短編小説|七福神シリーズ2|4話目【七福神を守る成獣たち 式神を操るのは誰なのか】
偽狛犬に姿をやつした式神は、ケラケラと笑い声をあげながら、空を裂くように西へ向かって走り去った。
宝船が空へ吸い込まれるような速さで追いかけ、七福神の声が遠ざかっていく。
境内には、急に“音のない空気”が落ちた。
その静けさの中で――
昨夜、宴を七福神と共にした狛犬の阿形が、長い巻き毛の鬣(たてがみ)を揺らしながら、ゆっくりと顔を左右に振った。
鼻先をひくつかせると、湿った風の中に普段は感じない“邪悪な匂い”が混じっているのを察知する。
「……術が、薄れてきたな」
低く、喉の奥で鳴るような声。
ぐるるるるぅ……。
偽狛犬――つまり式神が祠を離れたことで、かけられていた眠りの術が弱まったのだ。
吽形は、しゃがみ込み、地面に耳を当てた。
土の奥で、何かが逆流するようにざわついている。
「妙だ……気配がひどく乱れているよ!」
その声は、境内の空気をさらに重くした。
そこへ、獅子がゆっくりと首を上げた。
鬣が風にほどけるように揺れ、金色の瞳が細くなる。
遠くの空を射抜くように見つめると、風の流れが、まるで
何かに引っ張られているかのように歪んでいた。
その歪みの先は――七福神の宝船が消えていった方向だ。
獅子は低く息を吐き、地面を強く踏みしめた。
「神を守るべき俺たちが……なんてざまだ!」
阿形をぎろりと睨みつけ、「行くぞっーーー!」と吠えるように鼓舞する。
地を蹴った瞬間、境内に溜まっていた重い空気が、ぱぁーん、と弾け飛んだ。
阿形の鬣(たてがみ)が風を裂き、吽形の足が土を蹴り上げ、獅子の金の瞳がまっすぐ前だけを見据える。
三体は一直線に、宝船が消えた空の彼方へ向かって跳んだ。
風が、追いつけないとばかりに後ろへ流れていく。
神を守るべき者たちが、意地でも食らいつかなければならない時である。
*三体が空へ跳び上がったその先で――
七福神の乗る宝船は、偽狛犬に翻弄されながら、どこかふらつくように帆をあげ進んでいた。
恵比寿が船べりにつかまりながら、目を細める。
「おーい! 誰か来るぞい!」
大黒天が振り返り、声を上げた。
「おおっ……あれは!」
布袋が腹を揺らしながら身を乗り出す。
「狛犬どのと……獅子どのじゃないか!」
宝船の上に、ぱっと明るい空気が広がった。
阿形が風を切って先に飛び乗り、吽形が軽やかに続き、最後に獅子がどしん!と頼もしい音を立てて着地する。
「ちょっと! いくらなんでも重すぎやしない?」
弁財天が嬉しそうにツッコミを入れた。
七福神たちの顔が一斉にほころぶ。
「おお、よくぞ来てくれた!」
「心強いのう!」
「これで十人力じゃ!」
毘沙門天が腕を組み、真剣な声で言う。
「敵の気配が濃くなっておる。おぬしたちが来てくれて助かった」
阿形は、すまなそうに顔を伏せた。
「俺の失態で誠に申し訳ない!」
その声には、悔しさと責任の重さがにじんでいた。
だが次の瞬間、阿形はぐっと胸を張り直す。
金色の瞳に、強い光が戻っていた。
「……ここからは任せてくれ!」
その言葉に、宝船の上の空気が一気に引き締まる。
七福神たちの表情にも、安心と期待が広がった。
*
宝船は、三体の加勢を得て、再び勢いを取り戻した。
風が強く吹き抜け、船体がぐん、と前へ伸びる。
高い空で神が、そんな「追いかけっこ」をしているのを、地上の民たちは知る由もない。
偽狛犬は、空間を切り裂くような速さで時空を越えた。
そして――
偽狛犬が消えたのは、あろうことか帝の住まう御所。
そこに待ち受けるのは、雅な扇の裏で微笑む、一人の女であった――。
──終
(次回、シリーズ3へ続く)
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