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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する132 夏目漱石『道草』をどう読むか⑧姉の家の向かいが鰻屋?

 それでも岩波は姉の家の隣が鮨屋だと言い張るかもしれない。「鮨を注文した、の意」と書くからにはそのくらいの覚悟があるのだろう。確かに姉の家の隣が鮨屋でないとは限らない。しかしもしそうなら、島田が来た時も鮨を取るだろう。

 え?

 姉の家の向かいが鰻屋?

 確かにそうでないとは言い切れない。

 しかしそんなことを云い張り続ければ確実に失われるものがある。百年後には全てを失うだろう。


この日はセックスしていないはずだ


 その晩彼は明らかに多少風邪気味であるという事に気が付いた。用心して早く寐ようと思ったが、ついしかけた仕事に妨げられて、十二時過まで起きていた。彼の床に入る時には家内のものはもう皆な寐ていた。熱い葛湯でも飲んで、発汗したい希望をもっていた健三は、やむをえずそのまま冷たい夜具の裏に潜り込んだ。彼は例にない寒さを感じて、寐付が大変悪かった。しかし頭脳の疲労はほどなく彼を深い眠の境に誘った。

(夏目漱石『道草』)

 小説には書いてあることと書いていないけれど書かれたも同然のことがあり、何かを隠しながら書くと楽しいということを私は漱石から学んだように思う。推理小説ならば当たり前のことながら、案外人は書いてあることしか読まない。右に曲がったと言われると左のことを考えない。

 この健三が風邪気味で具合が悪いのに御住がかまわない下りはただ夫婦仲がぎくしゃくしている様子を書いている訳ではなく、明らかに健三が御住とセックスをしていないかのように書いているところだ。十二時過ぎまで仕事をして、みな眠ってしまったのだからセックスは出来ない。そういうことが書かれてはいないけれど書かれているも同然なのだ。

 いや、この書き方でセックスをしていれば大したものだ。まさかできないだろうというところに漱石の狙いはある。

 冗談ではない。

 寝る前の一時間か二時間を机に向って過ごす習慣になっていた津田はやがて立ち上った。細君は今まで通りの楽な姿勢で火鉢に倚りかかったまま夫を見上げた。
「また御勉強?」
 細君は時々立ち上がる夫に向ってこう云った。彼女がこういう時には、いつでもその語調のうちに或物足らなさがあるように津田の耳に響いた。

(夏目漱石『明暗』)

 漱石は「その日津田はお延とセックスしなかった」とは書かない。新聞小説に書けるわけがない。書いたら馬鹿だ。漱石はその書けないところをアリバイを作って示す。「その日津田はお延とセックスしなかった」と書く代わりに津田に洋書を読ませる。

 同じことが健三の風邪気味で表されている。


規定として三膳食べるところ

 翌日眼を覚した時は存外安静であった。彼は床の中で、風邪はもう癒ったものと考えた。しかしいよいよ起きて顔を洗う段になると、何時もの冷水摩擦が退儀な位身体が倦怠くなってきた。勇気を鼓して食卓に着いて見たが、朝食は少しも旨くなかった。いつもは規定として三膳食べるところを、その日は一膳で済ました後、梅干を熱い茶の中に入れてふうふう吹いて呑んだ。しかしその意味は彼自身にも解らなかった。この時も細君は健三の傍に坐って給仕をしていたが、別に何にもいわなかった。彼にはその態度がわざと冷淡に構えている技巧の如く見えて多少腹が立った。彼はことさらな咳を二度も三度もして見せた。それでも細君は依然として取り合わなかった。

(夏目漱石『道草』)

 色々と書きたいことがある。まず朝飯が三膳とは多いのではないかと云うこと。これは昔の食糧事情で白米中心の食生活だと必要なたんぱく質を取るためにどうしても飯の量は多くなるという理窟だ。樵の一升飯なんていわれたが、おかずの目刺を二匹に増やすと飯は一升食えなくなるそうだ。(※それにしても漱石は御数を書かない。)

翌日眼を覚した時は存外安静であった

 これも書いていないけれど書かれたも同然のことが隠れている部分だ。この夜から朝にかけての描写の中で細君は朝飯の給仕の際にだけ現れる。

 まるで寝室が別であるかのように書かれている。

 しかし実際は寝室は同じであろう。寝室は同じはずなのに、話者はそこをわざとぼんやりさせている。おそらくこれは意図して書かれているところだ。まさにこれでセックスをしていたら大したものだと、後で読者を感心させようとしている。そこに気が付くと赤ん坊が落ちになる。


自分の思っている事ばかり物語るとは限らない

 熱に浮かされた時、魔睡薬に酔った時、もしくは夢を見る時、人間は必ずしも自分の思っている事ばかり物語るとは限らないのだから。しかしそうした論理は決して細君の心を服するに足りなかった。
「よござんす。どうせあなたは私を下女同様に取り扱うつもりでいらっしゃるんだから。自分一人さえ好ければ構わないと思って、……」
 健三は座を立った細君の後姿を腹立たしそうに見送った。彼は論理の権威で自己を佯っている事にはまるで気が付かなかった。学問の力で鍛え上げた彼の頭から見ると、この明白な論理に心底から大人しく従い得ない細君は、全くの解らずやに違なかった。

(夏目漱石『道草』)

 そもそも寝言を本性と受け止められてはかなわない。人は理性で抑えて性格を形成しているわけで、理性のタガが外れれば畜生になるのは当然のこと。しかしここはそういう理窟を解っている健三が、後に御住の寝言にたじろぐというふりの部分。

 三回読んだくらいで伏線が全部分かれば苦労しない。いったいどれだけ理解していることやら。


御常さんって女

「御前島田の事を知ってるのかい」
「あの長い手紙が御常さんって女から届いた時、貴方が御話しなすったじゃありませんか」
 健三は何とも答えずに一旦下へ置いた名刺をまた取り上げて眺めた。島田の事をその時どれほど詳しく彼女に話したか、それが彼には不確であった。
「ありゃ何時だったかね。よッぽど古い事だろう」
 健三はその長々しい手紙を細君に見せた時の心持を思い出して苦笑した。
「そうね。もう七年位になるでしょう。私たちがまだ千本通にいた時分ですから」
 千本通りというのは、彼らがその頃住んでいた或る都会の外れにある町の名であった。

(夏目漱石『道草』)


 手紙は島田の先妻からのものだった。しかし「御常」の文字はここで初めて現れるので一読では何のことか解らない。

 あるいは再読でこそ引っかかるかもしれない。

 ただこの事件に関して今でも時々彼の胸に浮んでくる結婚後の事実が一つあった。五、六年前彼がまだ地方にいる頃、ある日女文字で書いた厚い封書が突然彼の勤め先の机の上へ置かれた。その時彼は変な顔をしてその手紙を読んだ。しかしいくら読んでも読んでも読み切れなかった。半紙廿枚ばかりへ隙間なく細字で書いたものの、五分の一ほど眼を通した後、彼はついにそれを細君の手に渡してしまった。

(夏目漱石『道草』)

 五、六年前とした記録が七年くらいと訂正されてしまう。健三はニ三日寝込んでいたつもりが一年も寝ていたのではないかと思えてくる。いや、そこまで極端に考えなくてもいい。過去は人によってさまざまに見えるものであり、時間の感覚も人それぞれだ。

 それにしても「御常さんって女」という言い方には、敵意とまではいわないが何か突き放した感覚が現れてはいまいか。

 その時の彼には自分宛でこんな長い手紙をかいた女の素性を細君に説明する必要があった。それからその女に関聯して、是非ともこの帽子を被らない男を引合に出す必要もあった。健三はそうした必要にせまられた過去の自分を記憶している。しかし機嫌買いな彼がどの位綿密な程度で細君に説明してやったか、その点になると彼はもう忘れていた

(夏目漱石『道草』)

 この時健三が「御常さんって女」のことをけして良いようには言わなかっただろうことが想像できる。ただしこの時点ではまだそれだけしかわからない。


余り善くない人

 細君はしばらくして、「島田の事なら、あなたに伺わないでも、御兄さんからも聞いて知ってますわ」といった。
「兄がどんな事をいったかい」
「どんな事って、――なんでも余り善くない人だっていう話じゃありませんか」
 細君はまだその男の事について、健三の心を知りたい様子であった。しかし彼にはまた反対にそれを避けたい意向があった。

(夏目漱石『道草』)

 いや、そうではないかもしれない。健三が「御常さんって女」のことをけして良いようには言わなかったかどうか、健三は記憶していない。御住の「御常さんって女」という言い回しは長太郎から聞いた「余り善くない人」の妻というところからきているのではないか。

反対にそれを避けたい意向

 

 これは本当に『道草』をどう読むかという意味で重要なポイントなのではなかろうか。この書きようだと健三は「余り善くない人」という長太郎の見立て其の儘の印象を島田に持っていないようでさえある。どうも余り尊敬も感謝もなく、面倒くさいと思っているようではあるがもう一つはっきりしない。

 つまりそんなに単純なことではない。

 この「反対にそれを避けたい意向」というのは細君に心の中を覗かれたくないというだけのことではなかろう。

帰って行ったそうですから

 彼は黙って眼を閉じた。盆に載せた土鍋と茶碗を持って席を立つ前、細君はもう一度こういった。
「その名刺の名前の人はまた来るそうですよ。いずれ御病気が御癒りになったらまた伺いますからって、帰って行ったそうですから」
 健三は仕方なしにまた眼を開いた。
「来るだろう。どうせ島田の代理だと名乗る以上はまた来るに極ってるさ」
「しかしあなた御会いになって? もし来たら」
 実をいうと彼は会いたくなかった。細君はなおの事夫をこの変な男に会わせたくなかった。
「御会いにならない方が好いいでしょう」
「会っても好い。何も怖い事はないんだから」
 細君には夫の言葉が、また例の我だと取れた。健三はそれを厭だけれども正しい方法だから仕方がないのだと考えた。

(夏目漱石『道草』)

 この「帰って行ったそうですから」で実際に応対したのが下女であることが解る。しかしもう話者は相手を「この変な男」呼ばわりだ。この呼び方は細君の心境に沿ったものであろうから、下女が細君には「今変な人が来まして名刺を置いて行きました。ご主人様はご病気で臥せっているとお伝えしましたら、いずれ御病気が御癒りになったらまた伺いますからって帰って行きました」とでも伝えた理窟になる。となると細君も「変な人ってどこが変なの?」と訊いただろう。下女は「顔がゴリラなんです」と言ったかもしれない。大体人は顔で判断される。


この日も日曜だろうか

 健三の病気は日ならず全快した。活字に眼を曝したり、万年筆を走らせたり、または腕組をしてただ考えたりする時が再び続くようになった頃、一度無駄足を踏ませられた男が突然また彼の玄関先に現われた。
 健三は鳥の子紙に刷った吉田虎吉という見覚えのある名刺を受取って、しばらくそれを眺めていた。細君は小さな声で「御会いになりますか」と訊たずねた。
「会うから座敷へ通してくれ」
 細君は断りたさそうな顔をして少し躊躇していた。しかし夫の様子を見てとった彼女は、何もいわずにまた書斎を出て行った。

(夏目漱石『道草』)

 週六日勤務している健三に面会を求めるとしたら、この吉田虎吉の訪問は前回も今回も日曜日ということになるのだろうか。
 そして

 この便利な早見表で考えると、吉田虎吉は一歳差か十三歳差に思える。


見た目より若いか老けている

 吉田というのは、でっぷり肥った、かっぷくの好い、四十恰好の男であった。縞の羽織を着て、その頃まで流行った白縮緬の兵児帯にぴかぴかする時計の鎖を巻き付けていた。言葉使いから見ても、彼は全くの町人であった。そうかといって、決して堅気の商人とは受取れなかった。「なるほど」というべきところを、わざと「なある」と引張ったり、「御尤も」の代りに、さも感服したらしい調子で、「いかさま」と答えたりした。
 健三には会見の順序として、まず吉田の身元から訊いてかかる必要があった。しかし彼よりは能弁な吉田は、自分の方で聞かれない先に、素性の概略を説明した。

(夏目漱石『道草』)

 いや、吉田虎吉は四十恰好の男に見えるらしい。寅年の生まれではないか、あるいは見た目より若いか老けているということなのだろう。人は見かけで判断されるが、見かけでは中身は解らない。

 ただどうも相槌の大げさな男だということが解る。この時代に肥っているのだからどうせ堅気ではない。


養父の後妻の娘婿の元職場の元取引先の男が何の用だ?


 彼はもと高崎にいた。そうして其所にある兵営に出入して、糧秣を納めるのが彼の商買であった。
「そんな関係から、段々将校方の御世話になるようになりまして。その内でも柴野の旦那には特別御贔負になったものですから」
 健三は柴野という名を聞いて急に思い出した。それは島田の後妻の娘が嫁に行った先の軍人の姓であった。
「その縁故で島田を御承知なんですね」
 二人はしばらくその柴野という士官について話し合った。彼が今高崎にいない事や、もっと遠くの西の方へ転任してから幾年目になるという事や、相変らずの大酒で家計があまり裕でないという事や、すべてこれらは、健三に取って耳新らしい報知に違なかったが、同時に大した興味を惹く話題にもならなかった。この夫婦に対して何らの悪感も抱いていない健三は、ただそうかと思って平気に聞いているだけであった。しかし話が本筋に入って、いよいよ島田の事を持ち出された時彼は、自然厭な心持がした。

(夏目漱石『道草』)

 ここは敢えて漱石が吉田虎吉の「わざわざ」感というものを強調しているところだろう。「養父の後妻の娘婿の元職場の元取引先の男が何の用だ?」と健三は思わない。しかし読者の方は多少こんがらがってもしょうがない。そういう薄い関係性の中に使者を置いた漱石の意図は定かではないが、あくまでも作品として『道草』を読めば、何の損得もないところで「わざわざ」こんな薄い関係性の男が出しゃばってくるわけはないなと読めるところだ。

 しかしそんなことにも健三は気が付かない。

 気が付いていた?



[余談]

 こういうことから。


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