林茜茜『谷崎潤一郎と中国』を読む
谷崎潤一郎作品を読むと言い、夏目漱石作品を読むと言いながら、どうしても届かないところがある。それは谷崎の漢詩であり、漱石の英語のメモである。後者は小宮豊隆らによる丁寧な解釈が一部にあるけれども、まだ十分なものではない。前者はこれまでほぼ無視されてきた。漢詩は基本的に外国語なので、やはり私には『蘇東坡』などは手に負えなかった。
そこに浙江省生まれの中国語ネイティブらしき人物でしかも日本近代文学を専攻しているという著者の『谷崎潤一郎と中国』の目次を見て心が躍った。
検閲の視点から見る『蘇東坡』
そういうものが読みたかったのだ。林茜茜、いい名前じゃないか。これは期待できそうだ。
蘇東坡というチョイスが体制批判の表れであることは明らか。パズルが仕込まれた詩はただのパズルではなく、確かに剣呑なものを含んでいる。
しかし肝心の詩、
淚は欄干を濕ほし花は露を着く
愁は眉に到つて峰の碧聚まる
此の恨み平分して取れば更に言語なうして空しく相窺ふ二細雨
殘雲意緒なし、朝々暮々
今夜山深きところ
斷魂潮に分付して回り去らん
この詩の意味が曖昧で隠されているものが見えない。しかし中国人なら安々とその謎が解けるのではないかと期待した。
うむむ。確かに前作『検閲官』との関係を嗅ぎ取っている。
あれ、しかし蘇小小の墓に刻まれた詩を谷崎がいじっていることに気が付いていないみたいだ。
しかし中国出身者ならこの詩の謎が解ける筈だ。
これは都に立つために妓女の群芳と別れなければならない際に、毛沢民が書いた別離の歌である。この歌で恋人と別れざるを得ない男女の「断魂」の悲しさや名残惜しさが綴られている。
え?
それだけ?
これがただの別離の悲しみの歌?
それだけとしか読めない?
浙江省出身なのに?
つまり本当にただの別離の悲しみの歌?
そもそも著者は『刺青』における「紂王の寵妃、末喜」を単に取り違えとしか読めていない。何故『麒麟』を読まない?
それでは駄目だ。つまり「勘平の切腹が六段目」ということやなんかもきがついていないんだろう。
それでは到底「二宮尊徳は十六の歳に自分の家を再興した」とか「源頼朝は十三歳の歳に平治の乱で武勇の誉れを擧げた」と怪しさにも気がついてはいまい。
そもそも『誕生』の「億兆の國民」など読んでいないのではないか。それではいくら浙江省出身でも駄目だ。お願いだからもう少し頑張ってくれ。何とか隠れた文字列を見つけてくれ。
せめて読み下し分を元の漢詩の形に変換して、怪しい文字に丸をしてくれ。
