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ブルーライトはいかにして悪者になったか? JINS PC誕生秘話[2話]

1話目はこちら

「冷やし中華はじめました」毎年六月ごろ、中華料理屋の入り口にマジックで書かれた張り紙を見かけます。その一枚を見るだけで、僕らはすぐに「もうそんな季節か」「醤油ダレ派?それともゴマダレ派?」なんて会話を始めることができる。「思い出」「食材」「食感」「味わい」「喉越し」そのすべてが、すでに僕らの頭の中に揃っているからです。
だから、そっけない張り紙ひとつで会話が生まれる。

でも、「パソコン用眼鏡はじめました」では、そうはいきません。
多くの人にとっては「???」しか浮かばない。僕たちは、JINS PCを売るために、まずは良いパソコン用メガネとはなんなのか?
慶應大学の研究室で「ブルーライト」という言葉を聞いて以来、僕たちは様々なオプションを検討した結果、「良いパソコン用めがね=ブルーライトを効率的にカットできるレンズ」という答えに辿り着きました。
つまりブルーライトという悪役と、その脅威から目を守るJINS PCという構図を世の中に作り出すことが我々の至上命題となりました。

商品開発=情報開発

その当時のJINSには研究開発部も商品開発部もありませんでした。当然、研究→技術開発→商品化→販売などというスキームが整備されているわけもありません。経営も現場も、部署もタイトルも関係なく、動ける人が動く、思いついたら即行動、失敗すればすぐ方向転換といった具合です。
ブルーライトに関する産学連携での研究開発を進めながら、レンズメーカーや中国の工場と商品を開発し、眼鏡業界では革新的なパッケージ販売を検討する。
まだ商品もできる前から、IT企業に会社の福利厚生として「導入しませんか?」と営業も開始し、全てが同時並行的に行ったり来たりしながらプロジェクトは進行していきました。
凄まじくカオスな状態でプロジェクトが進む中、思いもよらぬ点と点がストーリーを形成していきます。法人営業を進める中で、とあるIT企業がエンジニアにJINS PCを導入したいと手を挙げてくれました。発売はおろか、製品サンプルが上がってきたばかりのタイミング、それだったら、実証実験に協力してください!ということで、発売前から企業でのJINS PCを導入して、その実験結果をエビデンスとして、そしてIT企業への導入実績として、マーケティングにフル活用するといった具合です。

モノを作るために情報を作り、情報を作るためにモノを作る。
このモノ作りと情報作りの行き来を繰り返すことで、JINS PCとブルーライトの概念は少しずつ世の中に浸透していきました。JINS PCというプロダクトは確かに存在していましたが、それを価値ある商品にするためには、ブルーライトをはじめとする“情報”が不可欠だったのです。
どこまでが商品で、どこまでが情報なのか?
その境界が極めて曖昧であることをプロジェクトメンバー全員が肌で感じていました。

この一連のプロセスを、後に私たちは「商品開発=情報開発」と呼ぶようになりました。もっとも、発売から1年以上経って振り返ったときにようやく名付けたもので、ただ必死に試行錯誤を繰り返していたというのが実情です。その当時の状況と、JINSの組織やチームメンバーの特性が、自然発生的にこのプロセスを生み出したに過ぎません。

でも、改めて今振り返ってみると、この「商品開発=情報開発」という動きの中には、ただ新しいメガネを作る以上のことが含まれていたと感じます。
それは、新しいものに対して人が意味を見出し、信じたくなる構造を作るプロセスそのものでした。ブルーライトという“見えない敵”を認識し、それを防ぐという行為が、商品を超えて人々の信念や安心感を支えるものになっていった。当時は意識していなかったこの構造を、10年以上経った今だからこそ、はっきりと見ることができます。

JINS PCを支えるための意味の構造

当時の資料を改めて振り返ると、膨大な量の情報を玉石混交で発信していたことに驚かされます。今になってそれを俯瞰すると、私たちが構築していたのは、大きく分けて以下の3つの“意味の構造”でした。

これらを念頭に、それぞれの情報開発について、当時のメディアの記事を紹介するかたちで辿って行きたいと思います(もう10年以上前の話なので、多くの記事は消えてしまっていましたが・・・)。

1.科学的な意味を作る情報
最も中心に据えていたのは、サイエンスに基づいたエビデンスです。
医療器具ではないこの手のガジェットは、どうしても胡散臭さがつきまといます。それを払拭するために、ブルーライトに関する啓発と同時に、徹底して誠実に科学的論拠を示しました。

特に実際のパソコン作業前後での目の疲労低減傾向を実証したフリッカーテスト(検証実験①)と、実際にマイクロソフトさんの協力を得て500人規模で行った実証実験(検証実験②)は信頼獲得の大きな軸となりました。

JINS PC発売当初のPR資料より

これらのエビデンスはパッケージに表示するだけでなく、メディア取材などあらゆるコンタクトポイントで繰り返し発信して行きました。特にJINS PCが話題になるについれ、ありとあらゆる眼鏡ブランドが、類似品をリリースしてくる中でJINS PCこそがオリジナルで信頼できる商品であることを印象付けるのに重要な役割を果たしました。

2.社会的な意味を作る情報
また同時に重要だったのが、 ブルーライトという当時まったくの無名だった光をいかに世の中ごと化するか?という視点です。当時、スマートフォンやタブレットなどのLEDディスプレイの急速な普及によって、ブルーライトを浴びる量が急激に増えていることをきっかけに、それが引き起こす諸問題とその対処策としてのJINS PCという図式を作っていきました。

こうした我々の動きに呼応するように、また我々の営業の甲斐あって、様々なIT企業が「従業員の目を守る」福利厚生を目的としてJINS PCを導入してくれる動きが発生しました。

また時を同じくして、ついにブルーライトに関する研究と啓発を目的としたブルーライト研究会が立ち上がります。

ここまでくると、情報が新たな情報を生み出す循環が生まれ世の中ゴト化が一気に進んでいきました。


3.パーソナルな意味を作る情報
科学的エビデンスや社会的課題によってブルーライトの認知は広がり、売上も伸びていきました。しかし発売から1年ほどは、パソコン用メガネ=ITコア層のアイテムというイメージが強く残っていました。
そこで我々はさらなる潜在市場を開拓するために、ファッション、美容など、より切り口を広げて行きました。その一例がワンピースやリラックマなどのIPとのコラボレーションでした。理性的な情報だけでは人は動かない。
最後に必要なのは、お客様が自分ごととして「欲しい」と感じるパーソナルな意味を作ることでした。

ここまで紹介したのは氷山の一角です。
うまく機能しなかった試みも数多くあります。
実際には、ブルーライトとJINS PCにまつわる無数の情報が、競合やメディアの発信とも絡み合い、最終的に「ブルーライト市場」という新たな信念体系が社会に形成されていきました。

あの時、私たちは商品を作っていただけではありません。人が意味を見出し、信じたくなる構造そのものを、無意識のうちに作り上げていたのです。


次回は、JINS PCのマーケティングで中心となった「エビデンス」について掘り下げます。
科学的であるとはどういうことなのか?
完全に客観的なエビデンスは存在しうるのか?
そして、私たちが「科学的である」と信じること自体が、ひとつの信仰の形なのではないか。

ブルーライト市場を立ち上げた当事者として、そして今あらためて宗教や哲学といった人文知の視点から、この問いに向き合ってみたいと思います。

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