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権威と権力に関する考察[後編]

前編では『なだいなだ著 権威と権力』を手がかりに、権力と権威の違いと相互補完関係を考察してきました。権力とは「いうことをきかせる原理」、権威とは「いうことをきく原理」。そして権威を生み出す根底には、人間の不安からくる依存したいという欲求があることに触れました。


現代における権威の依存先

では、現代においてこの「権威」の役割を担っているのは何でしょうか。

現代人が1日に受け取る情報量は、500年前の教育を受けた人が一生かけて得る情報量と同等だといわれています。その凄まじい情報量が、私たちに無数の選択を突きつけています。
どんな服を着れば素敵に見えるのか?
どうすれば人生で損をしないのか?
何が正しくて、何が悪いのか?

情報はあふれているのに確信は持てず、僕たちは無数の不安にさらされています。その不安を和らげるために、人は権威に依存したくなる、いや、依存せざるを得ないのです。

かつての宗教に代わって、現代社会にはいくつかの権威が存在します。たとえば、新聞や公共放送といったメディア、学校や大学といった教育機関。さらに行政や法律、資格制度のように、権力を基盤にしながら権威的に機能するものもあります。
人は「◯◯新聞が書いているから正しいだろう」
「国家資格を持つ人の意見だから信頼できるだろう」
といったかたちで、依存先を切り替えながら不安を処理しています。

では、それだけでしょうか。実はここに、もう一つ大きな権威の装置が存在しています。
それがブランドです。ブランドは、こうした制度やメディアの要素を取り込みつつ、人びとの日常の選択を方向づける“現代の信仰対象”として機能しているのです。


権威を体現するブランド

ブランドは単なる名前やロゴではありません。それは、複数の権威を一つの象徴に凝縮し、人びとの前に差し出す「収束装置」です。

アップルは技術革新の専門的権威、世界的な注目を集める報道の権威、そして「アップル信者」と呼ばれる共同体的権威を併せ持っています。
ルイ・ヴィトンは伝統と歴史の文化的権威、職人技の専門的権威、セレブや雑誌がつくる流行の権威を束ねています。
スターバックスは品質保証の専門的権威、都市生活を象徴する文化的権威、「どこでも同じ体験ができる」という制度的権威を重ねています。

重要なのは、こうして束ねられた権威が「このブランドを選べば間違いない」という即時の根拠を与えてくれる点です。個々の権威を自分で選び取る必要はなく、ブランドという象徴に身を委ねることで、不安を一挙に処理できる。だからこそブランドは、現代社会において宗教やイデオロギーに代わる信仰対象となり得るのです。


マーケティングにおける権威と権力の補完関係

ブランドが権威の装置として機能する一方で、マーケティングには「権力的」な仕組みも存在しています。

大量の広告投下や値下げキャンペーンは、人びとに「今すぐ買え」と迫る強制力を持ちます。これはまさに「いうことをきかせる原理」、すなわち権力的なマーケティングの手法です。

それに対してブランドが築くのは「いうことをきく原理」です。人びとが自ら「このブランドの提案なら従いたい」と思う仕組みをつくり出す。これは時間がかかるものの、一度根づけば模倣されにくく、長期的な信頼や忠誠を生み出します。

マーケティング戦略とは、究極的には、この権力と権威の原理をいかに組み合わせるか?に尽きます。そしてこの結果として成り立つのが、近年よく知られるようになったマーケティング法則「ダブルジョパティの法則」です。

ダブルジョパティの法則
オーストラリア・アデレード大学の バイロン・シャープ(Byron Sharp)が提唱したマーケティング法則。
ブランドの市場シェアとロイヤリティには明確な相関があり、地域性やカテゴリを問わず成立する。多くの市場で、最大の市場シェアを持つブランドほど、もっとも高いロイヤリティを得る傾向にある。

つまり、マーケティングにおいても「権力(市場シェアの拡大)」と「権威(ロイヤリティの醸成)」が補完し合う構造が存在しているのです。

少数の熱狂的なファンだけではブランドは成立しません。いくら理念やストーリーが美しくても、それが市場に知られなければ力を持ちません。逆に、認知度を拡大すれば良いというものでもありません。大量の広告で一時的に注目を集めても、ロイヤリティが伴わなければすぐに離反されてしまいます。売上だけを追いかけても同じです。

バイロン・シャープの研究が示したのは、この両者の順序です。まずシェアの拡大=「広く知られること(権力)」が起点となり、その上で「また買いたい」「やはりこれを選びたい」というロイヤリティ=「きく力(権威)」が醸成される。つまり、権威は権力の上に積み重なるのです。

マーケティングの本質は、この二つをいかに両立させるかにあります。広範な認知を獲得するだけでなく、その中から「このブランドなら信じられる」と思わせる仕組みを築くこと。この補完関係を回すことこそが、ブランドを単なる商品記号から社会的な信仰対象へと押し上げていくのです。


信仰対象は権威そのもの

ここまで見てきたように、ブランドは「権力による拡大」と「権威による信頼」の補完関係の上に成り立っています。広く知られることだけでは一過性に終わり、信頼を集めるだけでは広がりません。両者が結びついて初めて、人びとの不安を和らげる持続的な力を発揮するのです。

そして重要なのは、私たちが依拠しているのは最終的には製品や制度そのものではなく、それを「正しい」と認めさせる権威だという点です。
宗教で信じられてきたのは神そのもの以上に、その神の言葉を真理として保証する宗教的権威でした。国家において法律が機能するのも、その背後に「正統性」という権威があるからです。

ブランドもまた同じです。私たちが「アップルだから信じる」「ヴィトンだから安心できる」と思うとき、信仰の対象となっているのは製品やサービスそのものではありません。
むしろ「このブランドが正しい選択を保証してくれる」という権威そのものに依存しているのです。

結局のところ、人類の信仰の歴史において変わらず続いてきたのは「不安に対する依存」であり、その依存の対象としての権威です。ブランドとは、その構造が現代において姿を変えて現れたものだと言えるでしょう。

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