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今朝冬や房事ほつほつ死に返る 芥川龍之介の俳句をどう読むか133

見かへるや麓の村は菊日和

 これは大正七年十一月二十四日、松岡譲宛の書簡に添えられた句で、インフルエンザのぶり返しのために用意した辞世の句だと説明されている。

 解釈としては素直に、天国に上る魂の見返ったところ、高みからの景色が詠まれた句と考えてよいだろう。十一月三日、小島政二郎にあてた手紙には、

凩や大葬ひの町を練る

 とスペイン風邪大流行の句が詠まれていた。

 そのひとつ後の句が、

縫箔の糸に今朝冬の光り見よ

 やはり小島政二郎に宛てた十一月二十一日の手紙に添えられた句で、なぜか「強ひてでたらめを書けば」と断られている。


牧唄 : 久米三汀句集 久米正雄 著柳屋書店 1914年


山廬集 飯田蛇笏 著雲母社 1932年


現代綜合大句集 交蘭社 編交蘭社 1935年


新撰俳諧辞典 岩本梓石, 宮沢朱明 著大倉書店 1927年

 詠嘆にしない分、芥川の句はしまった感じがあり、糸と光の取り合わせの鋭い感覚が映えて、画的にも面白い句だと私は思うのだが、どうだろう。一見でたらめなところは見当たらない。

藩札の藍の手ずれや雁の秋

 これはふざけている。藩札などもう使えないわけだから、

ペイペイの読み取りできず雁の秋

 と読むくらいふざけている。

 まあ芥川家には縫箔なんぞありませんけどということならでたらめを書いたことになるが、その前には王維なんぞを詠みこんでいたのだから、まだおとなしい感じででたらめとは思えない。

むだ話火事の半鐘に消されけり
  

 この句が大正七年十二月二十三日、小島政二郎宛。いくら何でも大正時代に半鐘は……というわけではなく、一応火事という冬の季語を用いながら川柳のように滑稽が見えるこの句の方がふざけているように思えるし、

瓦色黄昏岩蓮華ところどころ

 大正七年十二月二十六日、下島勲宛のこの句など、「これはお寺のスケツチ」としながら、かなり破調を遊んでいる。596?

絵本忘草 3巻


花卉栽培概要

 ここが縮まらないかと洋名を見たらもっと長かった。

 そもそも「煉瓦色」なら解るが、「瓦色」とは何色だ。青でも黒でもいろいろあるぞ。

 漱石張りに色を隠したか。というでたらめな句で大正七年は終わる。

 大正七年十月十六日松岡譲あての書簡には房事過多とある。夜は原稿を書いているので、房事過多で今朝冬はでたらめであるといえなくもない。


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