夏目漱石の主要作品に関する基本的な考え方について
これまでに書いて来た夏目漱石の主要作品に関する基本的な考え方や、「定本」とまで謳っている岩波の漱石全集の誤り、またかなり広まっている多くの誤読に関する指摘の一部を整理してみました。
当然過去記事全部、そして私の著書全部をお読みいただければもっと詳しく書いてあることなのですが、敢えて制約を設けて「せめてこれだけは」というところをまとめてみました。
逆にここが読めていないと恥ずかしいポイントでもあります。ここから近代文学2.0を始めましょう。
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◎『吾輩は猫である』
・回顧の形式から現在進行形の物語に移行している
・「ドライブ中に笹原に我輩だけ遺棄される」という読みは誤り
・二十三日の祝捷会は奉天占領祝捷会
◎『趣味の遺伝』
・直截な明治政府、天皇批判の現れた作品である
・村上春樹の「壁抜け」のような「余」の戦場への臨場がある
・動詞の擬人化といった斬新なレトリックが見られる
◎『坊っちゃん』
・「おれ」の親は無鉄砲でも損ばかりしている訳でもない
・「おれ」の父親は兄を依怙贔屓していた
・赤シャツ征伐は誤爆の可能性が高い
◎『虞美人草』
・藤尾は毒薬を飲んで自殺をしていない
・漱石は最後に三つのものが合わさって爆発すると談話で述べている
・虚栄の毒は虚栄の毒と同じ抽象的な表現である
◎『野分』
・着物の色を隠す遊びがある
・「瞳裏」は「まぶたの裏」ではない
・「兀々と」は「一心不乱に」ではない
◎『二百十日』
・話者が感情を持ち圭さんと碌さんの間を行き来する
・神仏分離、廃仏毀釈をした明治政府に対する皮肉がある
・下女をいい女と云うのは皮肉である
◎『三四郎』
・摩訶不思議な話である
・徹底的に色を隠す話である
・三四郎の身長は伸び縮みする
◎『それから』
・生きたがる男・代助は眼球から色彩を出す批評家になる
・告白が内面を作り出したのではなく無意識が告白を導いている
・代助はそう遠くまで行かない
◎『門』
・宗助は冒頭で水子の姿勢を取る
・宗助は御米と小六を十日日間二人にした
・花が咲かない社会的トラブル小説だ
◎『彼岸過迄』
・松本恒三の長男の名前は解らない
・市蔵と千代子が結婚しても血はつながらない
・赤い煉瓦は上野駅
◎『行人』
・「塵労」で分裂していない
・一郎の三択などない
・親子二代でいい加減なお使いをする話だ
◎『こころ』
・「私」はKの生まれ変わりのように仄めかされている
・結末は先生が「私」によって全肯定される現在にある
・「私」も先生も同性愛者ではない
◎『道草』
・健三は捨て子の可能性が高い
・厄介なのは島田だけではない
・新しい話者が試されようとしている
◎『明暗』
・浮遊する視座によるパースペクティブ実在論的小説
・非決定論と自己決定の問題を巡る哲学小説
・男と男が結ばれる成仏というふりがあり、その先がまだある
