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ISEF2026(世界最高峰の10代STEMな自由研究大会)日本代表メンバーISEFersとのLast Minutes Lesson、楽しかった~♡

(シリーズその②ISEF、そのユニークさとは)

シリーズその③:2020年秋~、STEMな世界を初めて知る(後悔ばかりの振り返り)

Q.2020年秋、なにがあった?

A. 新しい業務タスクとして、JSEC(高校生高専生科学技術チャレンジ)のサブ担当を命じられました。
ときはコロナ禍まっただ中&リモートワーク全盛で、業務自体、なにがなんだかピンとこず。会社の自己申告書で「英語を使える仕事ワンチャンありっす」(フカシ気味&当時のTOEICスコアなんて恥ずかしくて言えない)、そんな無駄アピをしていたせいか、追加のお仕事が舞い込んできました。
が、ド文系なオイラからしたら、理科?げぇ…数学?うへぇ…そんな感覚しかなく、マジやばいっていうか、どうやってこの場を凌いでいこう、それしか考えていない2020年秋の頃、でした。

全然通用しない英語(とくにlistening)

英語イケます(風な)アピをしている以上、当然のように降ってきたのが、ISEF事務局が秋口に実施する、翌年の方針打ち合わせミーティング(on-line)への参加、でした。この頃は、ISEFもまだオンライン開催で(2021年まで/22年はリアル&オンライン併用型に移行)、事務局も各国ディレクターとも試行錯誤、考えながら走っている、そんな時期でした。
で、とにかく焦ったのは、事務局の重鎮、S女史の英語が全然聞き取れない・・・。ついでに各国ディレクターがメッセに叩き込む質問&事務局からの回答Q&Aが早すぎて、追い付けない(しかもかなり大事なやり取りがどんどん進んでいく)。聞けず&読めず、ついでに発話出来ず、でどーすんだオレ?状態。日本のもうひとつのローカルフェア、日本学生科学賞のご担当さんに、あとから重要ポイントを教えてもらう体たらく・・・。
が、「この人に頼ればなんとかなるわ」と適当なマインドのまま、あっという間に12月のJSEC本番&ISEF派遣メンバーが決まり、年が越えていきました。

2021年春、ISEF準備は進む/オイラの心はアガらず

毎年お馴染みのことですが、年が明けてから、ISEF本番まであっという間に日が経っていきます。
この間、JSEC本務のメインディレクターならびにNSS(日本サイエンスサービス)の支援メンバーさんとで、各チームの資料作成サポート、英語レッスンなどが日々、絶え間なく進んでいきます。
ただ、「サブ担当の今年は、そばで見てくれていればいいよ」といういいヒトな本務氏のお言葉に甘えて、㏄で流れてくるメールを既読スルーしてJSECフォルダ―に移動させるだけの日々、をわたし自身は過ごしていました。
今にして思えば、タスクへの熱量がない&関心もそれほどない、というのは、多分バレていたと思います。結局、最初から最後まで資料対応を頼られることなく、本番直前が近づくなか、そこでちょっと変わった業務を依頼されました。
「ISEF審査当日、新大阪の貸会議室で対応するメンバーさんのサポに行ってきてくれない?」

2021年ISEF本番、指導先生から言われた、忘れられないひとこと

JSEC2020で最高賞の文部科学大臣賞を受賞し、ISEF日本代表入りしたのは、大阪の定時制3校からの3人合同チームによる研究でした。
他の日本代表メンバーは、オンライン環境の整った自宅or学校から参加~奮闘しましたが、この3人については、指導リーダーのH先生からの要請で、新大阪駅至近の貸会議室を用意~そこから参加してもらうこととなり、わたしは監督者としての同伴、でした。で、当日、わたしは何をしていたか。

なにも、しておりませんでした。

3人は、拙いけれども一生懸命に、直前まで想定Q&Aを繰り返していました。精一杯の一張羅を着込み、緊張感に溢れつつも、晴れがましい表情で、直前まで準備に励んでおりました。
3人のご指導先生方も、わたしとの名刺交換やり取りすら時間が惜しそうで、審査が始まる直前まで、あれこれと気を揉んでおられました。
それを遠巻きに見ていた、当時の私の心境を、恥を忍んで記しますと
(そんな英会話レベルで、どうやって質疑応答するんだよ)
(だいたいなんで貸会議室なんだよ、所属校に集まってやればええやん)
(指導の先生もおとな気ないわ~名刺交換くらいちゃんとせーや)
いまとなっては、書いたそばから消したい衝動に襲われますが、正直な心象を、深い後悔とともに、敢えて残したく思います。

やがて、全ての審査スロットが終わり、審査本番が終了しました。
生徒さんが部屋を出ていってのち、H先生と二人きりになり、レンタル機材など片付けながら、お疲れ様でしたなどと適当に挨拶を交わそうとしたところ、H先生はこう仰られました。

「あなたには、彼らの置かれた環境、想像することも出来ないでしょうね…」

怒気に溢れる、というよりも、諦観というか、冷ややかというか、どうにも形容の出来ない、でも、反論しがたい、強い思いの籠った、語気でした。

その後にお伺いした様々な背景は、公開する類の内容でなく、控えます。ですが、この3人の研究が、いかに大事なものだったのか、終わったあとではもう遅い、どうしてもっとちゃんと支援をやらなかったのか、そんな思いで慄然とさせられたことを、思い出します。

実は、このH先生の取り組みは、「宙わたる教室」、伊与原新さんによる2023年の著作、2024年度読書感想文コンクール(高校の部)課題図書にもなった作品のモデルそのものでした。

日本地球惑星科学連合2017大会「高校生ポスター発表」で優秀賞を獲得した、大阪の定時制高2校のメンバーによる「重力可変装置で火星表層の水の流れを解析する」。この研究の指導者がH先生で、その後もその研究成果は代々引き継ぎ~蓄積され、遂にJSEC2020で花開いた、そんな背景がありました。H先生はこの段階でもう定時制高の教師退任が決まっておられ、阪大特任研究員に移られる間際、最後のご指導の瞬間だったのです。

補足:「宙わたる教室」からの大事なフレーズ

ISEF2021の段階では本著はまだこの世に存在しておらず、かつ私の後悔レベルも、いまから比べたらまだまだ甘く、続く数年の取り組みを経て、いかに自分が「ダメ」だったのか、現在においては、痛恨の思いが深まるばかりです。
そんなダメなオイラの、やる気・勇気を奮い立たせてくれる本著の珠玉の言葉、少し抜粋します。
・10代の生徒はときに、数カ月、数週間という短期間で見違えるほどの成長をみせると先輩教師は言う
・実験てのはね、想定外の結果が出てからが本番だよ
・見えるか、先生。獲ったぞ!
・(それでも)欲しかった。最優秀賞。俺たちはもっと上を目指せる。
・人間は、その気にさせられてこそ、遠くまで行ける。

著者の伊与原さんは、恐らくH先生との事前取材などを経て、上のような言葉、そして以下のような思いを紡いでくださったのだと思います。
「複数の人間がまとまって仕事をしていくには何が必要か。世間知、頭ではなく心と体で理解していること。大きな声や能天気な発言、お節介や涙までもが、チームの潤滑油となっている」

いまごろになって、お節介が過ぎるほどにやってしまいがちなのは、悔恨に溢れる2020~21あたりの自分のいい加減さへの、贖罪の感情が駆動させているなあ、とこの瞬間も、感じております。

(次回は、ISEF2021以降、の苦闘について、です)

(シリーズその④:2021年春、いよいよSTEMにロックオン!)


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