転職活動をしている人に、一つだけ伝えたいことがある。
転職エージェントとはブランクの対応策を話したことがあった。「こう説明しましょう」と準備もした。だが実際の企業面接で、ブランクについて聞かれたことは一度もなかった。
私が採用側にいたときも、あえてブランクにフォーカスして質問したことはない。会話の流れ的に、最初の自己紹介で求職者が触れなければ、ブランクの話にはならない。それが現実だ。
ブランクを過度に恐れる必要はない。
もちろん、職務経歴書や自己紹介で触れる場合は、一言だけ自然に説明を入れておく方が安心だ。「次のステップに向けた準備期間」で十分だ。詳しく説明しようとするほど、かえって怪しく見える。
あの8ヶ月が、今の自分を作った
今となっては、いい思い出かと聞かれたら、そうではない。
ただ、そんな時期もあったな、という感じだ。年を取ると、その程度のことになる。
スーツを着て家を出て、喫茶店でパソコンを開き、応募し続けた8ヶ月。誰にも言えなかった3ヶ月。あの時間は無駄ではなかった。動き続けたことが、今につながっている。
ブランクがあることを恥じている人へ。
あなたは一人じゃない。黙って動き続けた人間が、ここにいる。
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